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 時々、口が寂しくなる。そう思うのは煙草を吸っていたという経験があるからだろう。年上の警察官が恋人になってからは喫煙の頻度はかなり減った。隠れて吸ってもなぜかバレてしまう。匂いが残らないようにと会う時には時間を空けているにも関わらず、だ。それって俺の匂いを覚えたからかと言えば顔を真っ赤にしてあたふたしていたのを思い出す。
 口寂しくなった時どうするか。飴やガムなんかはいつも持ち歩いているわけではないから解決策にはならない。という言い訳を用意しつつポケットに入れていた煙草の箱を取り出す。一本、火を着けずに口に咥える。こうしているだけでも案外落ち着くものだ。ベランダから見える景色は平穏な住宅街で、窓から暖かな光が漏れる家からは賑やかな子供の声が聞こえてくる。カチャ、と背後からドアを開ける軽い音が聞こえて振り返った。風呂上りの裕也さんがこちらを見て顔を顰めている。何か言いたそうだ。まぁ、言いたいことはもう解っているけど。再び視線を外へと移す。無灯火の自転車が走っているのが見え、事故んなよと心の中で呟く。
 ベランダの柵に両腕を乗せて寄りかかっている体に腕が回され後ろに引かれた。突然のことによろめいた体はしっかりと支えられ、口元にあった煙草が奪われる。振り向けばすぐ近くには眼鏡を外した裕也さんの顔があって、言葉を発する前に唇を塞がれた。風呂上りのせいか熱を持ちしっとりとした感触が唇から伝わる。そうして触れるだけのそれがゆっくりと離れていく。

「こうして欲しいなら、ただ言えばいいだろう」

 窘めるような物言いに眉を寄せる。それではまるで俺が甘えているみたいじゃないか。

「あんたなら解ってくれるだろ?」

 それに火を着けていないのだから吸っているうちに入らないよ、と付け足せば、それは詭弁だとばかりにもう一度唇を重ねられた。言葉をも飲み込むように深く、息を奪うように長い口付けにいつの間にか口寂しさはなくなっていた。
 ベランダに落ちていた一本の煙草を回収したのは翌朝になってからだった。