大学時代の恩師は大層狸という生き物を好いていた。どれくらい好きかと言えば鍋の具にして食べてしまうほどらしく「なるほど、これもまた一つの愛なのか」と漠然と思ったことが懐かしい。しかしながら人に化け面白可笑しく生きている狸の友人を持つ身としては、食べてしまいたい程好きというのはなかなかに受け入れ難いものである。
幼少の頃、遊んでいた友達が実は狸であったという話は世にも珍しいことではないだろう。実のところ僕にもそういった経験がある。だからなのか大人になった今でも狸は人に化けるし、人は狸に化かされていると信じて疑わない。
「貴方は人間のくせに可笑しな人だなぁ」
「そうだろうか。僕は一般的に見ても普通の部類に入ると思うけど」
「いやいや謙遜はいけませんぜ。貴方は十分、可笑しな人です」
信じていればなんとやら、だ。僕にはこうして狸の友人ができたではないか。これは素晴らしいことだ。
「時に矢三郎くん」
「なんですか?」
「なぜ君は、弁天様を好きになったんだい?」
弁天様と呼ばれる彼女は僕と同じ人間である。同じであるから敬うことはないのだが人間であるにも関わらず天狗の力を使えるということは、やはり人間よりも偉いのだろう。それに恩師も友人も、多くの狸達も彼女を弁天様と呼ぶのだから僕が彼女をそう呼んだところで可笑しなことはない。
話を戻そう。弁天様は人間である。
「だって君は狸だろう」
「好いた相手が人間であってはダメですか?」
「僕はダメだと思うなぁ」
いくら矢三郎くんの化け力が優れたところで狸であることには変わらないし、いくら神通力を心得たところで弁天様が天狗になることはないのだ。
「じゃあなぜ貴方は玉瀾先生の兄貴を好きになったのですか。彼は狸で貴方は人間ですよ」
自分自身を過小評価しているわけでも過大評価しているわけでもない。僕は紛れもなく普通の人間である。ただ好きになってしまった相手が愛らしい毛玉というだけだ。そう、可笑しいところなんてどこにもない。
「好いた相手が狸であってはダメだろうか」
最初は狸というのは長生きするんだなぁと思ったものだ。それとも化ける力のある狸は他の狸に比べて長生きするものなんだろうか。
彼と再会したのは大人になってからだった。一目で彼だと分かったのは幼少の思い出が今でも深く記憶に刻まれているからなのか、それとも初恋の相手だったからなのか。面白いことに僕は彼を人間だと思い込んでいたし、彼も僕を狸だと思い込んでいた。あの頃は人間だとか狸だとか難しいことはどうでもよかったが、こうして大人になるとなるほど、かなり難しい問題だ。
「俺はダメだと思うなぁ」
「矢三郎くんには思いやりというものがないのかい?」
「なにをおっしゃいますか! 私ほど思いやりに溢れた狸は狸界をいくら探しても見つかりません」
「おや本当だ。どこにもいないね」
「貴方には思いやりというものがないのですか」
ベンチから立ち上がり大げさに言いのけた矢三郎くんは面白い狸である。
矢三郎くんが弁天様に惚れていることは誰の目から見ても明らかで、色恋沙汰に疎いと言われる僕でも気づいてしまうほどだった。僕の片想いはと言えば知っているのはこの阿呆な狸と井戸の底にいる蛙くらいだろう。
彼は阿呆であるが、思いやりのある可愛い狸である。
「さて、僕はそろそろ行くとするよ」
「将棋を指しに、ですか」
「あぁ」
「会いたいから会いに来たと一言言えば済むことでしょう」
「そうだろうか」
「そうですよ」
矢三郎くんはたまに確信を突くなぁ。
ここ京都には人間がいて、狸がいて、天狗がいる。人間に恋する狸がいるかと思えば天狗だって人間に恋をする。
「こんにちは、正二郎さん」
なら狸に恋をする人間がいたってなんら不思議ではないはずだ。
「貴方に、会いに来ました」
たまたま好きになった相手が狸であったにすぎないのだ。恩師や弁天様は「食べてしまいたい程好きなのだ」と言うがやはり僕には受け入れ難い。だがそれもまた一つの愛である。食べたいという欲はなく、ただ共に過ごしたいと想う気持ちだけが幼少の頃より続いているだけだ。
どうだろう。これもまた一つの愛なのではないか。
「矢三郎くんはすごいな。君の言う通り正二郎さんに『会いに来た』と伝えたらとても嬉しそうに笑っていた。彼のあんな表情は初めて見たよ。彼も照れたりするんだなぁ。これからは将棋を指しに行くという建前を抜きにして素直に会いに行くことにするよ。正直なところ、僕は将棋が苦手だからね。驚いたことに将棋が苦手だということを正二郎さんは気づいていたみたいなんだ。それをずっと黙っていてくれるなんていい狸だと思わないかい」
「惚気はもうたくさんです。これ以上語りたいというのなら何かお礼をください。私はそちらのほうが嬉しいです」
「それなら鍋でも食べに行こうか。最近寒くなってきたし」
「……たまには惚気話というのも悪くないですね」