cherish


※時間軸はクローズZEROの終盤。クローズ色濃いめ。


 捜査のため街中を駆け回っている途中でバイクに乗った名前を偶然見つけた。
 彼がプライベートで乗っているバイクに今日はバイトではないのだと分かる。
 いやそもそも今日は平日で普通ならば学校に行っているはずなのに何をやっているんだ?

「風見さん、暫くここで待機していろとのことです」
「分かった」

 指示があるまで待機ということで改めて名前へと視線を向ければ、彼は自分が居る所からすぐ近くの路肩にバイクを停め降りた。
 外したヘルメットを脇に抱えたまま近くにあった弁当屋へと入っていき数分ですぐに出てくる。
 時間で言えばお昼時ではあるがどうやら弁当を買いに来たわけではないようだ。
 停めたバイクに寄りかかりポケットに手を突っ込んだのを見てまた煙草か?と構えたがどうやら携帯を取り出しただけだった。
 自分が見ているところではもう煙草は吸っていないが、たまに苦い味を感じることがありやはり油断ならない。

「──」
「よぉ、お疲れ」

 弁当屋から出てきた体格のいい大柄な男が名前に声をかけたようだが、声が小さいのか名前の声しか聞こえてこなかった。
 じっと見ていては気付かれてしまうと思い視線を別の場所へと移す。

「これから学校か?」
「──」
「ならやめとけ。今日はかなり荒れてるから」

 荒れている、ということは男も名前と同じ鈴蘭の生徒なのだろう。
 今日名前が学校に行っていない理由もその”荒れている”のが原因なのかもしれない。

「そういや恵、お前バイクどうした?」
「──」
「動かないって……店持ってったか?」
「──」
「なら俺が見てやるよ」

 相変わらず男の声は小さくて聞こえないが名前の口調は柔らかく、二人は仲が良いと伺える。
 ちらりと視線を寄こせば申し訳なさそうにする男の癖のある髪に手を伸ばし撫でるように触れた名前に思わず目を見開いた。

「いいんだよ。先輩には甘えとけ」

 名前が鈴蘭の生徒と一緒にいるところを見たのは今回が初めてだ。
 だから同年代に対してどう接しているのか今まで知らなかったし、知ろうともしなかった。
 そりゃ彼にも友人はいるだろうし、可愛がっている後輩だっているだろう。
 だが待ってほしい! いくら仲が良くても頭を撫でるだろうか?
 自分の高校時代を思い返してみてもそういう生徒はまず自分の周りにはいなかったように思える。
 いやしかし名前の場合は頭を撫でられることに何やら思入れもあるし、日頃小学生を相手にしている癖がそのまま後輩にも出てしまっている可能性もある。
 ……待て待て。僕は一体誰に向かって言い訳をしているんだ。
 焦るな。落ち着け。

「歩いてくの面倒だし後ろ乗ってけよ」
「──」
「なんだよ、俺の運転じゃ不安だってのか」
「っ──」
「冗談だよ。でもお前は後ろに乗れ」

 バイクに跨った名前の後ろに男が乗り受け取ったヘルメットを被った。
 腹回りに男の腕が周ったことを確認した名前が同じくヘルメットを被りエンジンをかける。
 おい近くないか? いやでも安全上仕方ないことだ。だがそんな密着しなくてもいいだろう?
 走り出したバイクを見送り、無意識に寄っていた眉間のシワに気付いて指で解すように揉んだ。

「風見さん、どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな……」

 自分はまだ名前のバイクの後ろには乗ったことがないからか、僅かな嫉妬心が生まれたのを自覚する。
 高校生相手に嫉妬か…もうちょっと大人の余裕がほしいものだな。

 その日の夜。
 仕事の合間に腹ごしらえでもするかと部下を連れて美味いと有名なラーメン屋へと足を向けた。
 店の前に見覚えのあるバイクが止まっていて、今日はやけに名前を目撃する日だなと思わず苦笑する。
 店内に入れば有名な店故か客は多く、その中にカウンターで一人ヘッドホンで音楽を聴きながらラーメンを啜る名前がいた。
 丁度空いていたテーブル席に座り少し観察してみたがこちらに気付く気配はない。
 声をかけるにしても、気付かれるにしても、今は部下が一緒にいる手前お互いに接触はしないだろう。

「風見さんはどれにします?」

 部下からメニューを渡されて名前から視線を外した。
 適当に選んで注文をし部下と仕事の話をしながら待っていると、荒っぽく店の入り口が開かれた音に自然と目をそちらに向ける。
 逆立てたヘアスタイルにレザーのジャケットとパンツという出で立ちの男は、サラリーマンが多い店内では目立っていた。
 おまけに、まるで喧嘩をしてきた時の名前と同じような傷が顔にある。
 まさかとは思うが名前の知り合いだろうか。喧嘩なんか始めてくれるなよ。

「こんなところでなにやってんだよ、名前さん」

 しかしそんな風見の心配も虚しく、その男は店内を見渡し名前を見つけると荒い足取りで近寄り気付きもしない相手に苛立ったのか勝手にヘッドホンを外し声をかける。
 ようやく男に気付いた名前が呆れた視線を送りすぐに食事を再開させた。

「飯食ってる」

 ラーメンと一緒に頼んでいた餃子を箸で掴み半分ほど食べる名前に男は眉間にシワを寄せて拳を握りしめた。

「俺が言いてぇのは──」
「ヒデ」

 男の名前を呼ぶ名前の声音がどこか優しく感じ、一瞬だけドクリと胸が冷えたような感覚になる。
 名前を「さん」付けで呼ぶ男。近寄りがたい雰囲気。傷を負う顔。きっとこの男も名前の後輩なのだろうと推測できた。

「お前腹減ってね?」

 面倒見がいいのは小さい子相手だけかと思ったがどうやら違うらしい。
 注文した品が運ばれてきて部下に話しかけられたことで二人から意識を逸らそうとしたが、やはり気になるので会話だけは注意深く聞き取るよう努めたのは言うまでもない。


 自分が言いたいことを全て分かった上で遮られた。
 この人はいつもそうだ。いつもこうやってはぐらかす。

「座れよ」

 思い通りにいかない苛立ちが態度にも表れてしまい、思ったよりも大きな音を立てて引かれた椅子に座れば仕方ない奴だと言わんばかりに苦笑され更に苛立つ。
 たった一つしか変わらない年齢なのに、子供扱いをされているようで嫌だった。

「奢ってやるから好きなの頼め」

 この人から奢られるのは一度や二度じゃない。
 正直気に入られている自覚はあるし、それに満足できてないのも自覚している。

「……じゃあ名前さんが今食ってるそれで」
「食いかけだぞ?」
「構わねぇ。あんま腹減ってねぇし」

 躊躇することなく食いかけの餃子を差し出されて、こちらのほうが戸惑ってしまうのと同時に落胆する。

「食わねぇの?」

 この人の中で自分は意識するほどの相手じゃない、なんて言われなくても分かっていた。
 差し出されている餃子を噛みつくように奪う。
 ──苗字に惚れるのはやめとけ。あいつは誰にも靡かない。
 そう言ったのは今は亡き憧れの人、菅田だった。
 的確なアドバイスだ。あの忠告を律儀に守っていればこう苛立つこともないのだろう。

「ひでぇ怪我」

 殴られて色が変わった頬を指で撫でられて思わずその手を払った。

「なんで来なかったんだよ」
「行く理由がねぇよ」

 確かに、理由はない。
 この人はどこの派閥にも属していない。
 今鈴蘭で一番頂点に近い芹沢軍団にも、転校してきた滝谷率いるG.P.Sにも、自分のいる武装戦線にもこの人は興味を持たなかった。
 それでも、鈴蘭の頂点を決めるであろう芹沢軍団とG.P.Sの抗争は誰だって気にするはずだ。

「どっちが勝ったと思う?」
「興味ねぇけど、多分お前が加担したほうだろうな」
「……なんでだよ」
「お前が芹沢に負けてたら今ここにいねぇだろ」

 それは別に病院送りにされていたはずだと言われたわけじゃない。
 負けた面でこの人に会いに来るわけがない俺を、充分にこの人は理解しているからだ。

「まぁどっちが勝っても俺には関係ないし、恵がいるんだから本当の頂点にはなれないだろ」
「チッ……またリンダマンかよ」

 いくらこの人が俺を理解してくれようとその存在は一後輩にすぎない。
 なら一番可愛がられる後輩にでもなってやろうと思えばあのリンダマンが立ちはだかる。忌々しいやつだ。

「名前さんと同期ならよかった」

 俺も鈴蘭には転校してきた身だから詳しい事情は分からないが、同期でこの人と特別親しい奴はいないらしい。
 同じD組である伊崎とも顔を合わせれば会話する程度であったり、芹沢とはよく喧嘩をすると聞いているが原因は全て芹沢に非があるので名前から絡んでいるわけではないようだ。
 この人との出会いは鈴蘭ではなかったから他の奴らよりも近くにいられたはず。

「バカだな。お前が後輩じゃなかったらこんなに可愛がってねぇよ」

 ワックスで整えてある髪なんてお構いなしに頭を撫でられまた苛立った。
 本当に、この人は分かっていてやってるから尚のこと腹が立つ。
 手を振り払おうとする前に離れていき眉を寄せる。

「リンダマンは?」
「あいつは特別枠」

 鈴蘭にいるやつなら誰でも知ってい事。
 名前の一番近くにいるのはリンダマンで、リンダマンの一番近くにいるのは名前だと言う事。
 それは喧嘩の強さだけを指しているのではなく、物理的にも心情的にもということだ。
 珍しく学校に来たかと思えばリンダマンに会いに来た、というのもザラにある。なんてことを思い出しているうちに苛立ちが顔に出ていたのか苦笑された。

「しょうがねぇだろ、桂木さんに頼まれてるんだから」

 桂木という男が誰かなんて知らない。きっと俺が鈴蘭に来る前にいた生徒だろう。
 名前の口振りからしてその男に随分と世話になったようだ。
 俺にはまだ、この人の知らない部分が山ほどある。

「もう1年だけ鈴蘭にいろよ」
「ふざけんな、俺に留年しろってのか」
「じゃあ武装に……俺んとこに来い」

 誰にも靡かない、なんて言われてしまって「はいそうですか」と引き下がれるわけない。
 無理だと言うのなら意地でも振り向かせるだけだ。

「生意気」

 挑発的な笑みを浮かべた名前はそう言い放つと食べかけだったラーメンの残りを平らげた。

「俺は真面目にっ──」
「ラーメン屋でくそ真面目に言うことかよ」

 残った餃子も食べ、コップの水を飲み干し静かにテーブルへ置くと頬杖をついて試すような視線を送ってくる。

「俺を武装に入れてぇの? それともお前の傍にいてほしいだけ?」
「……分かってて聞くんじゃねー」
「そりゃお互い様だな」

 本当に腹が立つ。
 答えなんて分かりきってる。
 俺はこの人を武装に入れたいわけじゃない。隣に立ってほしいだけだ。
 でもこの人は武装には入らないし、俺の隣には、いや前にも後ろにも立たない。

「チッ……俺が鈴蘭の頂点取ったらあんたを貰う」
「恵に勝てんの?」
「勝つ」

 向けられた目はゆっくりと細められ、そして逸らされた。

「意気込みだけは貰っとく」

 暗に「お前は負けるよ」と言われたようで思わず拳を強く握りしめた。
 自分がもっと強ければ有無を言わさず手元に置くのに。

「なぁヒデ」
「……んだよ」
「この後ひとっ走り付き合ってくれよ」

 でもきっと、そんなことをしたらこの人はこうして俺に構ってくれなくなるだろう。
 どっちがいいかなんて考えなくてももう答えは出ている。

「武装の連中呼ぶか?」
「やめろ。サツに追われるのはごめんだ」

 軽口を叩きながら店を出てバイクに跨った名前が思い出したかのように顔を向けてきた。

「そうだ。俺恋人いるからマジで口説いてくるのはやめろよな」
「……は?」
「よし行くか」
「ちょ、おい!」

 ヘルメットを被り走り出した名前を追うように慌ててバイクに跨り、もう一度、今度は詳しく話を聞くためにその後ろ姿を追いかけた。
 恋人がいるなんて聞いてねぇぞ!


 聞こえてきた会話の内容がいろいろと衝撃的すぎて頭が大混乱だ。
 注文した味噌ラーメンはかなり美味かった。有名と言われるだけある。

「武装って交通課の奴が話してた暴走族のことですよね」
「……あぁ」
「最近の高校生も昔と変わらずおっかないですね」
「……そうだな」
「風見さん? どうしたんですか?」
「いや……なんでもない」

 昼頃に見た男は名前にとって特別目をかけている後輩で、先ほど一緒にいた男は名前を格別に慕っている後輩。
 確実に名前に好意を持っていることは会話を聞くだけでなくあの真剣な目を見れば分かりたくもなかったが分かってしまった。
 その辺は彼も分かっているのか先輩後輩の一線を引いているような感じではあったから心配ない。
 そう、心配ない。

「はぁ……心配だ……」

 同じ高校生であったなら普段から牽制もできただろうに、こういうときばかりは年の差が憎い。
 まさか年下への面倒見の良さがああも学校の後輩に発揮されてるとは思いもよらなかった。

「本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……いや、やっぱ大丈夫じゃない」
「えっ……あ、ビール飲みます?」
「一応勤務中だぞ」
「ははっ……ですね。すみません」

 まいったな。
 素直に学校へ行けと言えなくなってしまった。
 名前を特別に慕う後輩がいるというのなら、むしろ行くなと言ってやりたいがそれはダメだろう。
 彼が関わると大人としての余裕がなくなる気がして本当に困る。
 とりあえず後で電話しようと決め、店を出て警視庁に戻ることにした。






クローズより
阪東秀人…暴走族「武装戦線」の三代目四天王の一人。
林田恵…通称リンダマン。作中最強と言っても過言ではない男。いろいろ訳あり。
菅田…故人。武装の二代目頭。
桂木…鈴蘭OB。リンダマンの理解者。