高校3年の夏。
蒸し暑い教室で額にうっすら汗を浮かべた幼馴染の嬉しそうな笑顔を思い出す。
あの時交わした会話は今でもはっきりと覚えている。
なんせ今の自分があるのは、彼が最後の一押しをしてくれたからだ。
「進路指導どうだった?」
「とくに問題なかった」
「さっすが優等生だねー」
机に頬杖をついて羨望の眼差しを向けてくる幼馴染に、隣の席に座りながら「おまえはどうだった?」と尋ねる。
「んーまぁまぁ? 希望の大学に行けるか行けないかは俺のやる気次第、だって」
「おまえなぁ……」
ヘラヘラと笑う男に呆れた目を向けて溜め息を吐く。
「裕也の夢は警察官になって犯罪者を捕まえることだっけ?」
「そうだ。子供じみた、夢だよな……」
「えーいいじゃん。おまえ真面目だし向いてるよ」
絶対にバカにしているだろ、と思ったがふざけた表情を引っ込めてじっと僕を見つめている。
こいつ、たまにこういうところがあるんだよな。
「むしろ正義感の強い裕也が警察にならないなんてありえないよ」
「そ、そうか?」
「おまえなら絶対、なれるよ」
「……なんか悔しいけど自信はついた。ありがとう」
「どーいたしまして」
またヘラヘラした顔に戻る。
いつもちゃんとしていればいいのに、どうしてこんなにもだらしないのか。
「そっかー警察かー……じゃあ、俺が罪を犯したら裕也が追いかけてきてくれるんだね」
「バカなこと言ってるなよ」
「えー俺はいつも真面目だよ」
「尚更悪いだろ」
ふざけたことばかり言う幼馴染に呆れすぎて思わず笑ってしまった。
そうだ。
僕の思い出にこびり付いている笑顔は。
おまえが、自分が罪を犯したらと言った時に浮かべた笑顔だ。
「冗談じゃなかったのか」
「言ったろ? 俺はいつも真面目だって」
あの時と同じように顔を向かい合わせる。
ただ違うのは二人の間には透明な壁があることだ。
僕がここに入れた。
目の前にいる幼馴染の両手に手錠をかけたのは間違い無く自分だ。
「でもよく分かったね」
「おまえの仲間の”元”公安警察が全部喋ってくれたよ」
「あぁ彼か……とてもいい仕事をしてくれた」
目を細めて嬉しそうに笑う男は本当に僕の知っている幼馴染なのだろうか。
「じゃあ彼は死んだのか」
心臓が冷え切ったような感覚に陥った。
なぜ、知っている?
「な、にを言ってるんだ。重要参考人を、殺すわけないだろ」
「裕也こそなに言ってるの? なんで警察が殺さなきゃいけないんだよ」
真っ直ぐ向けられる瞳から目を反らせない。
心臓がバクバク言っている。僕は今、ちゃんと息できているか?
「舌を噛み切った? 息を止めて苦しんだ? 喉を掻き毟った?」
知らない。
僕は知らない。
誰だ、こいつは。
「あぁ分かった。ペンを心臓に突き刺したんだ」
「っなぜ……知ってるんだ」
「ははっ、簡単なことだよ、裕也」
まるで小さい子供に諭すような表情をする男に、冷や汗が頬を伝う。
「そうするように彼を教育したのは、俺だからね」
「っ」
「可哀想に……痛かっただろうな」
なぜそんな顔ができるんだ。
なんでそんな悲しそうな顔ができるんだ。
「でも仕方ないよね」
「仕方、ない?」
「うん。彼の死は、必要な犠牲だった」
「なにを、言って……」
痛いほど跳ねる心臓を押さえるようにスーツを握る。
怖い。
「俺の夢はね、裕也」
幼馴染を怖いと思ったのは、初めてだ。
「警察官になったおまえに、逮捕されることなんだ」
嬉しそうな笑顔を向けられる。
誰だよ、おまえは。
「夢を叶えたおまえのおかげで、俺の夢も叶った」
透明な窓に傷ひとつない綺麗な手が触れる。
「なぁ裕也」
やめてくれ。
やめてくれよ。
そんな顔を俺に向けるんじゃない。
「俺はいつ死刑になるんだ?」
あぁ…なんだか吐きそうだ。