look at me


※もし降谷と付き合っていたら


 ポアロのバイトが終わり、帰ろうとした名前を引き止め「ドライブでもどうですか?」と誘えば嫌そうな顔をされた。
 以前の自分ならここで断られると諦めて苦笑したものだが今は違う。
 彼のこの表情にも慣れたものだ。本当は嬉しそうな顔で誘いに乗って欲しいけれど欲張りはいけない。
 別にいいけど、と言う名前の手を引いて自慢の愛車へと乗り込む。

「どこ走るの」
「ベイブリッジ周辺を。今あそこライトアップしてるみたいですよ」

 夜景の綺麗なドライブコースは調査済みだ。

「あぁ……確かに、あそこは夜走るのが最高なんだよな」

 もちろん、彼が好きなツーリングスポットも把握している。
 だからそこを選んだのだ。
 今日は彼に断られるわけにはいかない大事な”お誘い”を準備しているから、機嫌を損ねるようなヘマはしてはならない。
 走り出した車内は静かで、名前は窓際に肘をついて頬杖にし流れる景色を眺めている。
 ここで安易に話しかけてはいけない。
 なにか会話があったほうがいいだろうと話かければ「ちょっとしつこい」と機嫌が悪くなるのは過去の失敗から学んでいる。
 そう、ここでヘマをしてはいけない。

「あ、赤い──」
「っ赤井!? どこだ!?」
「……」
「……すみません」

 呆れた目が自分を見ているのが伝わる。視線が痛い。

「条件反射みたいなもので…本当すみません」
「……いいよ、別に」
「怒って、ませんか?」
「怒るほどじゃないだろ」

 ちらりと顔を向ければ、さっと視線を逸らされまた外の景色に目を向けた。
 あぁ……失敗した。
 こうなればもう雰囲気もなにもあったもんじゃない。
 もう誘ってしまおう。

「今度、デートしませんか」
「え……やだけど」

 大丈夫。彼は必ず最初は断る。
 ここで落ち込んではいけない……落ち込んではいけない。

「僕たち付き合ってるんでしたよね?」
「あんたがそういう認識ならそうなんだろ」
「え、まさか全ては僕の妄想だったんですか…」

 やめてくれそういうの。ありえそうで怖い。
 確かに告白は自分からで、明確な返答はもらっ……たはずだ。
 なんたって告白したあの時に名前がキスを許可してくれたんだ。普通ならありえない。
 うん。やっぱりちゃんと付き合ってる。

「で、どこ行くの?」

 ぶっきらぼうだが行き先を聞いてくるあたりデートはOKのようだ。
 安心した。

「温泉なんてどうですか」
「デートで温泉……」
「ダメでした?」

 ちょうど赤信号で車が止まり、あまり気乗りのしない声音を出した名前を見る。
 口元を指で撫でながら言うかどうか迷っているみたいだ。
 なんですかそれ、キスして欲しいのか。僕はしたい。
 どこか憐れんでいるような視線を僕に向けて言葉を選ぶように口を開いた。

「いや……そういやあんたも三十路一歩手前だったなって思っただけ」
「さ、最近は若い子でも行きますよ! 温泉デート」

 まさか年齢に触れられるとは思っておらず焦ってしまう。
 こういう時、年の差を実感させられる。

「つーか日帰り温泉とか疲れとれんのかよ」
「もちろん泊まりです。旅館は予約しておきましたよ」
「……下心見え見えだな」
「そんな不埒なことは考えてませんよ」

 呆れた視線から逃げるように前を向き、タイミングよく信号が変わったのに合わせてアクセルを踏む。
 あわよくば、なんて思ってはいるが絶対に顔には出してはいけない。

「他人と風呂入るの苦手なんだけど」
「安心してください。露天風呂付きの部屋を予約したので」
「……あんま安心できねぇな」

 結局断られることなくデートのお誘いは成功した。
 だが綺麗な夜景に雰囲気も最高の状況を持ってしてもキスは許してくれなかったのが残念である。本当に!


 有名な温泉地なだけあって観光客が多い。
 二人は旅館に荷物を置いて温泉街を散策していた。
 降谷としては温泉にゆっくり浸かったあとに浴衣で歩きたかったが名前がそれを嫌がったのだ。

「なんであんたと付き合ってるのか分からない」
「それ本人の前で言います?」

 古き良き日本の街並みを歩きながらポツリと漏らした名前の声に眉を寄せて不満を露わにする。
 しかし付き合ってる自覚はあったのか、と嬉しい気持ちもあった。

「あんた俺より赤井秀一のほうが好きなんじゃないの」
「は? ありえない。なんであいつのこと好きにならなきゃいけないんだ」

 確かに今日も何度か『あかい』というワードに反応してしまったがそういう意味じゃない、と頭を抱えた。
 ──いや待てよ。これはもしかすると…。

「もしかして嫉妬ですか?」
「違うけど」

 あまりの即答っぷりに少しだけイラッとしたのは仕方がない。

「……」
「なに」
「なんでもありません」
「……怒ってんの?」
「怒ってません」

 目に見えて不機嫌な様子の降谷に溜め息をついて、スタスタと歩いていく腕を掴んで引き寄せる。
 降谷は唇に当たる柔らかい感触に思わず目を見開き固まってしまった。

「あんた、ほんとめんどくさいな」

 すぐに離れた唇を視線で追うと、ニヤリと口元を吊り上げられ笑われる。

「っ……もう一回お願いしますっ」
「やだ」
「もう一回だけ」
「有料」
「いくらですか? いくらでも払いますからさせてくださいっ」
「警官とは思えない発言……」

 周りの視線を集めていることに気づいた名前は足早に降谷から離れ旅館へと戻っていく。
 たった一度のキスで機嫌が直ってしまった自分に単純なやつだと口元が緩みそうになるのを我慢して、離れていく背中を追いかけた。


 夕食も終わりもう一度温泉でも入ろうと名前に声をかければあっさり頷かれたことに驚く。
 夕食前に誘った時はかなり嫌がっていたのにどういう心境の変化だろうか。嬉しいからいいけど。
 ここの温泉は乳白色のにごり湯だから彼の体をじっくりと見れないのが残念だ。

「なぁ……ずっと聞きたかったんだけど」

 体が温まってきた頃、頬を火照らせた名前が視線を寄越してくる。

「あんたが俺と付き合ってるのは安室透として?それとも降谷零として?」
「それは……どういう意味でしょうか」
「あんたは安室透として俺に接触して、こうして付き合ってるけど」

 予想もしていなかった問い掛けに目を瞬かせた降谷の頬にゆっくりと手を伸ばして触れた。

「時々、降谷零の顔になる」

 親指で頬を撫でて手が離れていく。
 名前は眉を寄せて顔を逸らすと、徐に立ち上がって温泉を出た。

「どっちつかずはやめてくれ」

 去っていく背中を見送ることもできず、降谷は額を押さえた。
 確かに自分は安室透として彼に告白して、傍にいる。
 だが安室透なんてまやかしで、本当の自分は降谷零だ。
 存在は偽物でも、気持ちは本物だ。

 温泉を出て部屋に戻ると名前は窓際の椅子に座ってぼんやりと外を見ていた。
 降谷は静かに傍に寄り、そっと暖かい頬に触れて顔を自分に向けさせる。

「降谷でいるときの僕は、怖い?」
「……”知らない”ってのは怖いもんだよ」

 今、意識して降谷の顔をしている自分を不安そうな目が見つめる。

「なら、知ってくれ。本当の僕を」

 安心させるように両頬を包み込み、指先で優しく撫でると目が細められた。
 あぁこのままキスしたい。抱きしめたい。
 こうして柔らかい唇を塞ぎたい。

「っん……」
「キス、しても?」
「もうしてる」

 誘うように薄く開いた唇を容赦なく塞ぐ。今度は深く、舌を絡めた。
 存分に味わってから唇を離せば、頬を紅潮させる姿に今すぐ手を出したい気持ちを膨れさせる。

「この先に進んだら、ダメかな?」
「ダメって言ったら?」
「……我慢する」
「あんたが?無理だよ」
「なぜ?」
「この手はなに?」

 名前にそう指摘され自分の手を見れば、浴衣の隙間から彼の素肌に触れていた。
 こんなにも自分は今余裕がないのか。呆れてしまうな。

「……はぁ……君の言う通り無理みたいだよ」

 椅子に座っている名前を抱き上げて布団の用意された部屋へ移動する。

「でも、名前君も期待していたんでしょう?」
「別に期待なんかしちゃいない。俺があんたをその気にさせるつもりだったから」
「っ……本当に君って子は」

 敷かれた布団の上にゆっくり下ろし覆いかぶさる。

「僕の心を乱せるのは君くらいだ」
「あと赤井秀一だろ」
「赤井の話はやめろ。萎える」

 これ以上自分以外の男の話をされては堪らないとその口を塞いで、浴衣の帯を緩めた。