テレビが映すニュースの内容に音が遠くなるような気がした。
偶然、そう偶然だ。たまたま今日、安室の代わりにポアロのバイトに入ったのは、ただの偶然だ。
確かに安室は公安警察だが、組織としての顔も持つ。
予定があると言っていたのはきっと、この爆発の件とは別だ。そうであってほしい。
震える指で携帯をタップして耳元へ寄せる。
──おかけになった電話は
すぐに流れたアナウンスに電話を切った。
そんなはずない。
「あの映像、流れなくなったみたいね」
「……あの映像って?」
「爆発直後の防犯カメラの映像よ。発生してからすぐのニュースでは流れていたけど彼が映っていたから流せなくなったのかしら」
哀の言う「彼」が誰なのか分からず対面のソファに座る彼女を見る。
「見間違いじゃなければ……安室って人だったわ」
心臓を鷲掴みされたような感覚が襲った。
息が、詰まる。
眉を顰め、血の気が引いたような顔をする名前に哀は狼狽えた。一体どうしたと言うのか。
「ちょっと、大丈夫?」
ソファから降り慌てて名前の側に寄り携帯を握りしめる手に触れて驚いた。
指先がひどく冷たい。
「っ大丈、夫……平気だ」
詰めていた息をゆっくりと吐き出す。
心臓が悲鳴をあげているように嫌を音をたてている。
再びニュースを読み上げるアナウンサーの声が耳に届いた。
『死傷した警察官の数、及び事故か事件かについては現在も調査中とのことです』
平気だなんて嘘。
あなた、自分が今どんな顔してるのか分かってる?
哀が冷たくなった手を握ると、それに気づいた名前は顰めていた眉を和らげた。
握られている手を優しく離してソファから立ち上がる。
「ちょっと、外出てくる」
「っ」
玄関へと向かう名前の後を少し遅れて追い手を掴む。
「だめよ!」
「哀……?」
「どこにも行っては、だめ」
今あなたを行かせてしまったら、帰ってこないような気がする。
そんな不安が哀にはあった。
名前は膝を曲げて視線を合わせると、そっと哀の柔らかい髪を撫でた。
「どこにも行かねぇよ。ただ煙草を吸ってくるだけだ」
「……なら、私が一緒にいても構わないわね」
哀の断ることは許さないと言った真剣な眼差しに目を瞬き、膝を伸ばす。
「……おいで」
手を引かれて玄関を出ると、すぐに立ち止まった。本当にどこにも行く気はないようだ。
少しだけ安堵して哀が手を離すと、名前は自由になった手で煙草を取り出し火をつける。
「警察、なのね」
なにが、とは聞かれなかった。
名前はぼんやりと吐き出された煙を見ているだけだ。
哀が自分の姉の死について彼に語ったように、彼からも大切な人の死について語られたことがある。
今の名前の様子から、推測するのは簡単だった。
「失いたくないと思うものほど……簡単に失くなるんだよな」
「……まだ、あなたの恋人が亡くなったと、決まったわけじゃないわ」
煙草の灰が落ちる。
いつもの名前なら携帯灰皿に落とすが、今彼の心にそんな余裕はない。
「……無事だといいわね」
「あぁ……そうだな」
気休めな慰めしかできないことが悔しく、哀は目を閉じて、じっと名前の傍に寄り添った。
午後から別のバイトが入っており名前はポアロのバイトを切り上げようとバックヤードに入る。
カバンに入れていた携帯を取り出して確認するが着信を知らせるアイコンは表示されていなかった。
あれから電話はかけていない。
現実を知ってしまうのがなにより怖い。
携帯をポケットに仕舞ってカバンを肩にかけるとバックヤードのドアが開いて安室が入ってきた。
その右頬には絆創膏が貼られている。
「苗字くん、お疲れ様です」
いつものように、柔かな笑顔を向けられた。
「先日はシフト代わっていただいてありがとうございました」
安室の言葉に返事はせず一歩ずつ近づいて、大きな絆創膏の貼られている頬に触れる。
労るように撫でられた感触に安室は目を見開いて固まる。
「あの、苗字くん……どうしました?」
「あんたは……生きてたんだな」
「えっ……」
何事もなかったかのように、頬から手を離して安室の横を通り過ぎていく。
思わずその手を掴んで引き止めた。
「待ってください」
「……なに?」
「生きてますよ」
「見ればわかる」
「僕のことじゃありません」
視線が安室に向けられる。
よく見ると少しだけ顔色が悪いような気がするし、いつもより煙草の匂いを強く感じた。
「風見もちゃんと、生きてます」
じっと安室の目を見ていた瞳が逸らされる。
「……そう」
それだけ呟いて名前は背を向けバックヤードを出て行く。
名前が今回の件でなにが起こっているのか知ったのは、無理やり入れていたバイトの合間に阿笠邸に帰った時だった。
数日ぶりにまともに姿を見せた名前に、哀は安堵したような表情で迎える。
「おかえりなさい」
「……ただいま」
心配をかけてしまったと自覚してバツの悪い思いだ。
リビングに入れば阿笠がなにやら機械と格闘しており、カウンターにカバンを置きながら哀に尋ねた。
「あれ、なにしてるんだ」
「子供達のためにドローンのコントローラーに液晶をつけているのよ」
「なるほど」
様々なパーツが転がっているテーブルに近づき作業を覗き込む。
「手伝おうか」
「おぉ名前くん、助かるよ。最近バイト忙しそうじゃの」
「……どこも人手不足なんだろ」
「大変じゃのう」
何度か阿笠の手伝いをしているため慣れた手付きで作業を進める名前の横に立った哀は眉を寄せた。
──わざと忙しくしていれば、考えなくて済むものね。
しかしそれを口に出すことはしない。
「今日もバイト入ってたけど、店の電化製品がいきなり故障して仕事どころじゃなくってさ」
「それでようやく帰ってきたのね」
「……悪かったよ」
ポケットから煙草の箱を出し一本取り出して口に咥える。
「ちょっと」
「咥えるだけだって」
空になった箱を握り潰して、後で捨てようとポケットに戻す。
哀の記憶にある数日前に見た新品同様の箱を思い出し、名前を見上げた。
「吸いすぎなんじゃない」
「そうか?」
いつもの名前なら数日で一箱を吸い終わるには早すぎる。
それを自覚していない彼に、悲しげに目を細めて視線を逸らした。
「それにしてもいきなり故障するなんて難儀じゃったのう」
「最新の電化製品も信用ならねぇよ。たしかIoTって言ってたか……ネットから操作できるやつ」
「IoT……たしか爆発現場にあったのもそれだったわ」
「爆発現場に?」
「詳しいことは分からないわ。工藤くんに調べて欲しいって頼まれただけだから」
哀はここ数日のコナンとの遣り取りや、今回の爆発事件で毛利小五郎が送検されたことを話した。
「毛利小五郎が?」
「知らなかったのね」
「ここ数日、工藤とは会ってないからな」
聞かされた話を頭の中で整理しながら手元で弄っていたコントローラーをテーブルに置いた。
「ちょっと煙草吸ってくる」
ポケットの中にあるライターを探しながら玄関へ向かう。
ガスによる爆発。発火の原因は高圧ケーブル。現場に残された毛利小五郎の指紋。
小五郎の容疑を晴らすために目をつけたのは関係もない圧力ポットのかけら。
もし小五郎が犯人じゃなければ、発火の原因は高圧ケーブル以外もありえる。
そういえば昔、圧力鍋が爆発する事故が結構あったな。
「あぁ……そういうことか」
外に出た名前はライターの代わりに携帯を取り出し、電話帳から『工藤』の名前をタップする。
「……もしもし……あぁ、哀から話は聞いた……発火の原因が圧力ポットって可能性、ありえると思うか?」