連絡を受け派遣された島の惨状に眉を寄せて目を細める。観光地として栄えていた街は一夜にして賑やかな姿を一変させていた。地面に転がる遺体の中から生存者を探す方が難しいほどに、全てが破壊の限りを尽くされた後だ。その惨たらしい光景を前に若い海兵の数名が口元を抑えて後ずさった。
力なき者たちへ一方的な暴力を振るう海の屑共の行いに怒りが込み上げる。その上、いつもこうして後手に回ってしまう己ら海軍の体たらくにも腹が立って仕方がない。
「サカズキ大将! 生存者を発見しました!」
状況の確認をするため島全体に向かわせていた部下のうちの一人が戻ってきた。希望を抱かせる報告だったが、現場に着いたサカズキは思わず握りしめた拳をマグマに変えてしまう。地面を焦がす音に部下が悲鳴を上げたがどうでもいい。目にしたのは未だに記憶に残るあの日の比じゃないくらいの重症を負い地に伏せる青年だった。その傍らには怯えた面持ちでこちらを見上げながらも青年の服を強く握りしめる少女がいる。おそらく部下が報告した生存者はこの子供のことだろう。
「やだっ、はなして!」
「あ、こら暴れるな。私たちは君を助けに来たんだよ」
「おかあさんが一緒じゃなきゃやだ! おかあさんと、おにいちゃんと、一緒じゃなきゃッ!」
待機している部下に子供を保護するよう指示するも頑なにその場を離れようとはしなかった。必死に意識のない青年にしがみ付き、泣き腫らした目元を濡らす。周囲を見渡すと子供と同じ髪色をした女性が倒れていた。おそらくあれが母親だろう。しかし生死を確認した部下は静かに首を横に振るだけだった。
無理もない。この島の有様を見れば生きているほうが奇跡と言えよう。サカズキは眉間にシワを寄せながら血の気を失った青年の頬に触れた。春島とは言え一晩中外に放置されていたせいか温かさは感じられない。そのまま撫でるようにうっすらと手形の残った首筋へと指先を滑らせる。
「……こっちは生きとるのう」
「本当ですか!? すぐに軍医を連れてきます!」
「わしが運んだほうが早い。おどれは先に戻って治療の準備をしておけと軍医に伝えろ」
「はっ!!」
指先から伝わる弱い拍動に強張っていた口元が微かに緩んだ。存外しぶとい青年だと胸の中で呟きながら力の抜けた体を抱き上げる。満身創痍になりながらもまだ生きることを諦めないのは、サカズキの足元で不安そうにこちらを見上げる少女の存在があるからだろうか。
「黙ってついてくりゃあええ」
大きな瞳に涙を浮かべる子供から視線を逸らしながらそう呟き踵を返す。港へ向かって歩き出すと後ろから歩幅の狭い足音が続いた。
部下から青年が目を覚ましたと報告を受けたのは本部に帰還した翌日のことだった。
まとめた報告書の束を元帥に提出するよう書記官に伝え、そのまま執務室を後にしたサカズキは医務室へと足を進めた。現場で青年たちを保護した責任者は自分であるため状態を確認するのは当然のこと。加えてあの島で生き残ったのはあの二人だけだった。通報を受けた夜、島に誰が訪れ、何が起きたのか詳細を知るのも己の役目である。
医務室に入ると、ピリッとした鋭い視線が突き刺さった。無意識に釣り上がりそうになった口端をなんとか堪え、待ち望んでいた瞳を見返す。
「ノックくらいしろよ」
「助けた礼も言わんのじゃけェお互い様じゃろうが」
「……感謝はしてる」
そう言って俯いた青年の目線の先にはベッドに突っ伏して寝ている少女。島で保護してからずっと青年の傍を片時も離れようとはしなかったと部下が話していた。
サカズキはベッドへと近づいて静かに青年を見下ろした。起こした上半身や頭部には包帯が巻かれ、あちこちにガーゼが張られている。中でもピストルの弾が貫通した肩には何枚ものガーゼが重ねられているが、それでも血は滲んでいた。打撲も多く、どんな仕打ちにあったかは想像に容易い。痛み止めの薬が打たれているのかは知らないが、青年が自身の怪我を嘆く様子はなかった。
「海軍に入らんか」
それ故に、だろうか。気付けばそう口にしていた。
青年の、己の命すら懸けて悪に立ち向かう姿勢を高く買っている。それは正義としてあるべき姿だからだ。しかし弱ければ意味がない。海軍に入隊させ、この手で鍛え上げれば立派な海兵へと育つだろう。その素質は充分に持っていると確信している。
「正義は嫌いだ」
しかし返された答えにサカズキは顔を顰めた。それは行動に反した主張だと思ったのだ。己の行動を否定するような言葉だと。
「それに、俺がこの子を守らなくちゃいけない」
それこそ正に正義の真髄だということに青年は気付いていないのだろうか。有望な人材だ。手放すには惜しい存在だ。何より全てを拒絶するようなあの瞳を大層気に入っていた。誰かに折られてしまった牙を研ぎ直してやりたいと思うくらいに欲していた。
「軍に入ってもできることじゃ」
「母親を失ったばかりなんだ。傍にいてやりたい」
「……わしがまとめて面倒見てやってもええ」
「こんな時でも上から目線かよ。遠慮しとく。ここは居心地が良くない」
呆れたように鼻で笑った青年がようやくサカズキを見上げて、静かに視線を外した。
「すぐに出てくよ」
「行く当てなんぞないじゃろうが」
「だから世話してやるって? 嫌いなんだよ、そういうの。もうたくさんだ」
どこか吐き捨てるような声音に眉を寄せる。少女を守りたいならここにいるべきだとおそらく本人も解っているだろう。けれどそれ以上に譲れない何かが青年の中にあると察することができた。せめて怪我が治るまでは大人しくしていろと言い聞かせても無駄で、その頑固さに少し苛立ちを覚えたのはサカズキ自身も意固地な人間だからだ。
「なら、わしの家に来い。どうせ頻繁には帰らんけェそこで大人しくしちょれ」
放っておけば目を離した隙にどこかへ行ってしまうと判断したサカズキは仕方なく折衷案を提示したのだった。