※少しだけ降谷→夢主風味
『護送中の容疑者が警官を一名人質にして逃走──繰り返す、護送中の──』
盗聴していた無線から聞こえた張り詰めた声に眉を寄せてインカムに手を伸ばした。
数コール後に繋がった電話の向こうも慌ただしい。
「風見、合流しろ」
要件だけ伝えすぐに通話を切り、エンジン音を響かせながら車を走らせた。
空を見上げれば木々の間から雲ひとつない快晴が見えて、顎を伝った汗を拭う。
このままぼうっと森林の中で心身ともに休みたい。
なんて年寄りくさいことを考えていた名前の腕が無慈悲にも子供の力で強く引かれた。
「ねぇ名前お兄さん早く行こう?」
「置いてっちまうぞ!」
「あ、元太くん先行かないでください。一人で行動しないって約束忘れたんですか?」
子供達に急かされ止めていた足を再び歩き出す。
今日は少年探偵団恒例のキャンプの日だ。とは言ってもまだキャンプ場には到着していないわけで、絶賛山登り中である。
「大人しく博士の用事が終わるの待っててもよかったんじゃねーの?」
いつもならキャンプ場まで阿笠博士の車で向かうのだが、生憎と博士の開発した発明品にトラブルが起こり今はその対応に追われている。
それを待ちきれない子供達が山頂にあるキャンプ場まで登っていくと言い張り、仕方なしに名前がその引率を引き受けたのだ。
ちょうどバイトもない休日だったので暇を持て余してはいたが、ちょっと山登り行ってくるという気分ではなかったのは事実。
「だって博士の家で待ってるよりお山登った方が楽しいもん!」
名前の手を引きながら嬉しそうに笑う歩美に、子供は元気だなとこっそり溜め息を吐いた。
ここにコナンや哀が居れば苦労は分散されたのだろうが、二人は博士の手伝いで後から合流することになっている。
子供達の好奇心を刺激する面倒なことが起きずに山頂に辿り着ければ万々歳だ。
だから一人で勝手に行動するな、と山に入る前に言い聞かせておいた。
「なんだーあれ」
「どうしました?」
だと言うのにさっそく面倒事を見つけてしまうのだから恐ろしいな。
元太が指差す方を見てみれば、山間部にある廃工場でとくにおかしなところはない。
「あれがどうかしたの?」
「さっき人が見えたんだよ」
「人が?おかしいですね。もう随分と使われていない山の中にある工場にいったい何の用があるのでしょうか」
なにやらまずい方向に話が進みそうな予感がして名前は舌打ちして、子供達から廃工場が見えないように前に立ち塞がり見下ろした。
「なにもおかしくねぇよ。さっさと登ってキャンプ場行くぞ」
「名前さんは気にならないんですか!?」
「ならん」
「あ、見て!」
歩美が何かに気付き声を上げたのにつられて後ろを振り返る。
よく見れば確かに人の姿があった。
しかもどこか動きが不審でかなり怪しく、それが余計に子供達の好奇心に火をつけたのだ。
「行ってみましょう!」
「ダメだ」
意気揚々と頷き合う探偵団をその場に留まらせるべく少しだけ低い声で静止をかける。
不満そうな目がいくつも見上げてくるがそれに怯む名前ではない。
「どうしても気になるってんなら江戸川達が来てからにしろ。今はダメだ」
「そんなー!」
「いいじゃねーかよぉ!」
「コナンくん達待ってたらあの人いなくなっちゃいますよ!」
なかなか諦めない子供達に眉を寄せ今度は大袈裟に溜め息をひとつ。
「江戸川に早く来るよう連絡してやるから少しの間だけ我慢しろ」
携帯を取り出して連絡を試みるも、どうやら圏外のようで繋がらない。
さっきまで歩いていた場所ではまだ電波が入っていたことを思い出し、もう一度子供達を見下ろす。
「電話してくるからここを動くんじゃねーぞ」
なんて言ってみたものの少年探偵団がじっと待つなんてことは今までの経験上稀だ。
さっさと電話してすぐに戻ってこようと名前は足早にその場から離れた。
携帯を見ながら電波の入るとこまで移動してすぐに電話をかけると、数コールですぐに繋がる。
『名前さんどうしたの?』
「そっちはまだかかりそうなのか」
『もうすぐ終わりそうだよ』
電話に出たコナンに子供達が待っている旨と、先ほど見た廃工場の怪しい人影についても伝えておいた。
『こっちが終わったらすぐに向かうよ』という頼もしい言葉をもらった名前が一安心したのも束の間、急いで子供達の元へ戻ってみるとそこには誰も居らず、思わず頭を抱えそうになる。
行き先は分かっているが念のため探偵バッジの信号を携帯のアプリで確認すれば、案の定廃工場に向かう3つの信号があり顔を顰めた。
なにも起こらないで欲しいと願いつつも、コナン同様事件に巻き込まれる確率の高い探偵団に嫌な予感がして思わず駆け出した。
廃工場の中を少年探偵団が何かから逃げるように走る。
元太が見つけた人影が気になり名前が電話をしに行った隙に三人で顔を見合わせ廃工場に向かったが、そこで見てしまったのは倒れた男と銃を手にした怪しい男。
殺人現場だと思った三人は声を上げるのを我慢したが、思わず後ずさってしまった時に踏んだ古い木材が大きな音を立てて割れ男に気づかれてしまった。
「きゃっ!!」
「歩美ちゃん!」
「歩美!!」
散乱した廃棄物に足を取られた歩美が転んでしまい足を止めた光彦と元太が振り返った先に見たのは、銃を片手に追いかけてくる男の姿だった。
「このクソガキどもっ! ちょこまかと逃げやがって!」
銃を構えて歩美を見下ろす男に光彦達は恐怖で足が竦んで動けない。
ニヤニヤと笑いながら銃口をゆっくりと自分のほうに向けられた歩美は大粒の涙が出る瞳を固く閉じて震える声で助けを呼んだ。
「助けてっ名前お兄さんっ!!」
「こんな山ん中で助けが来るわけ──」
男の言葉は最後まで続かなかった。
突然脇腹に衝撃が走り男がよろめくと、手首を掴まれ捻るように持ち上げられたその手から銃が落ちる。
音を響かせて落ちた銃はすぐに蹴り飛ばされ手の届かない場所まで滑っていった。
「物騒なモンをガキに向けんじゃねーよ。教育に悪い」
「てめっ、どっから……っ」
キツく閉じていた目を開いた歩美が聞こえた声に顔を綻ばせる。
「名前お兄さん!」
「早くあいつらのとこへ走れ」
「うんっ」
歩美が光彦達の元へ行くのを見届けていると風を切るような音が聞こえ、咄嗟に身を屈めた。
頭上を掠める男の腕を見送り、一歩下がって体勢を整える。
視界の隅では子供達が物陰に隠れるのが見えた。
名前は伸びてきた腕を去なして軸をズラし、空いた男の背中に膝蹴りを入れ体勢を崩す。
「あんたが何やったか知らねぇけど、ガキども見逃すってんならサツには黙っててやる」
まぁ嘘だけど。
でもできるだけ事は穏便にすませたい。
銃は手元から離したとはいえまだなにか持っているかもしれない男から子供達を早く逃がさなければいけないのだ。
「っ、舐めやがって!!」
突進するように走ってきた男を避けながら足を引っ掛け床に押し付けるようにその体を倒した。
片腕を背中に回し、体重をかけるようにその上へ乗っかると男が呻く。
「くそっ……」
「面倒だからさっさと見逃すって言えよ」
「──悪いけどそれは無理ね」
名前は男が逃げないように体重を掛けながら後ろを振り返った。
先ほど蹴り飛ばした銃を手にした見知らぬ女が子供達にその銃口を向けながらこちらを愉快そうに見ている。
思わず舌打ちをした名前はゆっくりと男から離れた。
「物分かりがよくて助かるわ」
「ガキに手ぇ出すな」
「それは貴方次第じゃないかしら」
「名前さん後ろ!!」
クスリと女が笑い、光彦の焦った声に後ろを振り向こうとした瞬間後頭部に衝撃を受けて膝をつくと、すぐさま腹部に蹴りを入れられ倒れこむ。
視界には先ほど抑えた男とは別の体格のいい男が映った。
──まだ仲間がいやがったのか……。
すぐに身を起こそうとするが肩を蹴られて仰向けにされ、そのまま腹に踵を落とされる。
「がっ……、……」
「暴れられたら厄介だから、人質に連れてきた警察と一緒に奥に閉じ込めておいてちょうだい」
女のその言葉を最後に頭を強く蹴られて意識が飛んだ。
コナン達がキャンプ場に着くとそこにはまだ探偵団の姿はなかった。
時間を考えればもう着いていてもおかしくはない。コナンは名前から受けた電話を思い出し、まさか……と顔を顰める。
追跡眼鏡で探偵バッジの反応を見れば予想は正しく、3つの反応は山の山間部に集中していた。
「俺は様子を見てくるから博士と灰原はここにいてくれ」
「一人で大丈夫か?」
「あぁ。もし子供達が来たら連絡してくれ」
念のためと持ってきていたスケボーで山を下りていき山間部を目指すと名前から聞いていた廃工場が視界に入る。
工場へと繋がる道の途中で止められている見慣れた車にスケボーの動力を緩めた。
「安室さん!? どうしてここへ?」
「コナンくんじゃないか。君こそどうしてこんなところに」
運転席から降りてきた安室とその後を続くように助手席から降りてきた風見の姿に心がざわついた。
嫌な予感がする。
「風見刑事が一緒にいるってことは、なにか事件なんだね」
「残念だけど、今回は君に協力してもらうほどのことでもないさ」
「そうはいかないよ」
コナンの鋭い視線に安室−−降谷は顔を引き締めた。
「探偵団の皆がこの先の廃工場で怪しい人を見たって」
「……やはりそうか」
降谷と風見が目を合わせて頷きあっているのを見て、頬を嫌な汗が流れる。
公安警察が追っている人物だ、まずいことになった。
あの中には子供達、そして名前がいることを早く伝えなければ。
「ねぇ──」
──っ!!
コナンの声を遮るように発砲音が鳴り響き、三人の表情が一気に張り詰めた。
最初に動き出したのはコナンだ。
「待て、コナンくん! 危険だ!!」
「子供達と名前さんが中に!!」
「なっ……なんだって!?」
身を隠しながら工場の中を覗くと奥から探偵団を連れた男がやってきた。
降谷は隣にいる風見にハンドサインで裏に周るように伝えそれに頷いて踵を返す部下を見送り、懐にある銃を確認する。
傍で身を屈めて中の様子を真剣に見るコナンに視線を移し、もう一度自分も工場内に目を向けた。
「それで、どうしますか?小さな探偵くん」
コナンは考えるように顎に手を添え、少し間を空けてから降谷を見上げた。
子供達の騒ぐ声で目が覚めた。
体が痛い。
「だめ! 名前お兄さんを撃たないで!」
「どけクソガキ! てめぇから撃っちまうぞ!!」
「歩美ちゃん!!」
考えるよりも体が先に動いていた。
自分の前に立つ歩美を庇うように銃を持つ男に背を向けて小さな体を抱きしめる。
耳を劈く発砲音が響き渡り、肩に痛みが走った。
「矢鱈と撃たないでよ。誰かに警察呼ばれたらどうするの」
「こいつには恥をかかされたんだよっ」
じわじわと熱くなる肩に息を吐く。
「だい、じょうぶ……?」
不安そうに見上げてくる歩美を安心させるように震える背中を撫でる。
問題ない、掠っただけだ。
「この子と子供達は離しておいたほうがよさそうね」
男から銃を奪った女が子供達を体格のいい男と一緒に部屋から出させた。
そして床に転がる警官の懐から手錠を取り出して、名前を睨みつける男へと投げ渡す。
女の意図を汲み取った男が近づいてきて、銃口を向けられ抵抗できない名前の両手を上げさせ間にパイプを挟めるように手錠をかけた。
「たっぷり可愛がってやるからな」
その言葉とともに顔を殴られる。
鈴蘭で喧嘩に明け暮れた日々を過ごしている名前にとって殴られるのは慣れたことだ。眉一つ動かさずその目は男を見続けた。
暫く男の鬱憤に付き合っていると、部屋の外が騒がしくなり怪しんだ女が出て行く。
──銃を持った女が出て行った。この男は丸腰だ。
腕を振りかぶった隙の多い男の顔面に向かって蹴りを入れてやれば簡単によろめき、今度は顎下をつま先で蹴り上げれば呆気なく卒倒した。
「好き勝手殴りやがって」
切れて血の出た唇を舐めてから息を吸う。
両手首を思いっきり下ろし手錠の鎖をパイプに打ち付ける。
何度か繰り返せば錆び付いたパイプは脆く外れて、ようやく腕を下ろすことができた。
男が気を失っているのを確認し、扉へ近づけば外側から勢いよく開いて歩美を腕に抱えた女が焦った様子で駆け込んできて名前とぶつかった。
「っ、貴方、なんでっ」
「……ガキに手ぇ出すなって」
銃を握った女の手首を強く握るだけでそれは床に落とされ、呻いて歪んだ女の顔を片手で掴む。
「言ってんだろっ」
そのまま鉄の扉に女の後頭部をぶつければ、女は気を失いずるずる倒れこんだ。
解放された歩美が泣きながら屈んだ名前の首元に抱きついた。
「怪我ないか?」
「う、うん……っごめんなさい、名前お兄さん」
「無事ならそれでいい」
慰めようにも両手が手錠で繋がれていて内心で溜め息を吐く。
「動くな! 警察だ!!」
そこに裏口らしきところから銃を構えた風見が姿を現して今度こそ溜め息を吐いた。
風見は見渡した惨状に目を瞬かせて名前と歩美に視線を向ける。
「もう終わったよ」
「……のようだな」
「歩美ちゃん! 大丈夫か!?」
「コナンくん!!」
どうやら部屋の外が騒がしかったのはコナンと降谷のおかげらしい。
子供達は全員無事だと伝えられた名前は安堵する。
男たちは護送中に逃げたした奴らだったようで、駆け付けた警察に連れて行かれた。
「それじゃあ、苗字くんは僕が病院へ連れて行きますから」
コナンの傍で降谷扮する安室からそう伝えられた子供達が、風見に手錠を外してもらっている名前の元に駆け寄る。
「あの、名前さん」
「どうした?」
子供達は目を合わせてから同時に「ごめんなさい」と頭を下げた。
充分に反省している様子に少し笑い、屈んで一人ずつ頭を撫でて顔を上げさせる。
「お前等が無事でよかったよ」
不安そうな顔が安心したように緩んだのを見届け、あとはコナンに任せキャンプ場へ向かう子供達を見送った。
子供達の姿が見えなくなった途端、ガクリと膝から力が抜けた名前を隣にいた風見が咄嗟に支える。
「無茶をし過ぎだ」
「ガキどもに格好悪いとこ見せらんねぇし」
「風見、早く車に乗せてやれ」
支えられながら車の後部座席に座るとなぜか隣に降谷が乗り込んだ。
運転席には風見が座り、車が走り出す。
明らかに不機嫌ですと顔に出ている降谷が名前を見つめる。
「……なに?」
「僕は怒ってます」
「なんで?」
「子供達は無傷なのにどうして君だけそんなにボロボロなんですか? いいです聞かなくても分かります。どうせ不必要な挑発でもしたんですよね。聞けば銃で撃たれたそうじゃないですか? 傷口を見せてください……掠めただけのようですね。今回はこの程度で済みましたけど、本当に撃たれたらどうするんですか。死にますよ?君は僕が嫌いかもしれませんけど、僕は君のこと嫌いじゃないんです。だから死なれたら困ります。子供達を守るという意思は素晴らしいです。実際に君のおかげで皆さん無事でしたからね。でも君が無事じゃなかったら意味ないでしょう? 今度からは僕達警察をもっと頼ってください!」
「あの、降谷さん」
「なんだ風見。今大事な話を──」
「苗字、寝てますよ」
話しに夢中になっていた降谷が改めて隣に座る名前を見れば目を閉じて寝入っていた。
思わず声を上げそうになったがそこをグッと堪えて息を吐き出した。
「続きは元気になってからだな」
「程々にしてやってくださいよ」
「お前も言ってやりたいことがあるだろう」
「言いたいこと、ほとんど降谷さんに言われてしまったので」
そんな二人の会話を聞きながら、目を閉じていただけの名前はこのまま狸寝入りを続けてしまおうと思いながら隣の降谷の肩に頭を預けた。
こんなに真剣に誰かに怒られたのはあの人がいなくなってからはなかったから、どう反応していいか分からない。
嬉しいのか悔しいのかいろんな感情が混ざって戸惑っているのを悟られたくなかったから寝たふりをしたのだ。
身体中痛いけど、なぜか心は暖かかった。