「いいことバーボン。これから会う男とは目を合わせちゃだめよ」
助手席で煙草の煙を吐きながらそんなことを口にするベルモットに溜め息を一つ。
急に呼ばれたと思えば「貴方も一緒に来てちょうだい」と半ば強引に車に乗せられ、目的地だけを教えられた。
「いい加減教えてくれませんか」
「そうね。貴方にもそろそろ知っていてもらわなきゃ組織としても困るわ」
想定していたよりも重要なことのようで、無意識にハンドルを握りなおす。
「その男は、組織がこの日本で活動するのになくてはならない存在」
短くなった煙草を灰皿に捨て、新しい煙草を咥えるベルモットは夜の街並みが流れる窓の外を眺めた。
「ボスと直接取引を許されたのはその男、ただ一人」
「……そんな男がいたなんて、知りませんでした」
「当然よ。彼は優秀だわ」
情報操作、隠蔽、人心収攬、なにをとっても完璧にこなしてしまうのだから知らなくて当たり前。
そんなことを言われてしまっては探り屋としての名が廃る。
「それは楽しみですね。早く会いたいものです」
うまくいけばボスの情報を手に入れることができるのであれば、その男とは今回限りなんてことにならないよう慎重に行動しなければならない。
いや、うまくいけばなんて楽観視してはだめだ。うまくやれなければならない。
「初めまして」
冷静に、慎重に、行動しなくてはいけない。
「君がバーボンか。彼女から話は聞いていたよ」
ひどく優しげに微笑む男を、僕は知っている。
「大丈夫か? 顔色が悪いみたいだけど」
「っ、いえ……緊張しているだけです」
この男が、僕の正体を知っていることも、僕は知っている。
「例の件だけど、準備できてるかしら」
「問題ない。すぐに行動を起こせるよ」
「さすがね」
一度捕まえた時、何度も調べた。
何度も何度も調べた。出生から現在までを調べ尽くしたのに。
「日本で手に負えないことがあればこの男を頼りなさい」
大抵のことならなんでもやってくれるわ、なんて簡単に言わないでほしい。
どれだけ調べても組織との繋がりを見つけ出せなかった愚かな自分が、この男を頼れるはずがない。
「バーボン?」
優しげな暖かい目。
「バーボンっ」
けど僕は、その目がひどく冷たく、まるで蟻を見るような眼差しで僕を見るのを知っている。
いや違う。
「落ち着けベルモット。彼は今、俺と話をしているんだ」
風見以外のすべての人間を、彼はそんな目で見ているんだ。
「そうだろ? バーボン」
特別なのは風見だけ。
それ以外はどうでもいい。風見とその他大勢だ。
その大勢の中に”僕”はいる。
「貴方は……何者ですか」
いけない。これ以上口を開いてはいけない。
「それは、君もよく知っているんじゃないかな」
ここにはベルモットがいる。
冷静になれ。こいつの目を見るな。
「さぁ知りませんね……初めて、会ったものですから」
その目は一体なにを考えている?だめだ見るな。
僕を見るんじゃない!暴いてくれるな!やめろ!
「そうだったな……うん、そうだな。初めましてだ。俺がそう言ったね」
スッと逸らされた視線に強張っていた体から力が抜ける。
「あまりいじめないでちょうだい。使い物にならなくなったら困るのよ」
「ごめんよベルモット。知り合いに似ていたからつい、ね」
「あら。貴方のそういう話、聞いたことがないから興味あるわ」
「大した話じゃないよ」
愛おしそうにその目が細められた姿を見て、誰がこの男をテロリストだと思う?
「大好きなお巡りさんの周りをうろちょろと飛んでいる虫の中に、似ている顔があったのを思い出したのさ」
そのまま僕を見つめてくる視線と合わせないように、男の口元を見る。
もう一度あの目を見たら終わりだ。
「でも彼はこの国を愛しているから、君とは大違いだね。バーボン」
この男に対する恐怖が分かった。
命を握られている恐怖だ。
「これからよろしく、バーボン」
「……こちらこそ。よろしくお願いします」
あぁ…僕は今、この男に生かされている。
今の貴方には任せられない、と強引に助手席へ押し込められた。
「言ったでしょう? あの男の目を見てはだめって」
「すみません」
「いいわ。貴方は正気を保てたようだし、合格ね」
彼女の言葉から、組織の中に彼のせいで狂った奴がいたことを悟る。
僕が知っていることで彼の知らないことはないだろう。
「でも、貴方一人であの男に合わせるのはまだ不安だわ」
「もう平気ですよ」
彼が知っていることで僕の知らないことはどれくらいあるだろうか。
「次はもっと、うまく対処しますから」
僕はどうするべきだ?
彼を逮捕すべき?それとも──