佐鳥とクラスメート


 女の子が好きだ。それは昔から変わらない。

「佐鳥くんって嵐山さんと仲良いんだよね?」

 学校で積極的に声をかけてくれる女の子の大半は見事に嵐山さん目当ての子ばかりだ。まぁそれはしょうがない。嵐山さんはかっこいい。男のオレから見てもかっこいいのだから女の子が放っておくわけがない。オレは女の子と話せるし、女の子は嵐山さんの素晴らしい活躍話を聞けるから双方損はない。だけどやっぱり、ちょっと疲れる。
 広報としても活動する嵐山隊に所属する手前、メディアへの露出は避けられない。今はだいぶ落ち着いているが高校入学当時はクラスメートだけでなくいろいろな生徒に声をかけられた。その多くは興味本位で近づいてきた人ばかりで正直こっちの相手はかなり疲れる。もちろん我関せずな生徒もいて、その中の一人が苗字だった。
 最近、なにかと笹森がクラスメートの苗字に絡むようになった。

「苗字、ノートありがとう」
「あ、うん。見難くなかった?」
「全然! めっちゃ字綺麗で半崎たちも写してたくらい」
「ほんと? よかった」

 二人の間に何があったのかは分からないが今まで交流らしい交流なんてなかったはず。苗字は大人しい性格だけど別にクラスで浮いているわけじゃない。普通にクラスメートとも会話はするし、程よい距離感で接していると思う。ただ賑やかなグループには進んで近づこうとしないから、苗字とよく一緒にいる自分としては新鮮で珍しい光景でしかない。

「最近笹森とよく話すね」

 二三言葉を交わしてから自分の席に戻っていく笹森を目で追いながら、すでに中身が空になったパックジュースのストローを口から離した。オレと向かい合うように座る苗字はきょとんとしている。

「そうかな」
「その証拠にオレの貴重な苗字タイムが減ってます」
「なんだよそれ」

 人の机に項垂れるオレに苦笑した苗字は読みかけの本をパラパラとめくりだす。その姿を見上げて眺めていると視線に気づいた苗字と目が合って「どうした?」と言わんばかりに優しく微笑まれた。あぁ…癒される。もしかしたらオレは学校に癒されに来ているのかもしれない。苗字からはマイナスイオンが出ているんだ、きっと。

「あ、でも笹森と話してる時の苗字ってなんかこう……硬いよね」

 先ほどの二人のやりとりを思い返してみても今みたいな柔らかい表情を笹森へは向けていなかった。笹森は笹森でなんかテンションが高かった気がしないでもないが、それがより二人の温度差を出していたように思える。パタン、と本を閉じた苗字が眉を寄せて困った表情を浮かべた。え、なに、そんな深刻なの?

「よく分からないんだけどさ、笹森と話すのって緊張するんだ」
「緊張?」
「おかしいよな。クラスメートに緊張するってさ……」

 困った表情にはどこか戸惑いも混じっていて、苗字が抱いている言葉にできない感情がオレにはなんとなく分かった。昔好きだった女の子がクラスで一番かっこいい男の子を見つめていた時のような表情。ちょっといいなって思ってた女の子が嵐山さんのことを聞いてきた時のような表情。今の苗字はその女の子達と同じだ。

「あのさ苗字、それって笹森のことが──」

 ──好きってことなんじゃない?
 なんて言えるわけない。そりゃ仲の良い友人同士が仲良くなるのは嬉しいことでむしろ進んでサポートに入るが、どうしてかな、苗字はダメ。

「なに?」
「んーなんでもない。これからもっと話していけば緊張なんてしなくなるんじゃないかな」
「佐鳥はコミュニケーション能力が高いから簡単に言えるんだよ」

 きっとこのクラスで、この学校で、苗字の良さを一番によく知っているのは自分のはずで、一番近くにいるのも自分なのだ。だからどうしたって話ではあるんだけど、苗字の一番は自分でありたいと思っている。彼の特別でありたいと思ってしまっている。おかしいかな。

「佐鳥?」
「え、なに?」
「いやボーッとしてたから。大丈夫?」
「平気平気!」

 もし苗字が笹森を好きだったとして、オレは素直に笑顔を浮かべられる自信がない。
 昼休みが終わりそうな頃合い、東さんから貰ったあるものを思い出してカバンを漁った。シワにならないようにとカバンの内ポケットに入れておいたそれを取り出して読書中の苗字の机に置く。

「ところでここに映画のチケットが2枚あります」

 最初の頃は本の活字を追う苗字に声をかけることを躊躇っていたが、声をかけていいタイミングとそうでないタイミングを発見してからは遠慮なく話しかけている。苗字のことだから普通に話しかけても怒ることはないだろうけど反応は鈍い。つまりはあまり聞いてないってことなんだけどね。

「女の子でも誘うの? 頑張れ」
「いやいやどう考えても苗字を誘う流れじゃん!」

 まぁそうなりますよねってくらいに苗字はオレをよく分かっている。確かにオレは女の子が好きだけどさ! 少しくらい、本当1mmでいいから汲み取ってほしいな!

「そうなの?」
「ほら見て!」

 読みかけの本を閉じて首を傾げる苗字にチケットをずいっと差し出すと、そこに書かれた映画のタイトルに目を瞬かせた。この映画ならきっと観たいと言ってくれるはず。

「前にこれと同じタイトルの本読んでたから興味あるかなと思って」
「映画になってるなんて知らなかったなぁ」

 オレも東さんからチケットを譲ってもらうまでは知らなかった。たまたまラウンジで諏訪隊の人たちに声をかける東さんの横を通り過ぎただけだったが、見覚えのあるタイトルが目に入った瞬間もちろん飛びついたよね。あの時の東さんの顔若干引き気味だったなぁ。諏訪さんたちもオレが物凄く欲しがるものだからってこの映画に興味を持ち始めたけど絶対に譲るわけにはいかないと思い、東さんに深く頭を下げてからチケットを手にすぐその場から逃走したのはつい昨日のことだ。

「よければオレと一緒に観に行きませんか?」

 昨日の今日で行動に移すあたり余裕ないなぁと思う。いやでも行動力のある男って素敵じゃない? 素敵だと思うよ!

「なんで敬語なのさ」
「緊張してるから?」

 言ってしまえばこれはデートの誘いである。もちろん、そんなことは口に出さない。苗字とは学校以外で会ったことがないし、放課後を一緒に過ごすことも今までなかった。だからチャンスは逃せない。

「おかしな佐鳥。いいよ、一緒に行こうか」

 苦笑しながらもチケットを受け取ってくれた苗字に思わず天を仰ぎそうになるのを我慢して顔を俯かせる。

「やっっった!」

 ただし拳を握りしめるのはどうしても我慢できなかった。あと声も。

「そんなに喜ぶことかな」
「だって学校以外で苗字と会うなんて初めてだから」
「あー確かに」

 佐鳥忙しいもんな、と労わるように表情を和らげてくれる、ただそれだけで十分癒されます。苗字が笹森と仲良くなったら、この優しい笑顔もオレだけの特権じゃなくなるのかな。オレのほうが先に仲良くなったのにね。残念なことに恋って出会った順番じゃないんだよなぁ。ダメだ。気を抜くと良くない方向に考えてしまう。今は苗字と休日を過ごせることだけを素直に喜ばなければ。これも全て東さん! 貴方のおかげです!

「でもいいのかな。貴重な休日を俺なんかと過ごすなんて勿体なくないか」

 女の子じゃなくていいのと真剣な面持ちで聞いてくるもんだから困ったものだ。

「むしろご褒美?」
「今日の佐鳥なんか変。疲れてるんじゃない」

 大丈夫。今日の自分はちょっとおかしいってちゃんと解っている。落ち着け佐鳥賢。まだ苗字は恋を自覚していない。焦る必要はないんだ。苗字に心配を掛けるのはナンセンス。

「……そうかもしれない。神様! 多忙なオレを癒してください!」

 巫山戯て天に祈るようなポーズをとれば苗字は笑ってくれて、近くに座っていた女子グループからは冷ややかな視線を頂戴した。嬉しいことに我がクラスの女の子達はすでにオレへの扱いには慣れたものです。な、泣いてなんかないよ!

「ちょっと佐鳥に『頑張れ』って言ってあげて」
「サトリガンバレー」
「女子の声援がこの佐鳥賢に……! ありがとう!!」

 隣の席に座る女子生徒へ苗字がそう声をかければ、その子は面倒そうな表情を隠すことなく返してくれた。あ、優しい。でも違うんだよ苗字! いや嬉しいよ? 女の子に励まされて嬉しくないはずがない!
 言ってしまいたい。全部暴露してその笑顔を独り占めしたいと。だけどそれと同時にこの距離感がひどく愛おしくも思う。


 女の子が好きだ。それは昔から変わらない。

「ごめん佐鳥、遅れた」

 でも、出会ってしまったのだ。

「オレもさっき来たとこだよ。それに待つのもデートの醍醐味ですから」
「デートって。ほんと、佐鳥は面白いなぁ」

 たまたま入学式で隣同士になって声をかけたのが始まりだった。苗字はオレがボーダーの人間だと知らなかったらしく二人の会話には一度も”ボーダー”の言葉は出てこなくて、ちょっと不思議な気分になっていたことを今でも覚えている。だから苗字の傍は落ち着くし、居心地がいい。それはもう離れたくなくなるほどに。