もしバギー海賊団に拾われていたら
自室で荷物をまとめていると先ほどまで騒がしかった外が随分と静かになった。ついにここカライ・バリ島を拠点とする海賊団の船長が捕まったかとリュックを肩にかけたところで部屋の戸を乱暴に叩かれる。バギーさんが呼んでます、なんて嬉しくない報告付きで。逃げる事を第一に考えるような奴だ、そう易々と捕まるわけがないか。最初から解っていたけど、と肩を竦めてリュックをベッドに放り投げた。
一味と行動は共にしているが海賊になったつもりはない。手配書が発行されているわけではないからバギー海賊団の一味だとは思われてないだろう。だから島を囲んだ海軍には攫われたとか囚われていたとか伝えて見逃してもらおうとしていた。
「で? これどういう状況?」
呼ばれて来てみれば半泣きの船長に泣きつかれた上に元バロックワークスの社長とその社員一名が我が物顔で目の前に立っている。なるほど、外が静かになったのはこいつらのおかげだったのか。
「貸した金を返してもらいにきた」
「よくこんな奴に金なんか貸せたな」
「……次はねェさ」
咥えた葉巻を噛み切りそうな程に顔を顰める男には同情する。俺だったらまずこいつには金を貸さない。
思い当たるのはバギーズデリバリーを設立するときにバギーが用意した金だ。インペルダウンから囚人たちを連れ帰ってきた男に「タダで養えるわけがねぇだろ返してこい」と呆れたのが懐かしい。結局悪知恵に力を貸す形で一緒に業務形態の基盤を考えてやったが組織を立ち上げるにはもちろん資金が必要だった。いきなり数百と数の増えた船員を雇うにはそれなりの額が要求されるが、この男はどこぞから大金を持って帰ってきたのだ。まさかその相手が共にインペルダウンを脱出したクロコダイルだなんて予想できた奴はきっとこの海賊団にはいないだろう。
さてここで問題が一つ。クロコダイルが後悔している通り、今この組織にまともな収入はなく返せる金もない。それを知っているからバギーは俺を呼んだのだ。年下の男に縋りついてくる姿のなんと情けないことか。
「どぉーすんだよおい! 経理担当だろ、なんとかならねぇのか!?」
「だから最初からこんな事業うまくいかねぇって言ったろ」
「てめェも発案者の一人じゃねーか!」
「正直二年も持つとは思ってなかった。結局持たなかったけど」
脱獄囚なんて絶対裏切りが発生すると思うだろうが。それなのにこの男はカリスマ性だけはあるようでバギーズデリバリーを辞めたのは巨人族くらいなもの。それでも辞めたのなんてつい最近の出来事だから組織として保たれていたのが不思議なくらいだ。
仕方なくジャケットの内ポケットに入れていた帳簿を葉巻を咥えている男に投げ渡す。
「なんだこれは」
「見ての通り帳簿だよ。うちのバカの言ってることは本当だ。金はない」
「……ハッ。どうケジメつけてくれる」
「ど、どうと申されましても……」
パラパラと中身に目を通したクロコダイルは見下したように鼻で笑うと持っていたそれを投げ返してきた。そして俺の腰あたりに縋りついているバギーにドスの利いた声で問いかける。どうせ借金を踏み倒すつもりでいたであろう張本人は気圧されたのか大きく見せていた図体を縮ませて背後に隠れてしまった。これでも一海賊団の船長として慕われているんだから世の中解らないものだ。いや、元の世界にも喧嘩は弱いのに無駄に統率力だけある奴がいたのを思い出す。これがカリスマ性ってやつなのか。
そんなことを考えているとバギーが身を乗り出して一つ提案を出してきた。それは借金を返す代わりにクロコダイルが始めようとしている事業に人材を提供すること。下僕になるぜ、なんて言ってるがプライドないのか。そもそもタダ働きでこき使われるのはお前じゃなくてお前の部下だろ。まさかその中に俺も含まれてるんじゃないだろうなこの道化野郎。
「あんたの首一つで事態が収拾できるんなら楽なんだけどな」
「見捨てる気満々か!!」
「はぁ……ちょっと待ってろ」
「バカヤロー! おれを一人にするなァ!」
肩を掴んでいた手を無理矢理剥がして踵を返した。自室に戻りまとめてあった荷物の山からこれまで貯めていた金の入った袋を二つほど手に取る。確かに見捨てられるならそれが一番楽なのだが、突然何も知らないこの世界にやってきた俺を拾ったのはバギーだった。出会い方が良いとは言えなかったが一応の恩はあるし、すでにその借りを返したと言ってもいい働きはしただろう。だからこれ以上付き合う必要はない。
両手で大金の入った袋を抱え戻ってくるとそれまで情けない顔をしていた男の瞳が輝いた。
「おぉ神よ……っ! って、お前そんだけ金あるなら経営どうにかなったじゃねーか! どこからそんな金を!?」
「どこからもなにもこれまでの俺の給料に決まってんだろ」
元の世界とは違いこの世界には金をかける趣味のバイクはないから貯まる一方だ。そのままバギーの横を素通りして持っていた袋をクロコダイルへと渡す。
「設立資金の足しにはなるだろ。だからタダ働きするのはこいつだけ。俺は給料もらうからな」
「ぅおい!」
「あ? 返せもしねぇ金借りた奴が文句あんのかよ」
「アリマセン……」
むしろ肩代わりしてやったんだから感謝しろと言いたい。そう想いを込めて見下ろすといじけてしまったのか部屋の隅へ体を寄せてぶつぶつと文句を呟き始めた。母親に叱られた小学生かよ。ま、あれは放っておいてもその内ポジティブ思考に変わって元気を取り戻すからこのまま放置で大丈夫だろう。二年も一緒にいれば扱い方も慣れたもんだが、この先も付き合うと思うとなかなかに面倒くさい。
もう暫くはこの拠点から離れることもなさそうだし後で荷解きしておかなければ。また離れるタイミングを逃したなぁと後ろ髪をかいていると横から「おい」と声を掛けられた。
「どうだ。あいつの下にいるくらいならおれの元で働いてみるか?」
袋の中の金を確認していた男の眼がいつの間にかこちらを向いていた。バギーの本拠地でその連れを口説くとは随分と肝の据わった人だと感心するが残念ながら誰かに従えるなんて性に合わない。俺は肩を竦めながら部屋の隅へ視線を移した。
「俺にはあれくらいのバカが丁度いい」
これ以上面倒なことに付き合うのは御免だし義理もない。海賊にだってなるつもりもない。それでも見捨てないのはこの世界じゃ他に行く場所なんてないし、退屈しのぎにはなることを知ってしまったからかもしれない。どうせここではやりたいこともないんだ、飽きるまでは一緒にバカをやるのも悪くない。