selfish


※もし赤井と付き合っていたら
※組織が壊滅した後の話



「俺と一緒にアメリカで暮らさないか?」

 突然呼び出したかと思えばなにを言っているんだこの男は。

「英語喋れないから無理」
「ダウト。おまえはそこまで馬鹿じゃない」
「チッ 」

 この赤井という男と出会ってからこれまで、意図の判らないことを言われ何度頭を抱えたことだろう。
 自分自身もそういう傾向はあるが、この男は大概だ。
 目の前で優雅にタバコを吹かす男を理解しようなんて無理な話だ。俺は早々に諦めた。
 そもそも組織の件は解決したというのになんでこの男はまだ工藤の家にいるんだ。

「コーヒーが飲みたくなったな」
「勝手に飲めよ」
「俺が淹れるより、君がやったほうが断然旨いだろ?」

 素直に淹れてくれと頼んでくれればいいのに、遠回しな言い方が好きなようだ。俺は嫌いだね。
 じっと見つめてくる緑の瞳に耐えかねて、上質なソファから立ち上がる。
 何度も来ている工藤の家。
 キッチンのどこになにがあるかはある程度把握済みだ。

「だいたい、なんで俺がアメリカに行かなきゃいけねぇんだよ」

 勝手にコーヒー豆を消費していいものか少し悩んだが、後で工藤に言えば問題ないだろうと遠慮なく電動のコーヒーミルに入れていく。

「恋人を手元に置きたいと思うのは当然だと思うが?」
「俺は遠距離恋愛全然平気だし」

 一生会えなくなるわけでも連絡が一切取れなくなるわけでもないんだ。
 しかし赤井はそうではないらしい。
 隣に並んでシンクに背を向け寄りかかりながら、こちらに鋭い目を向けられる。

「俺が耐えられない」
「頑張って耐えろよ」

 棚からサーバーとドリッパーを取り出してドリップの準備を進めていると、別の棚から出されたペーパーフィルターを渡される。

「おまえは結構ドライだな」
「あまりべたべたするのは好きじゃないだけ」
「ホー……ベッドの上でも聞いてみたいセリフだな」

 思わず動きを止めた俺に笑い声を漏らす男を睨みつける。あまり効果はないようだ。
 変態オヤジとでも言ってやろうか。いや、やめておこう。後が怖い。
 コーヒーミルから挽いた豆をフィルターに移し、適温で保たれたお湯が入ってるポットを持つ。
 フィルターを濡らさないよう中心に向かって円を描くようにお湯を注ぐ。

「それに日本じゃ結婚できないからな……」

 危うく手からポットが落ちてしまいそうになり慌てて置いた。
 この男、今なんと言った?
 思わず目を瞬かせて隣に立つ赤井を見上げると、首を傾げるように見下ろしてくる。

「日本では同性婚が認められていないだろう?」
「ちょっと待てよ。は? 結婚? 話が早すぎる」
「しないのか?」
「なんでする前提なんだ、あんたは」

 さも当然のように言われて呆れてしまう。
 そうだ。こういうところがあるんだ、この男は。
 そもそも俺がなんで赤井と付き合ってるかと言えば、とくに告白なんてものはなく簡単に言ってしまえばその場のノリと流れだ。
 流れに身を任せた結果だ。
 行為の途中に「おまえ、俺が好きなんだろ」なんて疑問も持たずに言ってくるんだこいつは。

「俺はおまえを手放す気なんてない」

 腰に腕を回され引き寄せられる。
 やめろ、邪魔だ。コーヒー飲みたいんじゃなかったのか。
 動きにくくなった腕でフィルターにお湯を注いでいく。

「俺があんたから離れる可能性は?」
「ないな」

 即答かよ。すごい自信だな。
 コーヒー粉が膨らんだところで一旦注ぐのをやめポッドを置く。

「なんで?」
「俺が許さない」
「我が儘」

 フッと笑った赤井が米神に口付けてくる。

「おまえもな」

 耳元で囁かれ背中がぞわりとした。
 やられたままじゃ気が済まないので背伸びをしてキスをしてやれば驚いたように目を見開いている。

「邪魔だからあっち行ってて。コーヒー淹れたら持ってくから」

 ようやく離れてくれた温もりに心を落ち着かせるように息を吐く。
 ほんと、やっかいな男に惚れてしまった。
 再びポットからお湯を注いで、フィルターを通す水滴が落ちるのを眺めた。


 コーヒーを注いだマグカップを二つ持ち、片方をソファに座る赤井へ渡す。
 足が長いと座ってる姿までカッコよく見えるもんだな。
 一人用のソファに座ろうとすれば腕を引かれて隣に座れと目で訴えられる。
 仕方なく赤井の隣に腰を下せばさり気なく腰に手を回された。
 俺はあまりべたべたするのは好きじゃないが、さすが海外育ちなだけあって赤井はスキンシップが多い。

「彼女はもう誰にも狙われない。安全だ」

 コーヒーを一口飲んでからそう切り出された。

「ボウヤも元の姿に戻って高校生としての生活を取り戻した」

 あぁ回りくどい。
 選んだコーヒー豆をすっきりした味のものにして正解だったな。

「君が日本にいなければならない理由が他にあるか?」

 その話、まだ終わっていなかったのか。

「ないなら俺とアメリカに行っても問題ないだろう」

 どうやらこの男は、本気で俺をアメリカに連れて帰りたいらしい。
 コーヒーで口の中を潤してから口を開いた。

「問題があるとかないとか……そういう話じゃねーよ」
「違うのか?」

 溜め息を吐いて赤井の緑の瞳を見る。
 この目、少し苦手なんだよな。いろいろ見透かされそうで、いやだ。

「あんたが……俺に飽きる可能性は0じゃない」
「ふむ」
「アメリカに連れて行かれて、挙げ句の果てにアメリカで放り出されちゃたまらない」
「なるほどな。おまえの言い分は理解した」

 赤井はコーヒーを一口飲んでマグカップをテーブルに置いた。
 なぜか俺が持っていたマグカップまで奪われて同じくテーブルに置かれてしまう。
 なにかと思って動向を見ていれば手を握られる。なんだ?

「アメリカに行くぞ」
「俺の話聞いてた?」

 あまりに真剣な顔をするもんだからなにかと思えば、この男の考えてることはよく分からないな。

「結婚しよう」
「話を振り出しに戻すな」
「誓いを立てる」
「あんたの国じゃ、結婚した約半分はその誓いを破って離婚してる」
「否定できないな」
「ほら」

 いい加減に手を離してほしい。
 そう思って引いた手を強く握られ、眉の寄せられた顔が近づいてくる。

「俺がその半分に入ると?」
「50:50だな」
「ホー……」

 いつもの赤井の口調を真似て言えば目が細められる。
 そのまま握られた手の薬指にキスを落とされた。

「指輪を贈る」
「その辺の女と一緒にすんな。嬉しくともなんともねぇよ」
「なら家を買おう」
「買うのは勝手だけど俺はいらない」

 赤井は溜め息を吐いて考えを巡らせるように視線を逸らした。
 おい、溜め息吐きたいのは俺のほうだぞ。

「……家族を作ろう」

 ポツリと零された言葉に「いい加減しつこいぞ」と言おうとした声を飲み込んだ。

「……家族?」
「あぁ。養子をとって三人で暮らすんだ」
「……」
「いいだろう?」

 ”家族”という言葉に、俺は少し弱かった。
 失くしてしまった”家族”を心のどこかで求めていることに、この男は気づいていたのだろうか。
 やはりこいつの目は苦手だ。

「そのためにもアメリカに行って俺と結婚しよう」

 あぁ結局そこに落ち着くのか。
 そうだよな。赤井の年齢を考えれば、急ぎたくもなるよな。周りも既婚者多いだろうし。
 こいつ俺がまだ18だってこと忘れてるんじゃないか?

「……あーもう分かったよ。いや、結婚の話は置いといて。あんたが俺をアメリカに連れて行きたいのはよく分かった」
「! ……一緒に来る気になったか?」
「あんたのことだから、断っても連れていくんだろ」
「まぁそうなるな」
「なら聞くだけ無駄じゃねーか」
「おまえの気持ちを知るのは大事なことだ」

 ようやく手を離されたかと思えば肩を掴まれゆっくり体重をかけられる。

「おい、俺がアメリカ行くってことで話はまとまったろ?なんで押し倒すんだ」
「話がまとまったから次のフェーズに移行するだけだが?」

 おい誰かこの変態オヤジをどうにかしてくれ。もう俺の手には余る。

「え……名前さん、アメリカ行っちまうのか」
「工藤おかえり。邪魔してるぞ。あとこいつどかしてくれ」
「おぅ、ただいま」

 伸し掛かる男を帰宅した工藤にどかしてもらって一息。
 なんだか不貞腐れたような表情を浮かべる名探偵に自分の顔がニヤつくのが分かる。

「なんだよ、俺が行ったら寂しいとか言い出すんじゃねーだろうな」
「……わりぃーかよ」

 思った以上に工藤にも懐かれていたようだ。
 やっぱりアメリカ行くのやめっかな…。

「おいボウヤ。せっかく説得したんだ、俺の苦労を無駄にはしてくれるなよ」