ズレた歯車


 あれはまだ人造人間の脅威に晒されていない過去から戻ってきて数ヶ月後のことだ。タイムマシンの準備が整い、オレは悲惨な運命を変えるべく再び過去へと旅立とうとしていた。二度と戻ってこられない可能性は十分にある。それでも今この時代に生きている人たちを救うためにオレがやらなければならない。大切な人を失った貴方のためにも。

「これから過去へ行ってきます。悟飯さんや父さんたちが生きる世界にしてみせますよ。絶対に」

 見送りに来てくれたはずの貴方はずっと背を向けたまま、くすんだ空を見上げていた。
 貴方が家へよく訪れるようになったのは悟飯さんが亡くなってからだ。母さんを気遣い、オレの修行にも付き合ってくれて、まるで悟飯さんの代わりをしているようで辛かった。悲しみを知っていても悲しむことができず、涙を流すことさえできなかった貴方を見て、こんな世界変えなければいけないと強く思った。

「過去を変えても”現在"は変わらない」

 流れる雲を見つめながら呟くように発せられた貴方の声に、心臓が一度大きく跳ねる。

「どういうことですか」
「俺にもよく解らない。だが感じるんだ、悟飯はもう戻ってこないって。それに、」
「そんなっ! そんなこと、やってみないと解らないじゃないですか!」

 全てを聞き終える前に体が動き出していた。いつまでもこちらを見ようとしない貴方の腕を掴んで乱暴に振り向かせる。まるで自分が抱いている希望を、託された希望を、否定されたように思えた。冷静であることしかできない貴方だって本当は悟飯さんに生きていてほしいはずだ。本当なら自分の手で運命を変えたいはずだ。でも貴方にはそれができない。

「落ち着け、お前を止めたりはしない。だが嫌な予感がする。時の流れは繊細だ。僅かな変化が大きな弊害を生んでしまう」

 感情のまま強く掴んだオレの手をそっと握り、腕から離した貴方はもう一度空を見上げた。握られたままの手が冷たい。あぁ、そうか。悟飯さんがよく貴方に触れていた理由がようやく解った気がした。

「トランクス、生きてちゃんと戻って来てくれ。お前が死んだら俺は──」

 まるでテレビのチャンネルを変えた時のように、貴方の声を最後に目の前の景色が変わった。驚愕に染まる父さんたちの表情と不敵な笑みを浮かべ指をこちらに向けているセル。あの人の言っていたことは間違いなんかじゃなかった。オレが過去に来たことで歴史は大きく変わってしまったのだ。オレが死んだらあの人は、なんと言っていただろうか。思い出したいのに意識は黒く塗りつぶされていった。