※微裏要素あり
波の音が好きだ。コバルトブルーの色が好きだ。海が、好きだ。
西の海にある島で、ナマエは父と母の三人で暮らしていた。悪魔の実を口にしたのは3歳くらいの時だったか。どこか遠くの海から流れてきたのであろう、波に流されてきた箱を手に取って中を見るとそこには不思議な果実。海が大好きなナマエは、その日を境に海から嫌われる者となってしまった。
「おーい、ナマエー!!」
島の岬から眺めている海をスケッチブックへと描いていると元気な声で呼ばれ振り返る。そこには楽器を手に持った少年がこちらへと走り寄って来た。
「今日の海はどんな感じだ?」
「うーん、穏やかで心が落ち着いてるって感じかな」
少年はナマエの隣に座りスケッチブックを覗き込む。鉛筆とクレヨンで描かれた海は本物のようで、波の音が聞こえてきそうだ。
「ほんと、ナマエは海が好きだな!」
「うん! ヨーキも好きでしょ、海」
「あぁ! いつか音楽が好きな奴をたくさん集めて航海するんだ! その時はナマエ、一緒に来てくれるよな?」
「え、でも、僕は楽器できないし、絵を描くことしかできないよ」
不安そうに言うナマエに少年──ヨーキは笑顔を向ける。
「おれが教えてやるよ! ほら、このオカリナ、ナマエにあげる」
「それ、ヨーキが初めて買って貰った楽器じゃ…」
「いいんだよ! おれはこれからもっとたくさんの楽器を扱うんだ。だからこれはナマエが使ってくれ」
オカリナを差し出し優しげな眼を向けてくるヨーキにゆっくりとオカリナを受け取った。そして音の出し方や指の押さえ方などを教えてくれ、吹くことに夢中になっているといつの間にか海はオレンジ色に染まりはじめていた。ナマエは慌ててクレヨンを取って海の表情が変わらないうちにスケッチブックに描いていく。
「ねぇヨーキ。海の表情がまた変わったよ。今度は眠そうだ」
「ナマエはほんとすごいな。おれには全然分かんないよ」
「毎日見てれば分かるよ」
それから暫くしてスケッチをし終えたナマエはクレヨンをしまって立ち上がる。
「帰ろう、ヨーキ!」
「おう!」
同じくヨーキも立ち上がり帰ろうと海へ背を向けた時、強い風が吹き付けた。岬ではさして珍しい風ではない。しかし、その風のせいでナマエの持っていたスケッチブックが飛ばされ海へと落ちていってしまった。
「あっ!! 僕のスケッチがっ!!」
「──ナマエ!!」
それを追いかけるように走り出したナマエはそのまま海へと飛び込んだ。悪魔の実の能力者だと言う事を忘れて。
──冷たい。苦しい。息が出来ない。
力が抜けていく。
──スケッチブックは? ここは海の中?
薄れていく意識の中で眼を開いたナマエが見たものは、夕日に輝く海中だった。
──綺麗……やっぱり僕は、海が好きだな。
沈んでいく体とともに閉じられる眼。意識がなくなったナマエの体を何かが押し上げたように感じた。
ナマエが崖から落ちた。ヨーキは焦りながら崖下を覗くが水しぶきしか見えず、慌ててナマエの住んでいる家へと向かい彼の母親を捜した。
「大変だー!!!」
家のドアを開けながら大きな声を出すヨーキにキッチンのほうからエプロン姿の女性が顔を覗かせる。
「あら? どうしたの、ヨーキ」
「大変だよおばさん!! ナマエが、ナマエが!!」
「ヨーキ、落ち着いて。ナマエがどうしたの?」
ここまで走ってきたのか荒い呼吸を繰り返すその肩に手を置き落ち着かせるように微笑みかけたが、ヨーキの次の言葉にその表情はみるみるうちに困惑に変わっていった。
「ナマエが崖から落ちたんだ!!」
母親が慌てて家を出て行くと仕事から帰ってきた夫の姿が見えた。妻の取り乱した様子に気付いた夫は小走りで彼女に近付く。
「どうしたんだ?」
「あなたっ!! ナマエが崖から落ちたって…っ」
「なんだって!? あいつは泳げないのにっ」
急いで海岸へ行くと波打ち際にはナマエが倒れており、その手には飛ばされたスケッチブックがしっかりと抱えられていた。父親に抱えられて家へと帰ってきたナマエのベッドで寝ている姿を泣きそうな顔でヨーキは見つめる。眼を開けない彼に、死んでしまったのではないかと不安になるのだ。
「大丈夫よ。気を失っているだけだから、すぐに目を覚ますわよ」
「う゛ん゛」
「さ、今日はもう遅いから帰りなさい」
ヨーキはナマエを見つめながら頷き、後ろ髪を引かれる思いで彼の家を後にした。
翌日、彼の家へと訪れるがそこにナマエはいなかった。となると他に彼が行く場所と行ったら岬しかない。岬近くにあるナマエの家の裏手に回り少し歩くと彼の後ろ姿が見え、近づいて行くと両目を手で押さえているようだった。
「ナマエ?」
「っ!! ヨ、ヨーキ?」
振り返っても手を退けないナマエに首を傾げる。
「どうした?」
「……僕の眼、おかしくなっちゃった」
「え?どういうこと?」
ヨーキはそっと手を掴み目元から退けてやるがナマエはぎゅっと眼を瞑っていて瞳が見えない。自分にも見せられないほど、ひどいのか?
「ナマエ、眼を開けて」
首を横に振って「いやっ…」と小さな声を漏らすナマエの肩を安心させるように抱く。
「大丈夫だから、な?」
「……僕のこと、嫌いにならない?」
「なんで嫌いにならなくちゃいけないんだよ」
そう言ってやればおずおずと瞼を上げて見えたナマエの瞳にヨーキは驚き、眼を見開いた。零れてしまいそうなほど涙を溜めた眼は、瞳は、鮮やかな色に変わっていたのだ。
「海……?」
毎日のように眺めていた広い海と同じその色に、ヨーキは思わずそう呟いた。
いつものように海を眺める。手にするスケッチブックには幼い日の思い出が描かれていた。
大半の船員が寝静まった頃、ヨーキは夜風に当たろうと船室の扉を開け、どうせ見張り番しか起きていないだろうと思って甲板を歩く。甲板後方へ歩いて行くと見慣れた後姿があり、ヨーキは「また絵を描いてるのか」と苦笑し近づいていった。
「まだ寝ないのか、ナマエ」
「ん? あぁ、うん。そろそろ寝ようかな」
「まーた海描いてたのか?」
ナマエの隣に立ってスケッチブックを覗くと彼の持っていたスケッチブックは古いもので、とても懐かしさがあった。
「描いてたわけじゃないんだ。ちょっと昔のこと思い出してて」
「昔?」
「僕が海に落ちて、こんな眼になった時のこと」
「ナマエ。何度も言うようだが"こんな眼"なんて言うな」
お前の好きな海の色じゃねェか、とナマエの白い髪を撫でながら言う。元々ナマエの瞳は黒色だったがあの日以来コバルトブルーの瞳に変わってしまい、さらにもう一つ、変化があった。
「また泣いてんのか? ほんとにお前は泣き虫だなぁ」
「うっさい……」
ゴーグル越しでもナマエが泣いているのだと分かるのはヨーキくらいだろう。コバルトブルーの瞳を隠すゴーグルを外すと、頬には涙が伝った。その涙をヨーキは舐めとる。
「しょっぱいな……」
「分かっててなんで舐めるんだっお前は」
もう一つの変化。それは、涙が海水になってしまったことだ。どうしてそうなってしまったのかはまだ分かっていない。
「おれは好きだ……お前の眼」
「……眼、だけかよ」
頬を染め、涙を溜めた眼をヨーキから外すと彼は肩を震わせた。
「はははっ。悪い悪い、言い方がいけなかったな」
ナマエの濡れた頬に手を添え、視線を合わせる。身長は大して変わらないが、若干ナマエのほうが低いため少しだけ上目になってしまう。
「おれは、その瞳ごとお前のことが好きだ」
「っ……恥ずかしい奴」
「素直におれの好意を受け取っておけ」
そう言って口付けるとナマエは答えるように逞しい体に腕を回す。甲板に落ちたスケッチブックは海風に吹かれページがめくられていき、幼き日に故郷の島から二人で見たあの日の海が色鮮やかに描かれていた。
──いつもの岬でヨーキは僕に手を差し出して言った。
『ナマエ、おれと一緒に海に出よう』
戸惑う僕に続けて言う。
『一生、死ぬまでおれの傍にいろ』
拒否権のないそのセリフに苦笑しながら、僕はその手をとった──
思わず小さく笑ってしまったナマエに、ヨーキは眉を寄せる。今している行為は笑っていられるようなものでもない。
「なに考えてんだ? こっちに集中しろって」
「んッ……思い出して、たんだっ……ヨーキが僕を海に、連れ出してくれた時のことを」
そう言ってまた小さく笑うナマエに首を傾げた。
「おれ、笑えるようなこと言ったか?」
「いや、嬉しかったから」
「そうか」
嬉しそうに笑みを浮かべるナマエにヨーキも笑ってキスを落とし、ゆっくりと腰を振る。船長室にあるベッドがギシギシと鳴る音に、甘い声と水音が混じり部屋を包む。
「ッア……んん、ぁ……」
「……ナマエ」
上から涙で頬を濡らしたナマエを見下ろして、腰を早める。この行為はもう何度目になるだろうか。幼馴染だったナマエをいつの間にか恋愛対象で見ていて、そんな俺の想いを受け入れてくれて、同じ気持ちを抱いてくれた。初めて抱いたのは仲間にゴーグルを無理矢理外され、その瞳を見られ泣いていた夜だった。仲間にナマエのゴーグルについて話していなかった俺が悪かったんだ。ナマエはこの眼をひどく嫌っていた。いや、海と同じ色だからすごく気に入っている。俺よりも誰よりも一番好きなはずだ。眼を、誰かに見られるのをひどく嫌っている。
その夜俺は、ナマエを慰めながら優しく抱いた。
「ヨー、キ……?」
「ん? どうした?」
名を呼ばれ目を開ければ、コバルトブルーの濡れた瞳がこちらを見ていた。ちょっと睨んでいるようにも見える。
「集中しろって、言ったのはヨーキだろ? なに考えて、たんだよ」
「拗ねんなよ。ナマエのこと考えてたんだから」
「っ……ほんと、恥ずかしい奴」
「愛されてるんだ。素直に喜べ」
会話はそれで終わり、二人は行為に没頭していった。朝になりブルックのバイオリンの音色で起きたナマエは、腰の痛みに眉を寄せ隣で眠るヨーキの頭を叩いたのは本人には内緒だ。