任務で遠征に出たはずなのだが怒りを露わにするセンゴクからいい加減に帰ってこいとお達しを受けてしまった。少し寄り道をしただけなのに、と拗ねながら本部に戻れば溜まった書類と黄色いストライプのスーツを着た同僚に出迎えられる。何やら期限が迫っている書類があるとかで、本人曰く監視だそうだ。勝手に人の執務室でお茶を飲んでまったりしている同僚に呆れながら、渋々書類に目を通す。
「そういやァ〜……君がよく通っていたあの島でねェ海賊が好き勝手暴れたみたいだよォ〜」
「ふーん……え、そうなの?」
「どうせサボるんならァその島にいりゃあよかったのにねェ。普段真面目に仕事しねェんだからこういう時こそ働きなァ」
「あー……耳が痛ぇこと言うなって。それで、島の被害はどんなもん?」
「報告書があるだろォ〜〜〜?」
こちらに人差し指を向けて能力を発動させようとする同僚ことボルサリーノにだらりと両腕を上げ降参のポーズを見せる。同じくロギア系の能力者であるから打たれても問題はないが無駄に疲れるのは遠慮したい。
持参したらしいお茶菓子を摘まみながら寛ぎ始めた相手に溜め息を吐いて、書類の山をペラペラと捲っていく。すると見慣れた島の名前が記載された報告書を見つけた。随分と長文な内容に目を通していくと次第に表情が顰められていくのが解る。これは確かにボルサリーノの言う通りだ。自分がそこにいれば救えた命がたくさんあっただろう。被害は観光地としてはもう再起できないほどのレベルだ。生存者二名を除いて観光客を含めた島の住民全てが虐殺されたという一文に、クザンが脳裏に思い浮かべたのはあの店で働く青年だった。何かと気に掛けていた子で、綺麗な顔立ちが好みであった。
こういった出来事は別に珍しくはない。海賊王と呼ばれた男が処刑され、大海賊時代が始まると悲劇は日常的に起こっている。そう割り切っていてもお気に入りの青年がもし悲惨な死を遂げていたとしたらとても残念に思っただろう。幸運にも生存者リストに彼の名前が挙げられていてホッと肩の力を抜いた。
「生存者はァサカズキんところで保護されてるよォ」
「あのサカズキがねぇ……」
派遣されたのがサカズキの隊であることは報告書を作成した人物のサインを見れば一目瞭然だ。けれど情よりも正義を優先する男がまさか血縁関係もなく、重要人物でもない市民を個人的に庇護下に置くなんて全くもって予想外だ。もっと冷徹な対応をとっていてもおかしくない。明日は雨じゃなくてマグマでも降ってくるのだろうか。恐ろしい。
そういえば以前、サカズキが青年を一晩買ったことを思い出す。いや、さすがにそれはありえない。あの悪を滅ぼすことしか考えていない男がたった一度、それも相性最悪そうな相手に好意を抱くはずがない。
「わっしも驚いたよォ〜まさか家に連れ込むなんてねェ〜」
「…………は? なんて?」
きっとサカズキにとって有益な何かがあるに違いない。と自分に言い聞かせているとまたしても同僚から信じられない発言を受けてしまい、クザンは困惑の渦に足を突っ込んだ。
間接的に情報を得た人物に話を聞くよりも直接本人に事情を伺ったほうが早い。そう判断し、ついでに溜め込んでいた書類を回してしまおうともう一人の同僚の元へ訪れたクザンは怒られながらもようやく状況を把握することができた。なんだ下心からじゃないのか、と思わず零した声に怒号を浴びせられたのは言うまでもない。
マリンフォードには海兵やその家族も暮らしている居住区がある。生活に必要な物が揃うショッピング施設からカフェやレストランといった飲食店も充実していた。本部を抜け出し今まさに会いに行こうとしていた青年がタイミングよく歩いているのを見かけ、半ば無理矢理に近くのカフェへと連れていく。
「なんでサカズキなのかねー。普通、頼るべきはおれじゃない?」
付き合いだっておれの方が長いんだし、とテラス席でホットコーヒーを啜りながら対面に座る青年を見る。道行く人々の視線を集めるのは彼の端正な顔つきのせいではなく、痛々しく巻かれた包帯と顔の半分を占める湿布や絆創膏のせいだ。
「あの人に頼ったつもりはねぇよ。勝手に決められただけだ」
「じゃあ今からおれんとこ来る?」
「身の危険を感じるから行かない」
「お前さんの持つおれのイメージひどくねぇかな」
さすがに怪我人に手を出すほど節操なしの馬鹿じゃない。これでも海軍大将だ。ちゃんと礼節は弁えている。と思う。
だらけきった正義を掲げてからの自分の行動を思い返すとはっきり断言できないのが悲しいところだ。思わず出てしまった吐息は冷たくホットコーヒーがピシッと凍ってしまった。青年からは呆れた視線を送られる。
「ところで旅行でも行くの? まだ早いでしょ、怪我も治ってねぇのに」
誤魔化すようにそう言いながらカップを置いて、青年が買い物袋と一緒に持っていたパンフレットに目を向けた。
「あぁこれ? 移住先の選別」
「へぇ……それはそれで気が早いんじゃない?」
「ここには長く居たくない」
目を逸らし眉を寄せる姿に、ふと、あの子は海軍が嫌いなんだってなんて笑いながら言っていた美人な姉ちゃんの言葉を思い返した。もう二度と会うことは叶わない彼女の言葉は少し間違っている。海軍が嫌いなのではなく、正義を振りかざす組織が嫌いなだけ。それから偉そうな奴も。そこに気付いたのは青年と出会ってから随分と経ってからだ。
足元に置かれた買い物袋に差し込まれたパンフレットを手に取って適当に捲っていく。所々のページは端が折られており、そのどれもが似たような宣伝文句を謳っていた。
「春島ばっかだね」
「慣れた環境のほうがストレスも少なくていいだろ」
すぐにそれが青年と一緒に保護された少女に向けられたものだと察した。子供には優しいと思っていたが、優しいだけでは行動は起こせないことをクザンは知っている。そこに覚悟や信念がなければ自分の命はかけられない。ましてや実の兄弟でもなく、ただ親しいだけの他人に対してそこまでできるだろうか。彼は決してお人好しではない。
少しだけ胸がざわつく。このまま彼と少女を一緒にいさせていいものなのか、疑問を抱いてしまった。