ようやく会えるんだ。
ようやく会いに来てくれるんだ。
待っていた。
ずっと待っていたよ。
この日が来るのをどれほど待っていたか、お前は知らないだろう?
あぁ、幸せだ。
俺はなんて幸せ者なんだ。
やっとお前の手で、お前の目の前で、俺はとうとうこの世とさよならできるのか。
俺のような人間は生まれてきてはいけなかった。生きていてはいけなかった。
俺の罪を肯定し、俺へ罰を与え、そして俺という存在をお前に刻み込む。
素晴らしいだろう?
あぁ、とても素晴らしいよ。
そう言っていた彼が、何事もなかったかのように帰ってきた。
「もう、帰ってこないのかと思ってた」
──計画の最終段階だ。もう君と会うこともないかもしれない。
数日前に聞かされた言葉だ。
だからいろいろと覚悟をしていたのに、心の準備をしていたのに、どうしてあなたは…。
「帰ってくるつもりはなかったよ。小さな探偵くんに邪魔をされてしまってね」
彼の行動には無駄がない。
急遽人員が欠落してもそれは全て彼の手の内で起こった些細な出来事に過ぎず、彼の行動の障害になることはない。
そんな彼を止めた”小さな探偵”とは一体何者なのだろうか。
何者だろうと構わない。
今目の前に彼がいる。それだけが事実だ。
「……よかった」
無意識に漏れたその言葉は決して口にしてはいけないものだった。
「よかった?」
心の奥底で眠っていた怒りや悲しみが、穏やかな仮面を破り彼本来の表情が現れる。
違う。
「なぜそんなことを言うんだ。俺は生きていてはいけないんだよ」
違うっ。
「死ななかったことをなぜ嘆かない?」
例えあなたが望んでいなくとも。
「俺は……俺はあなたに……っ」
ただ生きていてほしい。
それだけだ。
それだけでいいのに。
俺じゃダメなのか。
どうして?
あの人よりも傍にいるのに。
なんで?
「わかった」
やめろ。
「君はもういらない」
やめてくれっ。
覚悟なんてできてない。
俺はすでに彼の毒で犯されているのに。
「好きなところで自由に生きろ。必要なものは用意する」
心の準備なんて、できるわけない。
「俺に好意を持っているだろう? だから君なら俺を理解してくれると思っていた」
──期待外れだ。
彼が手駒と呼ぶ他の人より特別な扱いを受けていると自負していた。
でもそんなものはなかった。
勘違いだ。
独り善がりだ。
ただの幻想だ。
彼の中で特別なのはただ一人。
俺は彼の手駒にすらなれず、期待にも応えることができず、ただ静かに切り捨てられる。
「残念だけど君には俺の幸せを理解できない」
きっとそれは、誰にも理解されることはないのだろう。
誰にも理解されることなく彼は一人で生きていきそして死を迎えるんだ。
本当に解ってほしい相手にさえ、その感情は理解から遠く離れた場所にあって辿り着くことはできない。
「……ヒロ?」
翌日、彼と共に過ごした部屋を訪れてきたのは驚愕の表情を浮かべ震えた声で名を呼ぶ幼馴染だった。
あぁ…なんて残酷なことをするんだ。
あなたを探し出すことすら許されないなんて。
「久しぶり……ゼロ」
最初から、期待なんてしていなかったんだろう?
誰かに理解してもらおうなんて思ったことはない。
俺を理解できるのは俺だけで十分だ。
あの日、どれだけ俺が苦しんだか、それを知るのも自分だけ。
「待っていたよ、裕也」
ゆっくりと時間をかけて広げた情報の一つ一つをかき集め、ようやくここに辿り着いた愛しい幼馴染の姿に歓喜したい衝動を抑えた。
両手を緩やかに広げて死を受け入れる。
「しっかりと、ここを狙うんだ。できるだろ?」
覚悟を決めてここへ来たんだろう。
指が震えていては引き金を引けないよ。
「ダメだよ風見さん!」
銃口が確実に心臓を捉えたはずだった。
なぜ止めるんだ小さな探偵くん。
それは正義感か?
探偵が正義を語るなよ。
「おまえならできるよ」
「っ……」
さぁ早く俺を撃つんだ。
俺はずっと待っていたんだから。
この瞬間を、ずっと。
「風見さん!」
裕也と出会った時から、ずっと、ずっと、待っていた。
それを止める権利は誰にもない。
「その子が邪魔なのかな? なら、俺が消してあげよう」
片手を上げ合図すれば数個の赤い点が小さな探偵くんの体を這った。
裕也以外がここへ来る可能性を視野に入れていないわけないだろう?
おまえが正義を執行するその瞬間、俺にできるのは最高の舞台を用意することだ。
だから邪魔な人間はいらないよ。
「やめろ!」
なぜその子供を庇う。
いやいや違うだろう。
その子がいなければおまえは罪人を一人減らすことができるのに。
違う。そうじゃない。
そうだ。
「もう、やめてくれ……っ」
それでいい。
だっておまえは正義の味方だものな。
それが正解だ。
あぁ、だから俺はおまえに罰して欲しいんだ。
そんなおまえだから、俺は選んだ。
選択に間違いはなかった。
「裕也……俺はいつでも待ってるよ」
そうだ。
正しい道を進め。
「いつまでも、待っている」
その道を進んで、俺に辿り着け。
「正義のためにしなければいけないこと、おまえはちゃんと理解しているはずだ」
本当なら今日のこの瞬間におまえの正義は完成していたのにな。
残念だよ。
次に会う時はちゃんと最期の言葉を用意しておくから忘れずに俺のところに来るんだよ。
「覚悟ができたら、もう一度俺のところへおいで」
待ってるよ。
俺はずっと…おまえだけを待ってる。
だからちゃんとおいで。
こんなに苦しいのはもう嫌なんだよ、裕也。