どこか楽しそうに話す息子の姿に、どんなやつなのか気になった。
「聞いてくれよい親父。おもしれぇ奴を見つけたんだ」
この島にいるというナマエという名の海軍大佐。マルコは気付いちゃいないだろうが、その瞳はすでに獲物を捕らえようとするものになっていた。
穏やかなその島で滞在中に見たナマエはほとんどがあの丘で寝ている姿だ。そんな彼の実力の片鱗を知れたのは出航の前日、補給物資を船に運んでいるときだった。
島から離れた海の上に一隻の海賊船がいることに気付いたのはマルコだけではなく、ちょうど港にいたナマエの部下である海兵も船を観察しているのか難しい顔で海上を見ている。
「あの船は確か……」
そう呟いた直後、船の大砲から砲弾が放たれたが海兵に慌てる様子はない。ナマエから話を聞いていたマルコも近づく砲弾を静かに観察するように見つめる。
「マルコ隊長! 敵襲です!」
「落ち着けよい」
「でも……っ」
「まぁ見てろい」
放たれた砲弾は弧を描き島へと飛ぶ軌道の途中で爆発した。その光景にマルコは納得したように頷く。よく目を凝らして見ていたおかげで先日ナマエから聞いた”見えないもので覆っている”の意味を理解する。
「なるほどねい。見えない膜か……」
「まったく、眠いのにめんどくさいお客さんが来たなー」
いきなり聞こえた眠たげな声にマルコが隣を見ると、そこには相変わらず眠そうな眼をしたナマエがいた。
「いつの間にいたんだよい」
ずっと港にはナマエの姿はなかったし、今こうして隣で声を発するまで気配を感じなかったことに少々驚く。海軍支部での階級ではあるが大佐の肩書きは飾りではないようだ。
「今ここに来ました。少尉殿、アレあります?」
「もちろん」
部下の海兵はすでに用意していたグローブらしきものをナマエに手渡し、代わりに羽織っていた正義のコートを受け取った。グローブを手にはめたナマエはぐっと背伸びをした後、体の重心を少し落とす。
「では、いってきます」
やる気のない声でそう言うと、地を蹴り海の上を飛んだ。それもかなり速いスピードで。脚力のすごさに感心していれば船長であるニューゲートが傍にやってきて面白そうに笑っている。空を蹴るようにして進んでいったナマエが海賊船に乗り込んで数秒、船をなにか光る線が包んだかと思えば一瞬のうちに粉々に裂け海へと沈んだ。
「へぇーなかなかやるよい」
ますます欲しくなった。そんな息子の心中を察したニューゲートはさらに声をあげて笑う。しかし暫く経ってもなかなか戻ってこないナマエに二人は首を傾げた。
「あ……ナマエ大佐ってばまた泳いで帰ってくる気だなー」
「泳いで?」
「あの人、海が好きなんですよ。夢は海の上で昼寝すること。まったく呆れた人だ」
そうどこか嬉しそうに笑う海兵が言う通り海上に視線を向けると確かにナマエが泳いで戻ってくるのが見える。あまりにも気持ちよさそうに泳いでいる姿に少しだけ羨ましくなる。能力者となってからは海の嫌われ者になった自分ではできないから余計に。
「んー働いた働いた」
海から上がったナマエが海水を吸ったマフラーを首から外し絞りながら欠伸をしている。
「風邪引くぞーナマエ大佐」
「平気平気。頑丈な体してますから」
「あー! ナマエ大佐ぁー!」
「へ? あー待て、走るな、こっちに突っ込んでくるな」
港の縁でのんびりしていたナマエに向かって走ってきたのは、この島へ来てから出会った女の子だった。急には止まれない子供にタックルされ再び海の中へ落ちたナマエは、ゆっくりと水面に顔を出す。
「こら、危ないじゃないか」
「ひどいよナマエ大佐! 遊んでた途中だったのに!」
「あー……ごめんね?」
許さないもん! と大きな声を出して女の子はナマエに向かって飛び込んだ。楽しそうに騒ぐのを見つめていたマルコは口端を釣り上げて海兵へと近づいた。
「あいつ、白ひげが貰っていくよい。いいだろい親父」
「グララララ、好きにしろ」
「ナマエ大佐を海賊に? まぁあの人は海軍より海賊のほうが向いてるかもな……」
案外あっさりとしている海兵にマルコは呆れるしかない。
「やっぱ、ここの海軍はおかしいよい」
そんな言葉に海兵は笑って海から女の子とナマエを引き上げた。
出航の日、マルコは大きな木のある丘へ来ていた。一人の男を船へと誘うために。この島へ来て初めて出会った時と同じようにハンモックに揺られ幸せそうに眠るナマエ。
「ナマエ、起きろい」
「旅立ちの前の挨拶でもしに来たんですか?」
起きていたのかすぐに反応したが眠そうな目がマルコを捕える。改めて思うがナマエのこうした気だるげな雰囲気はこちらまで気が抜けてしまっていけない。
「迎えに来たんだよい」
「俺は海軍ですよ」
「じゃあ攫いに来た」
少々いい加減になってきたマルコの声に目を閉じて笑った後、ゆっくり開いて頭上の淡いピンク色の花を咲かせた木を見上げた。
「海賊は楽しいですか?」
「あぁ。誰にも縛られず自由にできるんだ。楽しくないわけねぇよい」
「海軍もそこそこ楽しいですよ?」
「そうかい? でも海賊ほどじゃねぇだろい」
「まぁそうですね」
風に乗って落ちてきた花びらを空中で掴み、じっと見つめた。
「この島、居心地がいいでしょう?」
「そうだねい」
「……離れるには惜しい場所です」
指先の力を抜くと花びらは風に流され飛ばされていく。
風の向くまま気の向くまま、そうした人生に憧れていなかったわけではなかった。自由に生きる兄が羨ましいと思ったことだってある。唯一問題があるとすれば自分の父親がそれを許さないということだけだ。
「あー……本来なら反論や抵抗をすべきなんだろうなぁ」
ナマエはハンモックから下りて、コートのポケットに入っていた子電伝虫を取り出す。海軍でも呼ぶんじゃないかと一瞬考えたマルコだったが、ナマエに限ってそれはないかと様子を見ることにする。
「あ、親父?」
『なんじゃナマエ! ついに本部に来てくれる気になったのか!?』
「あー違う違う。あのさ……俺、海軍やめることにした」
『……はぁ!? なにを言っとるんじゃバカモン!』
「海軍やめて海賊になるよ。それだけだから、またね親父」
子電伝虫から聞こえる怒鳴り声を無視して、ナマエは海に向かってそれを投げ捨てた。正義を背負ったコートも脱ぎハンモックの上に置いて、ぐっと背伸びをしてからマルコのほうを向く。その表情は相変わらず眠そうではあったがどこかスッキリしたようにも見えた。
「これで俺は追われる身。責任とってくださいよ」
「任せろよい」
船の停泊している港へ向かうと部下の海兵が嬉しそうに微笑んでナマエを出迎えた。その手には昨日もナマエへ手渡していたグローブが握られている。
──なんだ、彼もグルだったのか。
「どうぞ大佐。今度からは自分で手入れしてくださいね」
「ありがとう少尉殿。この島のこと、頼みました」
「任せてください」
グローブを受け取ったナマエは部下の足にしがみ付いて泣きそうな顔をしている女の子へと目を向けた。目線を合わせるためにしゃがみ込み、慰めるように頭を撫でる。
「ナマエ大佐……もう会えない?」
「きっと会えるよ」
「本当?」
「あぁ。約束だ」
「っうん!」
約束のおまじないだ、と小指同士を絡ませればようやく笑顔を向けてくれた女の子に安堵して微笑み返す。
「そろそろ行くよい」
立ち上がったナマエは一度この島で一番大きな木のある丘の方へと視線を向けてから、白ひげ海賊団の船──モビー・ディック号に乗り込んだ。甲板で離れゆく島を見つめていると隣にマルコがやってきた。
「そういやあの大きな木ってなんて名前なんだい?」
「あの木は、島と同じ名前ですよ」
「島と同じ……ケラスス、かよい?」
隣に立つマルコへと視線を向ければ、服に花びらが付いているのに気がつき指で摘んだ。
「ケラススはあの島の言葉なんです。意味は──桜、ですよ」
指から擦り抜けた花びらは海の上を風に乗ってどこまでも飛んで行った。
こうしてナマエは海軍大佐の地位を捨て、のちに世界最強の海賊団とも謳われる白ひげ海賊団の一員となったのだった──
そう語ったマルコの表情は穏やかだったが、次第に渋い顔つきになってきてエースは首を傾げた。
「まぁ……仲間にしたはいいものの、その後が大変だったがねい」
「え、なんかあったのか?」
本人も無自覚であろう溜め息を吐いたマルコに相当やばいことが起こったんだな、と興味を唆られて聞けばサッチが両手をパンッと叩く。
「あー! 思い出した! あの殴り込みに来た海軍な」
あれは大変だったなぁ、なんて他人事のように笑う男を足蹴にしたマルコが舌打ちをした。痛む脛を抑えながら話に付いていけていないエースに笑いかける。
「ほら、ナマエの親父も海軍だって言ってたろ?」
「まさか殴り込みに来たってのが…」
「そのまさかだ。『うちの息子を誑かしたのはどこのもんじゃー!』って単身で乗り込んできたんだよ」
「うわぁ……」
その時のことを思い出しているのかマルコの形相がすごいことになっていて若干引き気味のエースはすぐに目を逸らした。
「そりゃもうひどいってもんじゃないぜ? マルコはボッコボコにやられるしナマエは親子喧嘩始めるし親父はそれ見て笑ってるしでよ」
あん時は当人達の気が収まるまで誰も止めに入れなかったもんだ。
悪魔の実の能力者であり、その能力をよく知っているエースとしてはボッコボコにされたマルコというのが想像できずにいた。一体相手はどんなやつだったのか。しかし当人に聞こうにも話してくれるはずもない。
「結局ナマエの意思が固いことを知って満足したのか海軍は帰ったんだけどな」
ちらりと未だに昼寝続行中のナマエを見ると、ハルタがなにやら近寄っていき声をかけているが全く起きる気配がないのか諦めてどこかへ行ってしまった。
「海軍にいても海賊になってもあんま変わってないんだな」
「ところでエース」
「ん? なんだ?」
気づけばいつもの冷静さを取り戻したマルコがモップを持ったままのエースに声をかける。
「掃除は終わったのかい?」
「……あ」
忘れていた! と声に出さずとも表情に浮かべたエースは慌ててその場を去り持ち場へと戻っていった。その後ろ姿から今度は「夕飯までには終わらせろよー」と呑気に声を上げたサッチへと目を向ける。
「おまえもだよいサッチ。なんだこの感想文みてぇな報告書は」
「よく書けてるだろ?」
「書き直せ」
巫山戯るサッチに報告書を押し付けてマルコは寝ている自分の部下の元へと足を進めた。相変わらず幸せそうに眠るナマエに気が抜ける。
「おいナマエ。起きろよい」
呆れながらもその声音が優しいことにきっとマルコは気付いていない。
「ん……なんですか隊長ぉせっかくいい夢見てたのに」
マルコの声にだけはやけに反応が良くて、すぐに目覚めるナマエにもきっと気付いていない。そんな二人から目を離したサッチは後ろ髪を掻いた。
「口説き落としたって、強ち間違っちゃいねぇよな」
そして報告書を書き直すために自室へと向かったのであった。