ナマエという男はとにかく寝ることが好きなやつだ。いつでもどこでもお気に入りの枕があれば何が起ころうが寝れるようで、ついこの間なんかは武器庫で寝ているのをハルタが発見していた。一番隊の戦闘員ではあるがあまり戦闘は好まないようで、宝や酒にも興味はないという。
「ナマエって海賊らしくねぇよなー」
陽の当たる甲板で昼寝をしているナマエをモップの杖に顎を乗せたまま見つめるエースが呟いた言葉に反応したのは、たまたま近くを通りかかったサッチだった。
「あぁ、あいつ元海兵なんだよ」
「ふーん……はぁっ!? そうなのか!?」
白ひげ海賊団に入ってから数年経つが初めて聞く事実に驚き思わずモップを手放してしまう。
「まぁ海兵らしくもないけどな」
サッチは苦笑しながら床に転がったモップを拾い上げて驚きに固まったエースに押し返した。我に返りモップを受け取ると改めて甲板で寝ているナマエに視線を向ける。
「なんで海軍やめて海賊になったんだ?」
確かに一日中寝てばかりいるナマエが海軍に向いているかと言われればはっきりと向いていないと言えるだろう。だからといって海軍をやめてまで海賊になるような人間かと聞かれれば疑問は残る。
「海賊になったっつーか、なるしかなかったっつーか」
「なんだよそれ。はっきりしねぇな」
煮え切らないことを言うサッチを呆れた目で見れば、本人は周りを気にしている様子で視線を彼方此方に走らせている。それから声を潜めるように口元に手を寄せて顔を近づけてきた。
「グランドラインを航海中に立ち寄った島で、マルコが口説き落としてきたんだよ」
あのマルコが。目を瞬かせたエースがゆっくりとサッチを見る。
「まじ?」
「まじ」
あのマルコが海兵を口説いて海賊にしたってのか。そんなエースの心中を察したのか念を押すように大きく頷かれた。一体全体どうやってナマエを仲間に引き入れたのか気になって仕方がない。驚きの感情がどんどん好奇心に塗りつぶされていくのを感じながら口を開こうとしたとき、二人を影が覆った。
「おめぇらなにサボってるんだよい」
「うぉお! マルコっ!」
「うわっ噂をすれば!!」
随分と焦った様子の二人に首を傾げながら顔を顰める。
「噂ってなんだよい」
「あーっと……」
厳しい目を向けてくるマルコから視線を逸らしたサッチは「マルコがナマエを口説き落とした」という言葉は避けて伝えなければいけないと理解していた。自分の気持ちを自覚しながらも認めたがらないこの男はサッチやイゾウから揶揄われることを嫌がる。とくにサッチに対しては風当たりが強い。だから言ってはいけないとサッチは言葉を濁した。
「なぁマルコがナマエのこと口説いて仲間にしたって本当なのか?」
だがこの真っ直ぐでちょっとアホな子の弟はそれを知らない。純粋で好奇心に染められた瞳を向けてくるエースはなにも悪くない。それはマルコにも分かっていて鋭い視線はサッチにのみ集中した。
「だいたい何の話をしてるかは分かったよい」
「で? で? 本当なのか?」
「そうだねい……」
期待の込められた視線にしょうがないと苦笑して、ナマエと出会った時のことを思い出す。あれはまだ白ひげ海賊団がグランドラインを航海中のことだった──
島が見えたと騒ぐ船員の間を歩き不死鳥へと姿を変え飛び立つ。飛行能力のあるマルコが先陣を切って島を偵察しに行くことはよくあることで、今回も例外ではなかった。空から見下ろした島には多くの淡いピンク色の花を咲かせる木々が植えられ、気候も暖かく人も賑わっている様子にこの島が春島であり観光地でもあることが伺えた。
一度人気のない場所に降り立ち姿を元に戻してから賑わう島の中心部へと向かう。補給するには充分な豊かな町並みに立ち寄っても問題ないだろうと思い港へと足を向ければ、海軍支部の建物が視界に入り咄嗟に身を潜めた。
「海軍がいるのは厄介だねい」
しかし随分と小さな海軍支部だ。今まで見てきたものはどいつもこいつもでかい建物ばかりだったもので少々拍子抜けである。町中に海兵の姿はなかったところを見ると、配属されている海兵の数はかなり少ないのかもしれない。それでも警戒はするべきだと再認識してその場を後にするため振り返ると、小さな女の子がマルコをじっと見つめていた。どうしたものかと見つめ合っていれば、女の子は小走りでマルコに近づき見上げてきた。
「お兄さん見たことあるよ」
「おれを知ってるのかい」
「うん、不死鳥さんでしょ?」
手配書でも見たのだろうか。
「海賊が怖くねぇのかよい?」
女の子の視線に合わせるようにしゃがんで視線を合わせて不敵に笑ってみせると、きょとんとされてしまう。そしてすぐに首を横に振るった女の子は「海賊さんは怖い」と呟いた。
「でも、白ひげの海賊さんたちは悪い人たちばかりじゃないよってナマエ大佐が教えてくれたもん」
だから不死鳥さんは怖くないよ、と可愛らしい笑顔を浮かべる女の子に今度はマルコが目を丸くした。女の子が海軍将校と関わりを持っていることにも、そんなことを教えている海軍将校がいること自体にも驚きを隠せない。
「あ、パパだ!」
そんなマルコの後ろに視線を向けた女の子が声をあげた。そう、後ろにある海軍支部のほうに向かって。ゆっくりと振り返るとやはりそこにいたのは海兵で、マルコに気付いたのか驚いたような表情を浮かべたがすぐにそれは柔らかいものへと変わった。
「不死鳥マルコだな」
「あぁ……」
「そう警戒しないでくれ。この島で補給がしたいんだろ?」
攻撃してこない限り、この島の海軍は海賊だろうが手は出さないさ。そう言った海兵にマルコは珍しいものを見るような眼で海兵を見た。
「あんた、本当に海軍なのかよい」
「まぁ普通の海軍は海賊を捕まえようとするが、うちの上司がそういったことに拘らない人でね」
まったく困った人なんだ、と苦笑する海兵に女の子が走り寄る。
「そういう訳だから、暴れなければこの島で好きにすればいい」
それだけ言い残して女の子の手を引いた海兵は町のほうへと歩いて行った。なんだか釈然としないが立ち寄っても問題ないのならば遠慮なくお邪魔させてもらおう。一度船に戻ったマルコは事の顛末を船長である白ひげ──ニューゲートに報告して船を島へと進めて停泊した。
「んじゃ親父、この島には4日間の滞在でいいねい」
「あぁ」
親父の言葉に各自が自由に行動をし始めた。初上陸した島ということで今日は買い出しの指示は出していない。先ほどはゆっくり島を見て回れなかったマルコも一人散策することにした。穏やかな雰囲気のある暖かい島。海賊であろうと笑顔で迎える人々。
「いい島だよい」
「おっ! 海賊さん、この島が気に入ったかい?」
思わず口に出てしまっていた言葉に反応したのは果物を売っている元気な男だった。
「ここは春島、あそこに見える大きな木がこの島を守ってくれてる不思議な島さ」
そう言って男が指差したほうを見れば確かに大きな木が一本ある。しかし、島を守るってのはどういうことだ?
「気になるなら見てくるといい。それにあそこにはナマエ君がいるからいろいろ聞くといい」
「ナマエ……」
そういえば港で話した女の子もその名前を口にしていなかったか。どうやらここにいる海軍将校殿は島民とかなり親しいようだ。興味が出てきた。会っておくのも悪くないだろう。
「お兄さんもナマエ大佐に会いに行くの?」
そう声をかけられ振り返ればあの時の子が立っていた。父親である海兵の姿はない。お兄さん”も”ということはおそらくこの子も行くのだろう。
「そうだよい。良ければ連れて行ってくれるかい?」
「うん、いいよ! 一緒に行こう!」
嬉しそうに笑う女の子に手を引かれ歩き出すと果物屋の男が果実を数個投げよこしてきた。
「美味いから持っていきな」
気さくな男の厚意に礼を述べて手を引かれるまま歩き出した。
辿り着いた場所はこの島を見渡せることができるほどの高い丘。そこには淡いピンクの花を満開に咲かせる大きな木があった。島中にある木と同じようでいて違うその圧巻の光景には思わず息を飲んでしまうほどである。その木にはハンモックが一つ吊り下がっており誰かが寝ているようだ。
「ナマエ大佐ぁー!」
女の子が寝ている人物に向かって走り出した。
「子供は元気だよい。にしても、いい眺めだねいここは」
マルコは賑やかな港町や海を眺め気付いた。船が来ればすぐに分かる場所でもあるみたいだ。
「ナマエ大佐! 起きて!!」
「っうわ!!」
元気な女の子の声と驚いたような焦った声にマルコは大きな木のほうに視線を向けた。ハンモックで寝ていた男は女の子によってどうやらそこから落とされたようだ。いててーと言いながら頭を擦る男が顔を上げる。
「ちょっと、人がせっかく気持ちよく寝てるのに起こすなよ」
「ねぇ遊ぼう!」
「だから俺は眠いのー、寝かせてほしいなぁ」
「だーめー!」
仕方なくと言ったゆっくりとした動作で立ち上がる男と目が合った。眠そうな眼に寝ぐせのついた黒髪、暖かいというのに首にはマフラーが巻かれ、肩には海軍将校が着る正義を背負ったコート。
「あ、白ひげ海賊団の不死鳥マルコ」
気だるそうな声が眠さをより際立たせている。
「あんたはナマエっつーのかい。随分海軍らしくねーよい」
「あー……それって褒め言葉?」
苦笑するナマエに呆れるしかない。本当、今まで出会ったことのないタイプの海兵だ。
「ここに来たってことはこの島について知りたいんですか?」
「まぁな。ちょいと気になることも聞いたんでねい」
話に入れなくなった女の子がナマエの首に巻いてあるマフラーを引っ張った。少し怒ったような表情でしたその行為はどうやら手加減はしていないようで、ナマエは苦しそうな顔でしゃがみ込んだ。
「遊んで!」
「はいはい分かったよ。なにして遊ぶ?」
「森を探検したい!」
「また? 飽きないねー」
手を引っ張られて立ち上がり、緩やかな動作で振り返る。
「ついでだし、不死鳥さんも来るといいですよ。歩きながら島のこと教えます」
元気よく走り出した女の子の後ろをゆっくりと歩くナマエからの申し出を、とくに断る理由もなかったのでついていくことにした。島中を見ておこうと思ってた手前、ありがたいことでもあった。森の中を歩きながら果物屋から貰った果物を思い出して齧りつく。
「もう知ってるとは思うけどここは春島。丘の上にある大きな木に守られている”ケラスス島"っていう名の小さな島だ」
「守ってるってのはどういう意味だい?」
「そのままの意味ですよ。あの木には不思議な力があって、この島を見えないもので覆っているんです」
だから外からの攻撃はこの島には届かない。そう言われマルコは島と海の境を見てみるがなにかが覆われているようには見えない。まるで御伽話だな、とあまり信じられる話ではなかったがここはグランドラインだ。なにが起きても不思議じゃない。
「もし攻撃意思のある野蛮な海賊が来たらこの島に入る前に、俺が海に沈める」
「なんだ、あんた強いのかい」
「弱くはないと思いますよ?」
確かに弱くはない。でも強そうにも見えない。きっと原因はその眠そうな眼だ。
「それより敬語はやめてくれよい。海軍が海賊なんかにそんな喋り方するなんて気味が悪い」
「あー……年上には敬語っていうのが癖なんですよ」
直すのもめんどくさいんで、と言うナマエに呆れた目を向ける。
「あんた、本当に海軍かよい」
そもそもこの状況もおかしいのだ。海軍と海賊が並んでただ森を歩いている。それも悠長に話しながらときた。きっと仲間が見れば奇妙な顔をされるだろう。
「一応海軍ですよ。まぁなりたくて海兵になったわけじゃないですけどね」
「へぇー。じゃあなんで海軍に?」
「親父が海軍なんですよ。兄は海兵にならずに家を出てしまって、しょうがないから俺が海軍に入ったわけです」
一度言葉を切ったナマエは大きな欠伸をして生理的に浮かんだ涙を適当に袖で拭いた。
「ま、俺は寝れればなんでもいいんですけどね」
「本当に海軍かよい」
この変わった海兵にマルコは呆れるばかりだ。しかし一方で、興味を惹く存在でもある。先を歩く女の子に呼ばれ歩みを進めるその背中にはしっかりと正義が背負われていて、それが彼には似合わないと思えた。
「なぁナマエ、おれたちの船に乗らねーかい」
驚いて振り返ったナマエにマルコも内心驚く。無意識に出てしまっていた言葉。
「なに言ってるんですか。これでも俺は海軍ですよ」
「……それもそうだねい」
困ったように言うナマエの表情が、どこか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか。