面倒で厄介な連中に関わってしまったと早くも後悔の念に駆られてしまう。優しさの裏に思惑があるのならば納得も出来るし、突き返すこともできる。ただの親切ほど受け取りにくいものはない。この世界で生きる意味を失ってしまった俺には何も返すことはできないのだから。
海中を進むサメ型の小型潜水艇の小窓から外を眺める。いつもであればそこら中を泳いでいるはずのナワバリウミウシの姿が見えないことに微かな疑問を抱くが、その異変さえも今の俺にはもうどうでもいいこと。いや、あえてペロスペローに報告をしてやるのも面白いのかもしれない。再教育という甘い同情の余地などない程にご立腹してもらうほうがこちらとしては都合がいい。
「お前、本当に死ぬつもりだったのか?」
そうしてぼんやり考えていると手や帽子に付着したクリームを舐めながら青鼻のトナカイが振り向いた。本人は至極真面目で真剣な面持ちをしているのだが如何せんマスコット然とした見た目とのアンバランスさに緊張感すら生じない。
ほとんど自分の意思とは関係なく半ば無理矢理と言っても過言ではないほど強引に、麦わらの一味であるこのトナカイと潜水艇を操舵する骸骨に連れられるまま彼らの船へと向かっている。途中で離脱してしまおうかとすら考えたのだが、どうやらこのトナカイは一味の船医のようで先の船長が放った大袈裟な発言を気にしてか隙を与えてはくれなかった。おまけに潜水艇に乗せられてしまえば完全に詰み、だ。掌で踊らされた形で悪魔の実を口にしたあの時から残念なことに俺は泳げなくなってしまった。
逃げ場のないこの状況では真っ直ぐに向けられた悪意のない瞳を無視することは難しい。
「……さぁな」
「なんだよそれ、自分のことだろ!?」
「そうだ。これは俺の問題だ」
かといってこのままずかずかと踏み込まれても困る。だからお前には関係のないことだと、言葉にはしなかったが視線を投げかけてそう伝えた。ペロスペローを裏切ったことも、その代償を受け入れるのも、俺自身が決めること。ベッジの謀反と麦わらの登場に加え両者が手を組む奇妙な偶然が重なり、そこに加担したのは間違いない。
そう、あくまでも利害の一致で一時的に行動を共にした他人だ。
「お前らも海賊なら解かるだろ。どういう形であれ、ケジメってのはつけなきゃいけない」
自分を海賊だとは思っていないが、ビッグ・マム海賊団にいた期間は長いとも短いとも言えなかった。己の認識がどうあれ少なからずそういう組織に属してしまったという事実は変わらない。どの世界でも群れから抜けるにはそれなりの行動や対価を示さなければならないものだ。無法者には無法者なりの秩序がある。それを理解していない程に愚かじゃない。
ただ、俺はそれを利用するだけ。他人に人生を振り回されるのを終わりにするために。
「おれは医者だ……目の前で生きることを諦める奴を放ってはおけない!」
「トナカイのくせにお人好しだな。一つアドバイスだ。他人に深入りするのはオススメしない……苦い思い出なんて作りたくはねぇだろ?」
「でも────」
「それとも、生きたくないと願う相手にそれでも生き続けろと、お前は言うのか?」
時として薬は毒ともなり得る。医者ならばよく知っているはずだ。そして善意の言葉もまた時として身を切り裂くナイフとなり得る。医者ならば心に留めておくべきだ。
「なんともお優しい奴だな」
随分と大人げない嫌味を言っていると自覚している。ショックを受けたような苦い表情を浮かべるトナカイに少しばかり罪悪感を抱いたが、こちらとしても口元に浮かべた笑みを崩すわけにはいかなかった。関わって後悔するのは彼らだけではない。
「おれはっ……!」
「チョッパーさん落ち着いて」
納得のいっていない様子のトナカイを宥める骸骨の視線がこちらへと向けられた。と言ってもこいつに目玉はないけれど確かに視線は感じる。悪魔の実の影響なのか、こういった勘や五感が鋭くなってしまい時々面倒に思う。
「出過ぎた真似だとは重々承知していますが、チョッパーさんはあなたを心配しているんです。あまりいじめないであげてください」
その落ち着いた穏やかな声音はトナカイとは違い、まるで俺の意図を察しているようだった。気付かなくてもいいことを悟ってしまうのは元々の性で、これも時折面倒だと自嘲する。
「そうだな。悪かった」
「諦めなければきっと見つかりますよ。私もそうでしたから」
「何が、とは聞かないでおく。……お前たちとは出会いたくなかったな」
「ヨホホ! 誉め言葉として受け取っておきますね」
ふざけた調子でそう返しつつ骸骨は顔を前に戻した。思わず漏らした本音を察した上での態度に有難く思いながらも、否定の色が微塵もないことに眉を寄せる。今の俺にはどんな優しさも身を蝕む毒にしかならない。母を亡くした時のような、あの人を亡くした時のような、懐かしい感覚に囚われながら視線を潜水艇の外へと戻した。
ナワバリウミウシがいなくとも既に麦わらの一味の船が停泊している場所はビッグ・マム海賊団には知られている。おまけにブリュレの能力があれば距離さえも関係はない。この潜水艇が無事に到着したところで出迎えてくれるのはきっと麦わらたちではないだろう。
しかしそれをわざわざ教える程、やはり俺は彼らのように優しくはできなかった。