雨の日は古傷が痛む。思い通りに動かない右脚を引きずりながら雨の中を杖をついてゆっくりと歩いていく。傘は差していない。両手が塞がるのを防ぐためだ。雨水を吸ったコートは重く、歩みをより遅くさせるが構わなかった。きっと肩にハトを乗せた男が傘をさして目の前に現れるはずだから。
「駅で待っていてくださいといつも言っているでしょう ポッポー」
──ほら来た。
傘が傾けられて雨にうたれる感触がなくなる。ぽつぽつと籠った音が俯いたままの僕を包み込んだ。職場である駅から自宅までの帰り道、いつも同じところを通るわけではないのにこの男は必ず杖をついた冴えない僕を見つけだす。初めて会った時もこうして雨が降っていて、濡れた地面に足を取られたところを助けてもらったのが始まりだった。
「迎えなんて必要ないと、いつも言っているだろう」
見上げれば何を考えているのか解らない程に感情のない表情がこちらに向けられている。
この男が、できるだけ会うことを避けている兄弟子のカンパニーで働いているということには出会ってすぐに気がついた。関わりたくはなかったのに、なぜか彼は雨の日には必ず僕の元へやってくる。
「危なっかしくて放っておけないんですよ」
「僕としては放っておいて欲しいのだけれどね」
痛む足に顔を顰めながら歩き出せば濡れないようにと傘を傾けてついてくる気配に内心溜息を吐く。出会ってから数年経ってもこの男の考えていることはよく解らなかった。
自宅に着く頃には彼の体も雨で濡れてしまっていた。これで濡れていなければすぐにでも追い返しているのに、それをさせてくれない。玄関を上がりいつもの場所に杖を置いてから濡れた靴を脱ぎ捨てる。壁に手を付きながら洗面所へと向かい乾いたタオルを羽織った。そして一呼吸置いてから玄関で立ったままの男と連れのハットリのために二枚のタオルを掴み取った。
「風邪、引かれると困るから」
手渡したタオルが受け取られるのを確認してリビングに向かう。濡れたコートをハンガーにかけてタオルで体の水気をとり、ソファへと腰を落ち着かせた。雨で冷えた筋肉がより古傷の痛みを強める。じわじわと身体に沁みるような痛み。湿ったズボンの上から右膝を撫でていると視界に男の足元が入った。
無言のまま目の前に立つ男を見上げればその肩にハットリは居らず、見渡せばダイニングテーブルの上で大人しくタオルに包まれている。きっと誰もがその姿を愛らしいと思うのだろう。そして彼を、誰もが頼れる男と思うのだろう。
「濡れた体でベッドには行きたくないよ」
彼が何をしようとしているのか。何を望んでいるのか。今ではハットリを介さずとも察することができた。普段はあんなにも考えを読めないというのに、こういう時だけは嫌というほど理解ってしまえる。
いつが最初だったろうか。この不毛な関係が始まったのは。
徐に抱き上げられて向かったのは寝室だ。話を聞いていなかったのかと思えばちゃんと聞いていたようで、一度床に降ろされたのち濡れていない下着以外の衣服を脱がされタオルを被せられた。肌寒さにタオルを握りしめてベッドへと乗り上げて座ると、縁に腰かけた彼に右脚を掴まれ傷跡の残る箇所を中心に優しい手つきで撫でられる。