「待ってください母さん! あの人がまだッ!」
「無理よ。もう間に合わないわ」
荒廃した世界に貴方を残したままタイムマシンは過去へと時を越えようとしていた。伸ばした手は拒まれ、ずっと待ち望んでいた柔らかな表情は別れを告げるために向けられてしまった。今度こそは大切なものを失うまいと戦っていたのに、それなのに、オレは貴方まで失ってしまうのか。怒りと情けなさで握った拳はただハッチを叩くことしかできない。全王様によって消されていく世界で最後に見たのは、とても穏やかな表情でオレを見つめる貴方だった。
感情が乏しくても優しい人だと悟飯さんが口癖のように言っていたのを今でも覚えている。その言葉通り、貴方が優しい人であることを知っているし、悟飯さんの代わりを務めようとオレを支えてくれたことが嬉しかった。そんな貴方が変わってしまったのはブラックが現れてからだ。憎しみと怒り、そして苦しみに染められた貴方の気は今まで感じたことがないほど強大で、人類に恐怖と絶望を与えることになった。オレの力では到底敵わない。だが何より、オレの声が貴方に届かなかったことが悔しかった。
戦いが終わった今、貴方が隣にいない現実が辛い。超ドラゴンボールによって感情を与えられ、全ての元凶であるザマスに洗脳されていた貴方が自我を取り戻せたのは悟空さんのおかげだった。希望はまだある。そう思ったのに。なのに貴方は自分が犯してしまった罪をたった一人で抱え込んだまま、世界とともに消えることを選んでしまった。
「トランクス、おまえは何があっても生きろ。それが俺と、悟飯の願いだ」
それが貴方の最後の言葉。まるで呪いのようじゃないか。オレが生きていた世界は消滅し生き残ったのはたったの二人。守りたかった人も、世界も、そして貴方も、消えてしまった。強引にでも腕を掴んでしまえばよかった。無理矢理タイムマシンに乗せてしまえばよかった。でもできなかったんだ。貴方があまりにも、あまりにも幸せそうな表情をするから、それ以上手を伸ばすことができなかった。
消えゆく世界の中で貴方だけが全てを受け入れていたんだ。
オレにとっては過去の時空へと到着しタイムマシンを降りると、小さいオレが父さんへと駆け寄っていく姿が見えた。この時空のザマスはビルス様によって破壊され、小さいオレが同じ運命を辿ることはない。オレの世界はなくなってしまったけど、父さんや母さんが生きているこの世界を巻き込まなくて済んで本当によかった。そう安堵すると同時に羨ましくも思う。だってここには悟飯さんがいて──
「あ……ッ」
──貴方がいるんだ。
未来での出来事を話していなかった人が二人いる。一人は家族を持ち、かけがえのない時間を過ごしている悟飯さんだ。優しく正義感に溢れた人だから、未来で起こっていることを知ったら一緒に戦ってくれたはず。だから話すことはできなかった。オレが慕う未来の悟飯さんが掴めなかった幸せを、この時代に生きる悟飯さんから奪うことなんて許されないと思ったから。
そしてもう一人は、未来で敵になってしまった貴方だった。
「お久しぶりです、トランクスさん」
目の前に立つ貴方と脳裏に焼き付いた未来の貴方が重なって、視界が歪んだ。手を伸ばせば確かな温もりを感じて涙が頬を伝った。貴方は消えてしまってもういないのに、ここに貴方がいる。存在している。触れることができる。縋るように胸元へ額を預ければ生きている鼓動を感じられ、押し寄せる後悔の念がぼたぼたと地面を濡らしていく。
「すみません……ッすみません……」
貴方に伝えるべき言葉の代わりに吐き出される懺悔の声は誰に向けてのものだろうか。突然のことに困っている目の前の貴方なのか、オレに生きろと願った貴方なのか、解らない。未来を守れなかったこと。皆を守れなかったこと。貴方を守れなかったこと。オレは希望なんかじゃなかった。頑張ったけど、どうすることもできなかった。
同じ言葉を繰り返しながら俯いたままでいると、そっと頭を撫でられる。慰めるようなその行為が余計にオレを苦しめた。
「すみません、オレっ……」
「……ブルマさん、部屋をお借りしてもいいですか」
「ええ。トランクスのこと、お願いね」
貴方に手を引かれるままカプセルコーポレーションの廊下を歩く。オレが掴み損なった手。いや違う。この手は、あの人じゃない。枯れることを知らない涙がまた溢れ出した。すぐ近くに貴方がいるのに、貴方がいない。触れているのに、触れることができない。声も、気も、温もりも、全部同じなのに、貴方じゃない。
なんてことだ。失ってから気付くなんて、遅すぎるにもほどがある。あの時貴方の感情が乏しいままだったなら、あの表情を見ることができなかったら、生きてここにいたのかもしれない。もしも、なんてあるわけないんだ。期待してはいけない。望んではいけない。
「着きましたよ、トランクスさん。座ってください」
「っ、すみません、こんな泣いてばかりいて……貴方に、迷惑をかけてしまって」
「大丈夫です。なにか飲み物でも持ってきます」
「あ、待って!」
離れていってしまう熱を追いかけて引き止める。あぁ、今度は掴むことができた。
「待って、ください。お願いです……ここに、いてください」
解っている。貴方はオレの望む貴方ではないってことくらい。体が張り裂けるほど痛いくらいに理解している。今更になって貴方の手を掴んでも意味なんてないんだ。失ったものは戻ってこない。命とはそれくらい尊いものだということを自分が一番身をもって知っている。拭うことすらしないせいで止まらない涙はただただ床を濡らしていった。希望があったから前を向けた日々はもう戻ってこない。支えてくれた人がいたから涙を止めることができたのに、もう、皆いない。
するりと目元を柔らかな温もりが撫でていって、そこでようやく顔を上げた。
「泣かないでください。俺はここにいます」
表情は乏しくともそこには確かに優しさがあって、それがオレのよく知る貴方と同じで、今すぐ貴方に会いたくなった。どれだけ大きな罪を背負おうとも、時を戻して貴方を救いたいと、そう願ってしまいたくなった。