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※警察学校時代同期


 講義室で萩原と談笑している松田を見つけて無意識に口元を緩めた。

「まーつーだーくーん」

 ドア付近から呼べば眉を寄せながらも席を立ち歩み寄ってきてくれる姿に少し笑ってしまう。
 それが気に障ったのかむすっと不貞腐れたような顔になる。

「気の抜ける呼び方すんなよ」
「ごめんごめん」
「それで?」

 ドアに寄りかかって自分より背の低い名前を首を傾げながら見下ろす。
 名前は持っていた本を松田にも見やすいように顔の近くまで持ち上げる。

「解体マニュアルで分からないところがあるんだけど」
「食堂のB定食」
「デザートもつけちゃうよ?」
「よし、どこだ?」

 松田との間で行われた流れるように成立する取引は今に始まったことじゃない。

「ここ。なんでこっちを先に解除しなきゃいけないの?」
「あーそこはなぁ」

 どちらが先に始めたかは覚えていないが、いつの間にか当たり前になっていたその遣り取りはもう見慣れてしまった。
 比較的にドアの近くに陣取っていた萩原はそんな二人を見ながら溜め息を吐きたくなる。
 まぁ主に松田に対して、だが。

「僕もあそこよく理解できなかったな……」
「やめとけよ降谷。今聞きに行ったら松田の機嫌が悪くなる」

 懇切丁寧に本を見ながら教える松田とそれを真剣に聞く名前の横を素通りしてきた降谷が隣の椅子に腰掛ける。
 その表情は呆れの色に染まっていた。

「分かってるさ。馬に蹴られたくはない」
「松田に聞かなくても俺に聞いてくれていいんだぜ?」
「……あいつはああ見えて真面目だからな」
「ちょっと降谷クン? 俺も真面目よ?」

 なぁ聞いてる? と隣からの声を無視して降谷はドア付近に立つ二人を見つめる。
 松田がああして人に教えるのは珍しいことじゃない。
 現に降谷も爆発物処理に関してはたまに訊ねるし、松田も答えてくれる。
 決定的に違っているのはあんなに優しく、丁寧に、分かりやすく伝えるのは苗字にだけなのだ。
 別にそれが不満なわけではない。
 ただ、分かりやすい男だな、と思っているだけだ。苗字も気づいている。

「あぁなるほど。じゃあここは−−こういうこと?」
「そうだ。なんだ分かってるじゃねーか」
「松田の教え方が上手いんだよ」

 逆に苗字は松田だけに偏らず、萩原や伊達など誰にでも訊ねるときは訊ねるし、教えるときは別け隔てなく丁寧に教えてくれる。
 違いがあるとすれば距離だ。それも物理的距離。
 松田と接する時だけ、近い。これは松田だけが気づいていない。この鈍感め。

「サンキュー松田。助かったよ」
「B定食な」
「デザート付きでね。明日でいいか?」
「おう」
「なんだ松田、また物乞いか?」

 暗黙の了解としては、あの二人が一緒の時はわざわざからかいに行ってはいけないってことだ。
 萩原が言ってたように松田の機嫌が頗る悪くなる。中学生男子か!
 ひょっこりと顔を出した伊達のふざけた言葉に思わず溜め息を吐けば隣からは「いいぞー伊達ー」と小さなエールが聞こえる。
 揃いも揃って中学生かよ。
 ジト目になり不機嫌を顕にした男に苦笑した伊達は名前に視線を移す。

「苗字、教官が呼んでたぞ」
「え、本当? 俺なにかやったかなぁ」
「講義中寝てたのがバレたんだろ」
「伊達じゃあるまいし、俺は寝たりしないよ」

 肩を竦めた名前は開いていた本を閉じ、松田に向き直る。

「じゃあな松田。また後で」
「ん」

 ムクれている松田に柔らかな笑みを残して講義室を出て行った。
 その背中をジッと見つめている不機嫌な男の肩に寄りかかった伊達は大げさに溜め息を吐く。

「お前、そろそろ飯じゃなくてキスの一つでも要求しろよ」
「うっせーぞエロ親父。つか邪魔すんなよ」
「おいおい俺のせいにするな。苗字が教官に呼ばれてるのは嘘じゃねーぞ」

 伊達のせいでどんどん機嫌が悪くなる松田から八つ当たりをされては堪らないと、降谷と萩原は静かに講義室を出て行くのであった。


 なんてことが今日あったんだ、と酒を片手に愚痴る幼馴染に苦笑する。
 どうりで寮に戻ったら松田が不機嫌だったわけだ。
 その原因ともなった伊達が教官にバレないように入手した酒を手に、苗字を連れて部屋に押しかけてきてからかれこれ数時間。

「なぁ……お前が、好きなんだけど」

 松田が完全に出来上がっていた。

「うん、知ってるよ」
「……まじ?」
「マジ」

 逃がさないとばかりに苗字の腰に手を回して、甘えるように肩に寄りかかる様は普段の彼からは想像できないだろう。
 俺たちはもう見慣れてしまった光景だが。

「じゃあ……俺のこと好きか?」
「んー教えてあげたいけど、素面のときにもう一度言ってくれたら、俺の気持ちを教えてあげる」

 一方の苗字はまったく酔った様子はない。
 むしろこの状況を楽しんでいる。

「絶対だな」
「俺、松田には嘘つかないよ」
「言うからな。絶対、言うから」
「うん、待ってる」

 側から見たらお前らなんで付き合ってないの?ってくらい甘い雰囲気を出す二人に思わず笑いが漏れる。
 寝落ちしそうになる松田の手からビール缶を取り、そのまま飲みかけのものを口にする苗字に隣に座って静かに見守っていた萩原がついに口を開いた。

「俺らがいるってこと忘れてねーか?」
「松田って酒入るとすぐ告白するよな。ほんと面白いわこいつ」
「面白がるなよ、伊達。見せつけられてるこっちの身にもなれ」

 零が呆れた表情で伊達を軽く拳で突いた。

「つーかこれで何回目だ?」

 面倒くさそうに頬杖をついた萩原に、俺は思い出しながら指を折っていく。

「あー……5回目?」
「今回も忘れるほうにビール1杯」
「俺も」
「僕も」
「んー……俺はちゃんと覚えてるに5杯」
「いい加減にしろよヒロ。また僕逹に奢るはめになるぞ」

 皆忘れるほうにしたら賭けにならないだろ?
 不満そうな零に苦笑いして、視線を苗字に戻す。
 眠ってしまった松田の頭を膝に乗せてやり、癖のある髪を指で弄りながら見下ろしている瞳は優しげに細められている。
 松田が惚れるのも分からなくもない。というか起きろ松田。起きて幸せを噛み締めろ。

「苗字が言っちまえば早ぇーのになんで言わないのよ」
「んー……俺さぁ、松田から『好き』って言われんのが好きなんだよね」
「付き合えばいくらでも言ってくれるだろ?」
「松田が言ってくれると思う?」
「……言わないな」
「だろー」

 萩原や零ににこやかに答える苗字に思わず口角が引きつった。
 マジかよ。松田に言われたいがために態と気持ちを伝えないのか……。
 なんていうか……、

「苗字って結構意地悪いよね」
「小悪魔系男子だな」
「見た目天使のくせして中身悪魔とかやべーな」
「小悪魔だから可愛いもんじゃね?」
「君ら言いたい放題すぎない?」

 少しだけ、ほんのちょっとだけ松田が可哀想だなと思いました。


 その日の松田はいつもと違った。
 なにか決意のようなものを秘めた瞳で目の前に立つ男の背中を見つめる。

「あのよ……」
「ん?」

 射撃の自主訓練をする名前がヘッドホンを外したところで声をかければ、振り返ったその柔らかい表情に不覚にも胸が高鳴る。
 恋を知ったばかりのガキかよ、と内心舌打ちした。
 銃を置いた名前の腕を掴んで引き寄せる。

「お前の気持ち……聞かせてくれねーか」

 驚きに瞬かせる目を覗き込むように見下ろす。

「好き、なんだ……だから教えてくれ」

 強請るようにそう言えば、名前は目を細めて口元を緩めた。

「いいよ、教えてあげる」

 仄かに染まる頬を撫でるように包み込む。
 そのままゆっくり顔を近づけ唇を重ねれば、松田の目が見開かれる。

「俺も、松田が好きだよ」

 ポカンと口を開けたまま固まる松田を笑ってやれば、ムッとして抱き寄せられた。

 そんな二人を射撃訓練場の入り口から覗く男逹がいた。

「よっしゃー! ビール5杯な!」
「まじかよ……」
「ついに……か」
「あ、一人5杯で」
「……15杯も飲む気か!?」
「ヒロなら余裕だろ」
「なんで降谷が得意気なんだよ」

 思わず声が大きくなってしまっていることにも気づかないでいると、少しだけ開いていたドアが勢い良く開かれる。

「てめぇら俺で賭けてやがったのか」

 鬼の形相で仁王立ちする松田に対して男達は乾いた笑いを漏らした。
 そして流れるように三人が萩原を指差す。

「萩原が」
「面白そうだから」
「賭けようって」
「ちょ、お前らだって乗り気だったろ! つか伊達! 言い出したのはお前だからな!」

 今にも飛びかかってきそうな松田から慌てて逃げるようにその場を走り去る。

「待てや萩原ぁ!」

 難を逃れたことに胸を撫で下ろす三人はいつの間にか後ろに立っている名前に気付き、肩を跳ねさせた。

「じゃあ残った皆には俺の射撃訓練に付き合ってもらおうかな」

 もしかしたら松田に追いかけられていた方がよかったかもしれない、と降谷は顔を引きつらせた。
 柔らかい笑みがなんだか怖い。

「俺よりスコアが低かった人は、1週間昼飯奢りってことで」
「はぁ!?」
「ちょっと待て苗字!」
「いくらなんでもそれは……っ」

 名前の射撃の腕を知る三人は背中に流れる冷や汗と、向けられる微笑みに口を閉じるしかなかった。

「俺、結構嫉妬深いからさ」

 誰だ小悪魔だから可愛いって言ったの。
 萩原だ。
 あーあいつか。
 三人がアイコンタクトをしていると、名前に態とらしく咳払いをされ慌てて目線を戻す。

「あまり松田で遊ばないでね?」

 まるで天使のように微笑まれたがその裏にある悪魔の存在に、頷く以外は許されなかった。