賑やかな大通りには骨董品から飲食まで幅広いジャンルの露店がいくつも並んでいた。気になった店を軽く覗いてはまた別の店へと足を運びながら、人の往来の先にある大きな工場へと向かって行く。このままエスケープしてやりたいところだが、工場の壁面に描かれているのはこの島まで乗ってきた船に掲げられた海賊旗と同じ髑髏のマーク。つまりここはビッグ・マム海賊団のナワバリの一つというわけだ。
工場で作られた大量のお菓子の回収を任されたペロスペローに連れられて一緒にやってきて、今は暫しの自由行動を許されて適当にブラついている。いつもであれば目の届く距離に置かれるのだが、最近はよく別行動を許されるようになった。俺に逃げる選択肢がないことを解っているからだろう。それとも試されているのか。どちらにせよ性格が悪いことには変わりない。
海賊相手にまともさを求めても無駄かと歩いていると通りかかった青果店の店先にある果実の入った籠がたまたま目について足を止めた。いらっしゃい、と活気のある店主に声をかけられながら果実の山に混ざっている一つの異物を手に取る。イチゴを大きくしたような形ではあるが、蔕の横にある三角型の二つの突起とネイビーブルーの色味が相まってどことなく犬のようにも見える。表面には渦模様もあって見た目はかなり怪しいが甘いスイーツばかりに囲まれた生活を強いられていればこんなものでも美味しそうに見えてしまうものだ。
「なぁ、これって旨いのか?」
「うちの商品は全部うま……見たことのない果物だな。すまねぇな兄ちゃん、仕入れた時に混ざっちまったみたいだ。処分しておくよ」
こんなにも目立つものが混ざっていれば気付けそうなものだが、何種類もの青果物が並んでいる店を見ればそれも仕方ないのだろう。そもそもこれは食べ物なのか。食ったら死ぬなんてのは避けたいが、売り物にならず捨てられるのも勿体ない。とりわけ珍しい食材を求めることの多い海賊団だ。もしかしたらあの男に聞けば何か解るかもしれない。
「いくらだ?」
「え、買うのかい? んー……タダでいいさ。そんな見た目だ、毒があってもおかしくない。後で文句を言われるのは御免なんでな」
「なら、ちゃんとした商品も買わせてもらうよ。すぐに食えそうな果実を適当に見繕ってほしい」
「まいどあり!」
ポケットに入っていたベリーを店主に渡し、色とりどりの果実が詰められた紙袋を受け取る。ついでに持っていた食べ物かどうかも怪しい実も放り込んだ。その代わりに赤いリンゴのような果実を取り出しながらお菓子工場にいる男の元へ戻るべく大通りを歩き出す。
近づくほどに賑やかだった通りが嘘のように人気は少なくなっていき、ついには島民の姿はなくなる。そこにいるのは大量の荷を船へと運んでいく海賊のみだ。
その光景にここもかつては何者にも支配されない豊かな島だったのだろうと同情を寄せるも、強大な力の前では抵抗さえも無駄であることは経験済みである。己の無力さを知れば受け入れざる負えず、どうにもならない現実には流れに身を任せるしかない。この世界は本当に非情だな、と手元から軽く投げて遊ばせていた果実を掴んで噛り付く。嫌味なほどに爽やかで甘酸っぱい果汁が口内に広がった。
派手な色彩の服を身に纏いキャンディケイン型の飴で作られたステッキを持つ男は遠目からでもすぐに見つけることができた。部下に指示を出すその男の斜め後ろで立ち止まれば僅かに頭をこちらに向けて見下ろされる。
「散歩は楽しかったようだな」
「ん、こいつがなけりゃもっと快適だったけど」
最後の一口を放り込み、果肉を噛み砕きながら首元が見えやすいように顔を傾けた。喉を覆うように巻き付かれた飴細工の首飾りは今日も変わらず健在である。
「それがなくちゃ野良犬と間違われるだろう? ペロリン♪」
「アホか。間違うも何も人をそんな風に扱うのはあんたら海賊か天竜人くらいだ」
「くくくく……感謝しな。そいつらに比べたら私は甘くて優しいご主人様だぜ」
この男や俺にとっては首輪と同じだが、何も知らない他人が見れば妙に凝ったアクセサリーで着飾っているようにしか見えない。現に先ほどの大通りでも装飾品を扱う店の女性に綺麗だの譲ってくれだの言われたばかりだった。素材が飴だから熱で溶けると教えたら残念そうに引き下がったが、それほどに人の首を絞めつける枷のイメージとはかけ離れた形状だ。
何が面白いのか肩を震わせる男に呆れた視線を送る。人質を取って脅しをかけた上、常時いつ絞まるかも分からない枷を着けさせておいて自分から優しいだなんてよく言えたものだ。肩を竦めて抱えた紙袋の中から次の果実を取り出す。手に取った不思議な実を見て、そういえば尋ねたいことがあったのを思い出した。
「こんなもの見つけたけど、あんた知ってる?」
「お前……それをどこで見つけた」
「そこの店」
「食ってねェだろうな!?」
勢いよく振り返り詰め寄ってきた男に思わず身を引く。一歩後ろへと下がれば果実を持った手首を容赦なく掴まれた。そのまま腕を上へ引っ張った男は見開いた目で確認するように果実を見る。そして綺麗な状態なのが分かると張り詰めた表情を緩めて安心した様子を見せた。ビッグマムの食い煩いが発症した時でもこれほど焦ったことはなかったのに珍しい。それほどにこれは稀少なものなのだろうか。
「で、これ何?」
「こいつは悪魔の実だ。くくく……思わぬ良い土産ができた。ママが喜ぶ」
「そりゃよかったな。いい加減、手離してくれね?」
上機嫌だからか素直に手を離され浮いていた足が地に着いた。加減知らずに掴まれた手首の少し赤くなった部分を擦りながら手元の果実を見下ろす。これが化け物染みた能力を得ることのできる悪魔の実か。実際に目にしたのは初めてになるが、こんな見るからに不可思議なものをよく食べられたものだ。いや腹が減っていたら仕方がないか。俺だって美味しそうだと判断が鈍っていたくらいだからな。
「これが欲しいか?」
撫でるように降ってきた甘い囁きに思考が止まった。けれど上機嫌さはどこへ行ったのかと言いたくなるくらいに冷たい声音だと感じ、ゆっくりと見上げると試すような眼がこちらに向けられている。相変わらず口元は笑みを浮かべているがその眼は全く笑っていない。この男は俺が悪魔の実を欲していると本気で思っているのだろうか。冗談じゃない。
「能力者は海に嫌われるんだろ? 泳げなくなるのは困るんでね」
それ以前に人知を超えるような存在にでもなったら、いよいよ元の世界に帰れる可能性がゼロになるんじゃないかと危惧している。戻れるなんて思ってもいないが小さな希望くらいは抱いたてもいいだろう。まだこの世界に染まりきりたくはない。そう思いながら悪魔の実を差し出す。だがペロスペローは中々受け取ろうとはしなかった。
しびれを切らして声を掛けようとした瞬間、呼吸ができなくなる。咄嗟に喉元に手を添えたことで持っていた紙袋と悪魔の実が地面に転がった。
「ッ────かはっ……はぁ……はぁ、なんだよ急に!」
喉を締め付けた飴細工の首飾りはすぐに緩み、一気に酸素を吸い込んだ。生理的に浮かんだ涙で濡れた瞳で見上げれば、細めた目元がこちらを見下ろしている。悪魔の実はいらないと言ったのにどこに機嫌を損ねる要素があったのか。男はキャンディケインを器用にくるりと回すと実を拾い上げて背を向けた。
「物分かりのイイ子にはご褒美をあげちゃうぜ♪」
「いらねぇよこんな褒美ッ」
去っていく背中を睨みつけながら首飾りを撫でる。首輪代わりとなっているそれは、肌との間に隙間はなく細かい装飾にも関わらず継ぎ目もない。外すには熱で温めるか砕くしかなかった。けれど俺が自発的に破壊できないようにするためか、力をつけていくにつれて飴は厚く硬度を増していく。
何が甘くて優しいご主人様だ。そうして心の中で愚痴りながらも転がった紙袋と果実を拾っては男の後を追うことしか選択肢はなかった。