今日も雨だ。駅から曇り空を見上げる。勤務時間はとっくに終わっていて、次のシフトに入っている職員との引継ぎも恙なく済ませてある。あとはただ家に帰るだけだ。それなのに傷痕の残る右脚は濡れた道を進もうとはしなかった。じんわりとした痛みを感じながら雨の音に耳を傾ける。
何かを待っている、と濁してみたが答えはすでに解っていた。湿った空気が漂えば必ず現れるのだから。目を閉じて、耳を澄ませて、足音が聞こえないかと探ってみるが鼓膜を震わせるのは雨音だけ。そういえば足音を聞いたことがなかったなと思い出す。無口であるが暴れる海賊を抑え込むことができるガレーラカンパニーでも一、二を争うほどの腕を持つ男。なのに、彼はとても静かだ。
ゆっくりと目を開けると傘を差す一人の男が目の前に立っていた。その表情は険しく、どこか不満を匂わせている。一方で肩に乗せているハトはホッとした様子だ。その対比があまりにも珍しく、あまりにもおかしなものだから声を漏らして小さく笑った。
「僕が大人しく駅で待っていたのが、そんなに気に食わない?」
いつも駅で待つように言うのは君なのにね。
長い時間を持て余した。まるで動物のように匂いを嗅ぎ分けて街の中を歩く一人の人間を見つけるのに、今日は随分と時間がかかっていたように思う。探したのだろうか。細い道を。階段の続く坂を。人気の少ない路地裏を。杖をついて雨に濡れる哀れな男を探し回ったのだろうか。そうなのだとしたら、少し、気分がいい。
「君を待つのも、たまになら悪くないのかもしれないな」
眉間の皺をより深くする男を見上げて、痛みを孕んだ右脚を一歩屋根の無い外へと踏み出す。傾けられた傘には何も言わず杖をつきながらゆっくりと歩みを進めた。どうして彼がこんなにも献身的なのか、その理由を探ることはしない。生産性のない行為を受けたあの日から、求められているものが優しいものではないと知ってしまったから。直接肌に触れ、呼吸を共にしたからこそ解ってしまった。だから都合がよかった。
不意に立ち止まると隣を歩く男も足を止める。無駄に背の高い男の肩口に視線を向ければしっとりと濡れていた。
「今日は少し肌寒いな……お茶でも飲んでいくといい」
そう言って再び歩き出せばぽつりと顔に雨水が落ちてくる。反射的に顔を上げればその視界はすぐに傘で覆われた。この時、男──ロブ・ルッチがどんな表情をしていたのか、振り返って確認することはしなかった。