半崎とクラスメート


 どちらかと言えば恋愛事には疎くないほうだと思う。自分のことにも、他人のことにも。小学生の頃、好きな子には別の好きな人がいることに気づいた時ショックを受けるよりも先に恋が冷めてしまった。その時に恋愛ってこういうものかと他人事のように思ったものだ。姉の持っていた少女漫画を暇つぶしに読んでいたからマセていたんだと思う。
 つまり何が言いたいのか。オレは友人である笹森日佐人がクラスメートに恋をしていることを知ってしまった。

「じゃあよろしくね、半崎」
「おー」

 相手というのがこの苗字名前である。
 今は体育の時間を使った体力テストの真っ最中で、太一のアンラッキーに巻き込まれるのを防ぐべく笹森に押し付けて自分はちょうど近くにいた苗字とペアを組んだ。通常ならさとけんとペアを組むはずだけど今日はお休みで苗字もどうしようか困っていたみたいだしちょうどいい。

「どの種目からやっていこうか」
「んー体力あるうちに走っとく?」
「そうしようか。俺が先に記録係やるよ」

 ゴール地点へ向かう苗字の後ろ姿を見送りに50m走のスタート地点へ歩く。正直体力テストなんてダルい。適当に走ってもいいがうちの体育教師は暑苦しい先生だからなにか言われるかもしれない。それもダルい。

「すごいな半崎、足速いんだ」
「苗字はかなり遅いね」

 結局ちゃんと走った。後から走った苗字はたかが50mだというのに結構息切れしていて次の測定に移る前にちょっと休憩中。

「俺はインドア派だからいいんだよ」

 苗字とは友達と言えるほど仲が良いわけではないが、ただのクラスメートと言うとちょっと違う。クラスメート以上友達未満というのが一番しっくりくる。教室の座席がわりと近いから授業でグループ作る時は大抵同じ班になるし、選択科目も同じでたまに一緒に移動したりするから結構話すほうだと思う。だから苗字が普通に良い奴ってことは知っている。でも、今まで絡みがなかった笹森がなんで苗字を好きになったのかは分からない。

「二人ともさっそくサボり?」
「半崎もう走った!? 何秒!? 勝負しよ!!」

 笹森たちも走り終わったのか座って駄弁っているオレ達のところへやってきた。記録を知りたがる太一にタイムが書かれたシートを見せるとどうやらそのタイムより遅かったらしく「もっかい走ってくる」と戻っていく。忙しない奴だなぁ。

「苗字はどうだった?」
「あー……俺のは見ないほうがいいと思う」
「いや見たほうがいい。驚くから」

 ちゃっかりオレと苗字の間に座った笹森にそう告げると「ちょっと半崎!」なんて焦った声が聞こえ、なんだか面白くて笑ってしまった。

「え、なになに? すごい気になる」

 興味津々といった笹森から記録シートを隠し、羞恥から頬を赤くしていても苗字は間違いなく男子生徒だ。顔が女の子っぽいだとか、仕草が女々しいだとかそんなことは全くない。

「わ……笑わないなら、見てもいい、けど」
「笑わないよ! 苗字をバカにするようなこと絶対しない!」
「っ、それなら、いいよ」

 すごい、ここだけラブコメの波動が強い。場違い感がハンパない。そもそもオレが笹森の恋について知ってしまったのは実にシンプルだ。ある日を境に笹森が事あるごとに構うようになったのがあまりにも不自然に見えて興味本位に目で追っていたら気付いてしまったんだ。あ、笹森は苗字のこと好きなんだって。

「そんな驚くほど遅いとは思わないけどなー。苗字は体動かすより本読むほうが好きなんでしょ?」
「まぁ、ね……笹森は走るの速そう」
「オレは普通かなー」

 男が男を好きになることもあるんだなーなんて漠然と受け入れたのは所詮他人事だからだろう。どうぞお好きに。巻き込まれるのは勘弁だからおまえの恋に気付いてるとか言わないでおく。あと笹森が知らないであろう秘密も教えない。オレは無関係だし人の恋路を邪魔する奴はなんとやら、だ。

「今日佐鳥いなくて寂しい?」
「んー……まぁちょっとだけね」
「そっか」

 なんかもう完全に二人の世界? みたいな。まぁいいんだけどさ。残念ながら今日学校に来ていないさとけんも、苗字をそういう風に見ているような気がする。

「あー!! 羨ましいっ!!」

 急に笹森が大きな声を出すもんだから両隣に座っているオレと苗字は揃って体を跳ねさせた。

「……びっくりしたんすけど」
「ご、ごめん半崎。苗字も驚かせてごめんな」
「平気。それより急にどうした?」

 危うく変な声が出そうになったし。だいたいなんだよ羨ましいって。そう嘆くくらいならさとけんの話題なんて出さなきゃいいのに。

「苗字って佐鳥と仲良いだろ? すっげー羨ましくてさー」
「え? 笹森だって佐鳥と仲良いんだよな? 同じボーダーだし」
「ん? あ、違う違う! 佐鳥が羨ましいなーって思ったんだよ」
「どうして?」
「あー……」

 恥ずかしそうに照れる笹森を不思議そうに見る苗字を眺めているオレは知らずのうちに溜息を吐いた。二人とも鈍い奴だと思う。一方でさとけんはこういうことに結構鋭いタイプだから気付いてるはず。今日いなくてよかったのか悪かったのか。

「オレ、苗字と仲良くなりたいんだ」
「え、俺と?」
「うん。一緒に遊びに行ったりさ……好きなものとか好きな食べ物とか、苗字のこともっと知りたい」

 後半は完全に告白では? きっと笹森にそんな自覚はないだろうし、苗字も深読みせずそのままの意味で受け取っていることだろう。

「俺と仲良くなっても、あまり面白くないと思うけど」
「そんなこと──」

 嬉しいような困ったような表情をする苗字に詰め寄りそうな勢いの友人をそろそろ止めたほうがいいかと思った矢先、遠くから笹森を呼ぶ太一の声が聞こえた。オレにとってはナイスタイミングだ。というか太一は50m走やりに行ったんじゃないのか?なんであいつ走り幅跳びの場所にいるんだよ。

「笹森ー! すっげー記録出したから早くー!」

 後ろで係りの奴が砂均してるから多分あれ記録消えたな。一応授業中だと思い出したのか慌てて立ち上がった笹森は足を一歩踏み出してから止まり、苗字を振り返った。

「苗字」
「な、なに?」
「佐鳥と同じくらい仲良くなれるようオレ頑張るから、よろしくな!」
「えっ」

 ニッと歯を見せて笑った笹森の言葉に困惑している苗字を置いて軽やかに走って行ってしまう。暫く固まっていた苗字が助けを求めるようにこちらを見てくるが、悪いけどオレにはどうすることもできない。苗字は至って普通の男子高校生だと思う。どこにでもいそうな、そんなタイプに見える。なのに異性ではなく同性である同級生から何故こうも好意を抱かれるのか不思議だ。

「オレらも次行くか」
「……うん」

 走り幅跳びは避けていこう。また笹森に絡まれたらさすがに苗字が可哀想になってくる。あいつも悪気があってやってるわけじゃないし、苗字も決して嫌がってるわけじゃないんだけどなぁ。

「笹森ってさーちょっと強引なところあるよな」

 なんて言うか不器用? なんだよ、二人とも。

「そんなこと、ないと思うけど」
「ちょっと引いてたくせに」

 正確には困ってたみたいだけど。別に二人の恋路の邪魔をしようだなんて思っちゃいないけど、気付いてしまったからには無視するのも友人として冷たすぎる。

「でもまぁ悪いやつじゃないから。仲良くしてやって?」

 互いに惹かれあっていることに気付かない二人が少女漫画のようなハッピーエンドを迎えるのは一体いつになることやら。とりあえず今後は巻き込まれるとダルそうだから遠くから応援しよう。