「君が吸う、煙草の味が好きじゃない」


 ずっと疑問に思っていた。
 年下の恋人はどうしてこんなにもキスが上手いのかと。
 自分にだってそれなりに経験があるのに気を抜けば押されてしまう程、彼はキスが上手い。

「気になる?」

 気にならないほうがおかしい。

「知りたいなら、もっとしよ」

 強請り方も上手い。
 本当に、どこで誰にそんなことを学んだのか。それは女か? それとも男?
 どうなふうに君に教えたのだろうか。こうして君を抱きしめながら?それとも、君が強請って教えを乞うたのか?

「なぁ……考え事してねぇでこっちに集中してくれよ」
「すまない。君のことを考えてたんだ」
「そんな言葉で俺が喜ぶとでも?」

 斜めになった機嫌を直すために今度は意識を目の前の恋人に集中した。
 深く口付け、呼吸を奪うように口内を犯していく。
 キスで彼を翻弄する、なんてことはなかなかに難しい。
 まるで思考を読まれているのかと錯覚を起こす程に、こちらの動きに合わせて舌を絡めてくる。
 一体、誰が君にそんなテクニックを教えたんだ。

「んっ……風見さんとのキス、気持ち良くて好き」
「、誰と比べてるんだ?」
「比べるほど他人としてねぇよ」

 嘘だ。だったらなぜそんなに上手い?
 思わず疑いの目を向けると困ったように苦笑され、頬を優しく撫でられた。
 誤魔化されないぞ。

「本当だからな。キスは誰にでも許してたわけじゃない」

 引っかかる言い方だ。まるでキス以外は許していたみたいに聞こえる。
 妙に色気のある誘い方も、慣れた仕草も、初々しさはどこにもない。
 どれほど経験した? 一体何人の男と寝た?

「なぜ……僕には許したんだ?」
「好きな奴としたいと思うのは当然だろ」
「はぐらかすな」

 たとえ不良でも馬鹿ではない勘の鋭い彼のことだ、こちらが聞きたいことがなんなのか気付いてるはずだ。
 頬に触れている名前の手を離して、逸らされた視線を戻すように彼の両頬を包んだ。

「あの頃は……忘れたくなかったんだ」
「なにを?」
「……煙草の味」

 名前が、なぜ煙草を吸うのかその理由はまだ知らない。
 ただ見栄を張りたいだけかと思われたそれは、彼が大事にしているライターを見たことで違うと気づいた。
 自分が触れてはいけない領域だと、悟ったのもその時だ。

「すまな──」

 咄嗟に出た謝罪の言葉は重ねられた唇で遮られた。

「俺がこうしてキスを許したのは同じ煙草を吸ってるやつだけ」

 触れるだけのキスが続く。

「それでも、気持ち悪いからあんましてない」

 彼の頬を包む手に重ねられた指先が熱い。

「あんたはね、特別なんだよ。風見さん」

 触れている頬も、少しだけ熱い。
 いや、自分の手が熱いのか?

「僕は……煙草を吸わない」
「知ってるよ」
「君が吸う、煙草の味が好きじゃない」
「それも知ってる」

 静かに、唇が重なった。
 ゆっくりと舌が差し込まれて舌同士が触れる。
 丹念に撫でるように絡められてから、糸が引くように唾液が繋がりながら離れていく。
 途中で切れた糸から視線を名前に戻す。

「忘れてしまうんじゃないのか」
「いいんだ、今は」

 一度伏せられた目が開き、真っ直ぐに見つめられた。

「今は、あんたが俺にとって特別な人なんだよ」

 見抜かれていたのだろうか。
 経験豊富な年下の恋人の余裕に、少し不安になっていたことを。

「だからそれを、あんたはもっと自覚してほしい」

 気づかれてしまうなんて、大人として恥ずかしい。

「情けないな……僕は」
「あんたは真面目すぎるんだよ」

 まぁ俺が不真面目ってとこもあるんだろうけど、と気まずげに視線を逸らす名前に苦笑する。
 少しばかり火照った頬を撫でてから、彼の後ろ髪を梳くように撫で付ける。

「ちゃんと自覚しよう。君が僕のだということを」
「そうでなくちゃ困る」

 顔を近づけて啄むようなキスを繰り返す。
 そこでふと、思い出す。なぜこんな話になったのかという原因を。

「結局、なぜ君はそんなにもキスが上手いんだ?」
「昔教えてもらったんだよ」

 やはり誰かに教え込まれたのか。
 無意識に寄っていた眉に名前が苦笑しながら頬を撫でてくる。

「あんたが想像してるようなことじゃねーよ」

 なら一体なんだと言うんだ。早く聞かせてくれ。

「飴を舌の上で転がしながら舐めるとキスが上手くなるって、ガキの頃に教えてもらった」
「……それだけか?」
「それだけ」

 つまり自分は深く考えすぎていただけってことなのか。
 そう思うと途端に体の力が抜けていくような気がして、名前の肩に頭を預ける。

「なぁ、風見さん」
「なんだ?」
「俺、キス以外もうまいよ。知りたくない?」
「っ……そっちは絶対に可愛い理由じゃないだろうっ」

 安心させられたかと思えばまたもや爆弾投下だ。絶対に面白がってやっているに違いない。
 確かめるために顔を上げればそれを狙ったかのように唇を塞がれる。
 本当に、飴を舐めただけでこんなにも上手くなるものなのか。

「俺のこと、もっと知りたいだろ?」

 あぁ、その妙に色気のある誘い方はやめてくれ。
 僕にはもう断る理由を探すのが困難なのだから。

「どこまで教えてくれるんだ」
「あんたが知りたいこと、全部」

 彼には振り回されっぱなしだ。身も心も全部。
 だけど、嫌じゃない。まったく大変な子に惚れてしまったものだ。
 僕も君に負けないように飴でも舐めてみるか。