弟のために


 人造人間たちが破壊活動を続ける街へと向かいながら、悟飯は隣を飛んでいる兄へ視線を投げた。今この地球で人造人間と戦えるのは自分と兄しか残されていない。父が病気で亡くなり、ピッコロや他の戦士たちも敵の手によって命を落としてしまった。遺された戦士としての使命と責任を果たすために、地球に平和を取り戻すために、悟飯は覚悟を決めている。ただ自分の覚悟に兄を巻き込みたくはなかった。

「トランクスはおいてきてよかったのか」

 そう声をかけられてようやく考え事に集中していたと気付く。兄は依然として街の方向に集中しているようだ。

「あの子が人造人間と戦うには、まだ力が足りませんから。兄さんこそオレに付き合わなくていいんですよ」
「お前が戦うなら、俺も戦うだけだ」

 その言葉が嬉しくもあり、苦しくもあった。物心ついた時から兄はいつも悟飯を優先していた。あの頃はそれを当然のことのように受け入れていたが、幾度の戦いを経ていくうちに間違いであると認識し始めた。でも父を亡くし、師を亡くし、多くの大事なものをなくしてしまった今、最愛の兄まで失うことが怖くてずっと目を逸らしたままなのだ。
 建物が崩壊した街へと降り立つと、まるで遊んでいるかのように破壊を続けていた人造人間たちが振り返った。顔立ちのよく似た男女の双子だ。双子の相手をするのが双子とは、なんの因果だろうか。

「またお前か、孫悟飯。まったく懲りない奴だ」
「見てみなよ17号。今日はあいつも一緒だ。ちょっとは楽しめそうだよ」
「あぁ。孫悟飯一人を相手にするのは飽きてきた頃だしな。ちょうどいい」

 もし父のように強くなれたなら。強大な敵を相手に一人で戦うことができたなら。隣にいる兄を戦いの場から遠ざけることができるのに。弟を守るという呪縛から解放することができるのに。現実は斯くも厳しく、虚しいものだ。