休日のデパートは家族連れが多く賑わっていた。
はしゃぐ子供の笑い声や楽しそうにショッピングをする人々の中で、なぜか名前は不貞腐れた表情を浮かべながら歩いていた。
その隣を歩く風見は困ったように乾いた笑いを漏らすばかりだ。
服を買いに行きたいと言ってここへ連れてきたのは風見で、名前の機嫌が少しばかり斜めになったのはデパートへ向かう間の車内での会話が原因だ。
しかし風見としては話さないわけにはいかなかった。彼に付き合ってもらわなければならない理由が明確にあったからである。
「とりあえずこの店でいいんじゃねーの」
ご機嫌斜めであっても風見からの頼みごとを放棄しない人の良さに甘えつつ、店へと入っていく名前の後を追う。
店内は落ち着いた雰囲気で彼のような若い子から自分のような年齢の客がいることから幅広い世代をターゲットにした店なのだと推測する。
「なんで俺が安室さんの為に使いっ走りにならなきゃいけねーんだよ」
文句を言いながらも物色し始めたのは服だ。それも降谷のための。名前が不機嫌になった原因はそこだった。
名前が選んだ店は男性向けのファッション店で、店内にあるマネキンのファッションは風見が要望した通り派手すぎず地味すぎない色使いとコーディネートだ。
安室透として過ごす上司のために私服を調達していた風見であったが、雑誌に載っていた流行りの服を買えば派手だと言われ、大人しめの服を買えば地味だと言われ困っていた。
そこで思い付いたのが恋人の存在である。
名前は普段からシンプルな服装を好んで着ているが決して地味なコーディネートではない。色の使い方がうまいのか派手にも見えない絶妙さがあった。
だから風見は助けを請う気持ちで「一緒に服を選んでほしい」と買い物に誘ったのだ。
もちろん風見の申し出を断る名前ではないため快く引き受けた。
「君はセンスがいいから頼りにしてるんだ」
「あんたにセンスがないことは今回のことでわかってよかったよ」
辛辣な物言いだが反論できないのが悲しいところである。名前はずっと安室透の私服に引き気味だったという。
はっきりと言えばダサいと思っていたそうだ。つまりそれは安室を通した風見に対しての評価だった。
「雑誌のモデルが格好良く着こなせてるもんを誰もが着こなせるわけじゃないんだよ」
「……ごもっとも」
なんだかんだ言いつつも服を広げながら安室に似合いそうな服を吟味する名前の言葉に思わず胸を押さえる。厳しいお言葉だ。
だが待ってほしい。風見にも言い分はある。あれは尊敬する降谷に見合うよう流行りのものを調べ、店員のおすすめも聞いて選んだ服。
確かに後々自分も着れるように、なんて下衆な考えはあったかもしれないがあの降谷が着こなせない服はないと思うだろう?
そう心の中で訴えるが決して口には出さない。名前に論破されてしまうのは分かりきっていることだからだ。
「これと、これ……あとこのジャケットなら大抵のもんにも合わせられるから便利」
手渡されるいくつかの品は一見すると地味にならないか心配になるが、名前の提案の通り重ね着をさせてみると見栄えが良くなった。
なるほどこうやって組み合わせていくのか、と感心している風見をよそに名前は店の奥へと進んで行く。
あまり買いすぎてはまた降谷に怒られる。
「これくらいで十分だ」
「そ? じゃあ次はあんたをコーディネートする番だな」
「え、僕を?」
それはとてもありがたいことだが少々気恥ずかしい。しかし安室用の服を選んでいる時よりもどこか楽しそうに物色する姿は年相応の男の子だ。
文句や不満なんてあるわけがない。
降谷のことを抜きにすればこれは至って普通のデートになるのだし、自分のために選んでくれるというのなら喜んで付き合おう。
もちろん風見への服は経費ではなく自腹になるのだが。
「これとか似合いそう」
名前がチョイスしたのはラフゲージカットソーだった。体に重ねられた深緑色のそれを見下ろした風見はラフ過ぎないかと目の前の恋人に視線を向けた。
ちなみに現在の風見の服装は無地のシャツの上に7分袖のテーラードジャケットを羽織りスキニーデニムを履いたすっきりとした装いだ。
「今の服も悪くないけど、普段スーツで堅苦しいんだからプライベートくらいゆったりした服着れば?ほら、似合ってるし」
「そ、そうか?」
あとはこのアウターを合わせれば綺麗にまとまるし、と言いながらハンガーにかかったアウターに先ほど選んだラフゲージカットソーを組み合わせて見せると風見は「なるほど」と思わず声を漏らした。
「な。悪くないだろ?」
「あぁ。しかし本当に僕に合うだろうか……」
「あんたなら似合うよ」
自信ありげな笑みを浮かべる名前に自然と風見の表情も柔らかくなる。
側から見れば似てない兄弟が、もしくは親戚同士が仲良く買い物をしている風景だが、二人の関係を少なからず知っている者からしたらその空間は少々甘いものだった。
「見せつけてくれるわね」
ここにはいないはずの声が聞こえて振り返ると呆れたように目をジトっとさせる哀が立っていた。
阿笠邸を出たときには探偵団の皆でゲームをしていたはずで、どこかに出掛けると言ったことは聞かされていない。
名前は視線を合わせるために膝を曲げる。
「なんでここに?」
「これよ」
そう言って哀は持っていたイベント用紙を手渡した。そこにはデパート内で行われているキッズ向けの宝探しゲームの詳細が書かれている。
おそらく情報源は光彦で、元太と歩美と一緒になって行きたいとごねた末に阿笠博士に連れてきてもらったのだろう。
でなければ哀が一人でこんなイベントに参加するはずがないと名前は確信していた。
「他の連中は?」
「心配しないで。皆バラけて探しているし、このフロアには私しかいないわ」
ひとまず厄介な子供達に絡まれることはなさそうだと安堵の息を吐いた名前は、突然の哀の登場にただ突っ立っているだけの風見に気付いて立ち上がる。
以前、東都水族館で起こった事件の際にお互いの顔は見ているだろうが実際に面と向かって合うのは初めてになるはずだ。
お互いに名前から相手の話は聞いているとはいえ、初対面で馴れ馴れしく会話をし出す二人ではない。
「阿笠博士の家で一緒に住んでる灰原哀だ。哀、こっちは警視庁の風見さん」
「あなたの恋人よね」
「えっ」
「そ、俺の彼氏な」
「え!?」
平然と遣り取りする名前と哀に対して風見は驚き焦るばかりだった。
普段は恋人同士であることをひけらかさない二人であるからその関係を知っているのは極僅かだ。風見の知る限りでは降谷のみである。
だと言うのに今目の前にいる灰原哀と名乗った小学生が二人の関係を知っていることに焦り、その上否定もせずに肯定した名前に驚かずにはいられない。
状況をうまく飲み込めずにいる風見は一旦冷静になろうと、今日の本来の目的である服を買うためにレジへと向かったのであった。
「あの人、私が知っているってこと知らなかったのね」
「言ってないからな」
哀について話していることといえば一緒に住んでいること、探偵団の子供達と一緒に事件に巻き込まれた時のことを少し漏らすだけ。
極端に言えば風見は灰原哀についてよく知らない。名前と哀がどういう関係性にあるかも知らないままだ。
名前が保護者役になって面倒をみてる子供達のうちの一人、くらいの認識だろう。
哀の正体を明かす訳にはいかないので当分はその認識でいてもらわなければ困る。
しかしあんなに驚くのであれば二人の関係を哀は知っている、ということだけでも事前に教えておいてもよかったかもしれない。
「見かけによらず可愛いとこあるだろ?」
「……はいはい」
だが想像していたよりも面白い反応が見れたので後悔はなく、惚けたようにそう言った名前に呆れた目線が送られた。
会計を終えた後、風見はフードコートのテーブル席に座っていた。その様子は少しばかり緊張しているのか背筋がピンとしている。
なぜこうも緊張しなければならないのか。その謎は対面に座る哀の存在にあった。
たかが子供相手に、と思いはするが彼女から感じるプレッシャーは小学生のそれではなかった。冷たく、人を寄せ付けないオーラは出会ったばかりの名前を思い出す。
以前とある事件で出会った江戸川コナンも小学生とは思えぬ頭脳と存在感に気圧されたが、彼の人柄故か今のように緊張はしなかった。
「……お、遅いな、名前のやつ」
「そうね」
この場に名前が居たのならある程度会話もあったかもしれないが生憎と彼は今飲み物を買いに行っており二人だけが残された状態だ。
何か話さなければと口を開く風見だがお互いをよく知らないため言葉は出てくることなく閉じられる。
好奇心旺盛な子供であれば助かったのだが残念ながら哀はただの子供ではない。
沈黙が続く中、どうしたものかと百面相をする風見を観察していた哀は確かにちょっとだけ可愛らしいかもしれないと声には出さず呟いた。
「一つ聞いてもいいかしら」
「──っ! ど、どうぞ」
早く戻ってこないかとフードコート内の店で買い物をする名前の後ろ姿に視線を向けていた風見は慌てて姿勢を正した。
「あなた、どこまで本気?」
その問いに、風見はすぐ答えることができなかった。こちらを見つめてくる哀の瞳が真剣なものだったからだ。
子供特有の純粋な問いではないと直感的に脳が判断した。
はぐらかそうとしてもきっと誤魔化しきれず、容易く見抜かれてしまうだろう。気休めな言葉なんて求められていない。
「もし……」
風見は肩の力を抜いて三人分のドリンクを持って戻って来る名前へ目を向けた。
「もし私が警察でなければ……彼を、命に代えても一番に守ると誓うだろう」
風見が出した答えは、叶えることのできない願いだった。
立場上一番優先して考えなければいけないのは日本の安全を保つこと。それはプライベートであっても関係ない。
例えば名前の命と国家の危機を天秤にかけた時、一瞬の躊躇いはあるだろうが後者を選び使命を全うするだろう。
それが風見の選んだ道だ。これから先も、この道を歩いていくと心に決めている。
「……」
返された答えを否定も肯定もせず静かに受け入れた哀には、自分と名前が似た存在であるという認識を持っている。
守って欲しいなんて頼んでいない。でも傍にいて欲しい。守られるならあなたに守られたい。そんな矛盾を抱いている者同士だ。
そしてそれを決して口に出すことはない。無理なお願いだと、ちゃんと理解しているから。
「お待たせ。哀はアイスティーでよかったか?」
「えぇ、ありがとう」
飲み物の入ったカップを渡し哀の隣に腰を下ろした名前は対面に座る風見にもカップを手渡した。
どことなく気まずい空気が漂う場であるが名前はそこに触れることはない。
察しのいい彼のことだから哀は自分がした質問も返された答えも伝える気はないのだ。
風見の言葉を聞いてその想いがどれほどのものか哀に理解できたのだから名前が分かっていないはずがない。
相手が警察であるなら尚のこと、覚悟を持って付き合っているのだろう。
それが分かっただけでも子供達に連れられてここへ来た甲斐があったというものだ。
あの後すぐに探偵バッジで歩美に呼ばれた哀は「この人のことよろしく」と風見に告げて去っていった。
目的の買い物はすでに終えている二人は急ぐこともなくそのままフードコートでまったりとしていたが、風見は先ほどの哀との遣り取りをすぐに忘れることはできなかった。
大人びた雰囲気に子供らしからぬ喋り方。馬鹿馬鹿しいがどうにもただの小学生とは思えない。
「あの子は、一体何者なんだ?」
つい最近も同じようなセリフを言った気がする。あの時は直接本人にだ。
名前は咥えていたストローを離して椅子に深く座り眉を寄せて困った表情を浮かべる風見を見返した。
「ただの小学生の女の子だよ。どこにでもいる普通の子だ」
彼は嘘をついている。本能的にそう感じた。
目を細め、優しげな声を出しているにも関わらず嘘だと思ってしまったのはなぜだろうか。
仕事柄仕方がないとはいえ風見もよく名前に本当のことが言えないときがある。むしろ言えないことのほうが多い。
だが名前はそれを当然のこととして受け止めている。
「でも、俺にとっては特別な子」
今度のは嘘じゃない。
名前に対して言えない事があるのと同じように、彼もまた風見に言えないことがあるのは当たり前だ。
知らずのうちに乾いた口を潤すためにストローを啜るが中身はとっくに空っぽだった。
「俺の飲んでいいよ」
「あぁ……ありがとう」
差し出された飲みかけのコーラは少し炭酸が抜けていたが程よく喉を刺激する。
今日の夕飯は何にする? と聞いてくる名前にいくつかリクエストを上げながらも風見の心には欲が渦巻いていた。
彼のことを知った気になっていたがそうじゃなかった。知らないことが多すぎる。
特別ってどういう意味の特別なんだ?
あの子が特別だから一緒に住んでいるのか?
肌身離さず持ち歩いているライターの本当の持ち主は誰なんだ?
君の中で生き続ける松田という人間は一体君にとってどういう存在なんだ?
自分のことでさえ全てを打ち明けることは叶わないというのに、彼の全てを知りたいと望むのは自分勝手でわがままなことだと理解している。
だから辛抱強く待つしかない。
名前の口から明かされるその日を黙って待つことしか、風見には許されない。
リクエスト内容:風見さんと夢主が買い物中に哀ちゃんと遭遇し風見さんを紹介する。
ハル様、リクエストありがとうございました。