jealousy_後


 モニター越しに見る二人の遣り取りに風見は無意識に握りしめていた拳に気付き、気持ちを落ち着かせるように息を吐く。
 イヤホンから聞こえる声に耳を傾けながらモニターに視線を戻せば、先ほど名前が見つけた女性に声をかけたようだ。

「ねぇお姉さん。火貸してくれない? ライター忘れちゃって」

 煙草を咥えて女性の隣に座りそう声をかける姿があまりにも自然で、本当に場慣れしているんだなと確認させられる。
 声をかけられた女性は吸いかけの煙草を手に名前をじっと見つめた後、微笑んだ。

「あなたまだ未成年じゃないの?」
「ここじゃ誰も気にしねぇよ」
「イケナイ子ね」
「そういう子のほうが好みだろ?」

 降谷の視線でしかないカメラの映像では名前の表情までは見れないが、きっと挑発的な笑みを浮かべているであろうことは手に取るように分かった。
 ライターを借り煙草に火をつけて一息、名前はお礼を言ってそのライターを返す。
 ふとカメラ越しに女性と目が合う。いや、降谷に向けられたのか。

「そっちのお兄さん、こういうところは初めて?」
「え、えぇ。そうなんですよ」

 いつまでも立っている降谷の腕を引いて隣に座らせ、その端正な顔に煙草の煙を吹きかけた。
 予想もしていなかった名前の行動に、煙を吸い込んでしまい咳き込む。

「真面目すぎるから、息抜きにって連れてきたんだよ」
「そう。お兄さんは煙草吸わないのね」
「体にあまり良くないので」
「ふふっ……本当に真面目なのね。少しなら大丈夫よ」

 女性は懐から箱を取り出すと煙草を一本降谷に差し出した。
 ここで断ってしまうよりは受け取ったほうがいいだろうと、差し出された煙草を受け取る。
 てっきりライターを貸してくれるものだとばかり思っていたが女性はただただ微笑んで降谷を見るだけだ。

「あの、」
「シガーキスって知ってるかしら」

 降谷の声に被せるように言われた言葉に思わず目を瞬かせる。

「知ってますよ」

 瞳をじっと見つめ、身を乗りだそうとする降谷に女性は控えめな笑い声を上げた。
 我関せずと言ったように煙草を吸っている名前の眉が顰められる。
 なんとなく、言わんとしていることが分かったからだ。

「ごめんなさい。私、男の人に興味はないの」

 名前の予想は悪い意味で当たっていて、吸った煙を全部吐き出した。
 そして中途半端に腰を上げている降谷をちゃんと座らせ、顔を近づける。

「ほら」

 その行動の意図を理解した降谷は煙草を咥えて同じように顔を近づけた。
 煙草の火がゆっくりと燃え移る。
 伏せ目がちになった名前は、今降谷が見ているものだ。
 まるで、そう、まるで二人がキスをしていると錯覚するほど近い。
 ぐっと眉間に皺が寄るのも、痛いほど握り込まれている拳も、自覚はある。
 ──降谷さんダメです。それは、私のです。
 思わず出かかった声を押さえるように唇を固く閉じ、頭を振るう。

「風見さん、どうしました?」
「いや、なんでもない」

 これは任務だ。仕方がないことだ。
 そう自分に言い聞かせ、モニターに視線を戻す。
 短くなった煙草を灰皿に押し付け、名前はカウンターに頬杖をして女性に顔を向ける。

「お姉さんさ、煙草や酒以外にも息抜きする方法知ってるだろ。この人に教えてやってくれない?」
「……どうしてそう思うの?」

 女性の目が探るような鋭いものに変わる。

「俺も同じだから、かな」
「そうは見えないわね」
「そう? でもあんたからは香ってくるよ。香水で誤魔化してるのかもしれないけど、甘い、匂いが」

 鋭い目が一瞬泳いだ。
 それに気づいた名前はもう一押しとばかりに近付く。

「教えてよ。そろそろ、キレそうなんだ」

 その後、女性に案内された場所で件の男が麻薬の売買を行っている現場を押さえ、名前は解放された。
 男は降谷の手で拘束され、彼の部下に連行されていった。
 騒がしい店から一歩外に出れば静かな夜がそこにはあり、無意識に詰めていた息を吐き出す。

「それにしても驚いた。君、ドラッグやってたんですか?」

 後から出てきた降谷の言葉に不機嫌を隠さずに振り返る。

「やってるわけねぇだろ、ふざけんな」
「冗談ですよ。あの場の君があまりにも違和感がなかったもので、つい」

 眼鏡を外しながら笑う降谷は、待機していたワゴンから店まで来た風見に気付き背を向けた。

「風見、送ってやれ。後のことは僕逹でやっておく」
「分かりました」

 歩き出した風見の後ろを歩く。
 雰囲気がいつもと違うことに気付いた名前は声をかけるかどうか迷った。
 無言のまま、耳に入る音は二人の足音だけ。
 それがどうにも居心地が悪く、駐車場に着いて車のドアに手をかけた背中に声をかける。

「なぁ」

 振り向いた表情はいつもと変わらない、いや、ちょっと違う。

「煙草吸ったから怒ってるのか?」
「今更そんな理由で怒るわけないだろ」

 怒っていることには変わりないんじゃないか。
 しかし名前には理由が分からず、眉を寄せて目の前の男を見上げる。

「俺にだって、言ってくれねぇと分からないこともあるんだよ」

 固く口を閉ざしている風見に息を吐いて、視線を下げた。

「別に、言いたくねぇなら聞かねぇけど」

 目を伏せて風見の視線から逃げる。

「その、突き放すような雰囲気出すの、やめてくれ」

 ぴくりと風見の手が動いて、ゆっくり拳が握られていく。

「普段も……あんな感じなのか、君は」

 静かに、確かめるように語りかけられる。
 名前はゆっくりと視線を上げて、真っ直ぐに見つめてくる瞳を見返す。

「僕の知らないところで、君はあんな風に人と接するのか」
「あんな風って」
「降谷さんにしたみたいに、するのか」

 店の中であった出来事を思い出して名前は眉を寄せた。

「そんなわけないだろ。今回だけだ」
「本当か?」
「なに疑ってんの。だってあんたが頼んできたんだろ、協力してくれって」

 風見は思わず目の前に立っている名前の腕を掴んだ。

「僕が言えばなんでもするのか」

 腕を引いて車に押し付けるように肩を掴み詰め寄る。

「降谷さんとキスをしろと言えばするのかっ?」
「、……」

 掴まれた肩が鈍く痛んだが名前は視線を反らすことなく、焦りの色を見せる瞳を見つめた。
 黙ってただ見つめてくる様子に、急激に熱が下がっていく感覚が風見を襲った。
 自分は今、なにを口走ったんだ。
 力の込められた両手からそっと力を抜く。

「あんたは俺に、それを強要すんの?」

 投げかけられた問いに、眉を潜めて緩やかに首を振る。

「……するわけないだろ」

 名前は口元を少しだけ緩ませ、強張っている風見の頬に手をそえて指でそっと撫でた。

「俺がこうして触れるのも」

 少しだけ背伸びをして唇をそっと重ね、

「キスするのも」

 鍛えられた体に腕を回し、目の前の肩に頭を預けるように抱きしめる。

「セックスするのだって、あんたにしか許してない」

 まるで子供をあやすように広い背中を撫でる。

「俺はそんなに安いやつじゃねーよ。それじゃあ、満足できない?」

 肩を掴んでいた風見の手がゆっくりと背中へ移動して、そっと抱きしめられる。

「すまない。大人気なかった」
「あんたの新しい一面見れたからチャラにしてやる」

 じんわりと体に伝わる熱に目を細めて、顔を上げた。

「嫉妬するほど俺が好きなんだな、あんた」

 嬉しそうに目を細めて笑う名前に、堪らずその唇を塞いだ。
 何度も啄むようなキスを繰り返し、最後に下唇を舌で撫でてから離れる。

「今すぐ君を抱きたい」

 返事を待つのも惜しく、濡れた唇に噛み付いた。


 狭い車内に二人分の荒い息遣いと僅かな水音が響く。
 後部座席に乗り上げ、ドアに名前の上半身を押さえつけるように口付けを続ける。
 舌に感じる煙草の味も今ではもう慣れてしまった。

「んっ……は、……」

 服の上から名前の体をなぞり、ベルトの金具を外す。
 デニムのチャックを下ろし手を差し入れる。

「っぁ……んンっ……」

 まだ柔らかいそれを握り、ゆっくりと刺激を与えていく。
 唇を離し紅潮する頬にキスを落とし首筋を舌で撫でる。
 僅かに濡れて滑りが良くなったそれを下着から出し、顔を近づけた。

「ん……」
「アっ……ん、……」

 口に含んで舌で先端を刺激すれば腰を震わせて快感から逃げるように腰を引かれる。
 しかし狭い後部座席では逃げ場はなく、与えられる刺激にあまり大きな声を出さないように喘ぐしかない。
 自分の太ももの間に顔を埋めるその短い髪を撫でて、足に当たってズレた眼鏡を外してやり置き場のないことに気づいて自分にかけた。
 度の入ったレンズに思わず目を細める。

「あまり、そういうことしないでくれないか」

 硬くなってきたモノの裏筋を舌で舐めあげ、上体を起こす。

「似合ってるだろ?」

 自分の眼鏡をかけて挑発的な笑みを向けてくる名前の頬を包んで唇を塞ぐ。

「ここじゃ、満足にできないんだ…煽らないでほしいんだが」

 顔を離し、頬を撫でていた指を滑らせ濡れた唇を撫でる。
 そのまま人差し指を侵入させると、指の腹を舌で舐められて思わず唾を飲み込んだ。
 指を一本増やして舌に絡めるように動かす。

「ふ……っ……は、ぁ……」

 指の動きに合わせて水音を立てながら舌を絡ませてくる名前の表情が艶かしく、我慢できずに指を引き抜き自分の舌を絡めにいく。
 息をさせないほど深く口付けながら、デニムと下着を下げて名前の唾液で濡れた指で固く閉ざされた秘部を撫でる。
 いざ指を挿れようとした時、運転席に放置していた風見のジャケットから着信音が響いた。
 唇を離して名前を見つめれば、荒い息のまま視線で出ろと言われ慌ててジャケットを掴み取り鳴り止まない携帯を耳に当てる。

「風見です」
『おい風見』
「ふ、降谷さん!?」

 驚いて身を上げた拍子に頭を車の天井にぶつけてしまった。
 呻きながら後部座席に座りこめば名前が呆れた目を向ける。

『僕は送っていけ、と言ったはずだが?』
「す、すみませんっ。今すぐ送ります!」
『はぁ……今日はもう戻ってこなくていいからな』

 通話の切れた携帯を見つめ溜め息を吐く。

「なんだって?」
「……今日の仕事は終りだ」

 名前は手を伸ばしてすっかり興奮の冷めた風見の頬に触れた。

「家でなら、満足にできる?」

 熱を持った指先を掴んで、名前がかけている眼鏡を奪い取る。
 鮮明になった視界では名前の頬はまだ紅潮していて熱が冷めていないのが分かり、つられて自分の熱もぶり返しそうだ。

「あぁ」
「なら、さっさとあんたの家に送ってくれよ」

 熱い吐息に誘われてゆっくりとその唇を重ねた。