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※小学4年生夢主くんでゼロ茶寄りです。ちょっと特殊


 携帯のアラームが鳴る寸前で目を覚ました降谷は音がする前にアラームの機能を解除した。
 横になったままぐっと背伸びをしてから寝返りをうつと、壁際にくっつくような体勢で未だ夢の中にいる少年の寝顔が視界に入る。
 その幸せそうな寝顔に小さく微笑んでから起き上がった。
 顔を洗い歯を磨いたところで今日の顔である安室透の服装を身にまといカーテンを開けると陽の光が部屋を明るくした。

「はぁ……やっぱり起きないか」

 布団で寝ている少年にも太陽の光は届いているはずなのに、眩しさに呻くことすらなく眠り続けている。
 彼がこの程度で起きないことはすでに把握していることなので降谷は仕方ないとばかりに苦笑してから朝食の準備を始めた。
 今日のスケジュールを頭の中で思い出しながら食卓に二人分の朝食を用意し、寝ている少年の傍に膝を付く。

「名前くん起きて。朝だよ」

 声をかけるが静かな寝息が聞こえるだけで反応はない。
 仕方がないと布団を剥いで肩を揺らすとようやく幸せそうな寝顔が顰められた。

「んー……」

 薄く開かれた瞳はゆっくりと降谷を捉える。

「遅刻してしまうよ?」
「……もうちょっとだけ」

 寝起きだからかいつも以上にぼそぼそと喋る少年の声を聞き漏らさないように少しだけ顔を近づける。

「だーめ。ほらご飯も用意したから」
「……おねがい」

 眠そうな顔が切なく泣きそうな表情に変わり一瞬だけ怯んだ降谷だったがすぐに気を取り直して溜息を吐いた。
 どこでそんなテクニックを覚えてきたのか……。
 この表情に弱いと分かっていてやっているとしたら最近の小学生は末恐ろしいな、本当に。

「そんな顔してもだめなものはだめ」
「……んー……おやすみ」
「こらこらこら」

 だめと繰り返す降谷に不満そうな表情を向けて寝返りをうってしまった名前を強行手段だとばかりに抱き上げた。

「ほら顔を洗って」

 そのまま洗面所へと運び体を支えながら立たせてやると、ようやく寝ることを諦めたのかゆっくりとした動作で顔を洗い始める。
 タオルを用意していた降谷からそれを受け取り濡れた顔を拭くと今度は歯磨き粉のついた歯ブラシを手渡された。

「歯も磨いて」

 眠そうな眼でシャコシャコと歯を磨く姿を鏡越しに見つめる降谷の目は優しげに細められ「よしいい子だ」と言わんばかりに名前の頭を撫でる。
 それが気持ちいいのかせっかく開いていた瞳がだんだんと閉じられていく様子に慌てて手を離し、水の入ったコップを手渡し口を濯がせればなんとか寝てしまうことは回避できたようだ。

「ご飯もちゃんと食べて」

 覚束ない足取りで歩く名前を支えながら食卓の椅子に座らせ、降谷も向かいの椅子に腰を下ろした。
 食欲を唆る香りにようやく目が覚めてきたのか、じっと朝食を見つめたあと両手を合わせて小さな声で「…いただきます」と呟いた少年に思わず笑みが漏れる。

「いただきます」

 釣られるように降谷も両手を合わせてから箸を手に取り暖かい朝食を口に運んだ。

 朝食も終わり食器を洗っていると学校へ行く支度を済ませた名前が近づいてきた。
 フードつきのパーカーに半ズボンという小学生らしいスタイルは動きやすいという理由だけで彼が好んでいるファッションだ。
 濡れた手を拭いて使い古された黒いランドセルを背負った名前に向き直り、視線を合わせるように膝を折る。

「忘れ物はない?」
「……多分」

 教科書やノート類は昨夜寝る前に一緒に確認したから問題ないと分かっている降谷は少年のズボンのポケットにハンカチとティッシュが入っているかを確認する。

「零くん……あのね」
「ん? なんだい?」
「オレは、犬くらい飼っても……いいと思うよ」

 起きている時でも口数は少なくぼそぼそと喋るが寝ぼけているときよりは聞き取りやすい。
 ちゃんとポケットにハンカチ類が入っていることを確認した降谷は唐突な話に思わず視線を上げた。

「え? 犬? どうしたんだい、急に」
「……なんでも、ない」

 どうして急に犬の話を、と首を傾げる降谷に少し考えるような表情を見せた名前は顔を横に振り、玄関へと小走りで向かってしまう。

「いってきます」

 振り返り小さく呟かれた声に「いってらっしゃい」と返して立ち上がった降谷は、玄関が閉まるのを見届けた後思考を巡らせるように顎に手を添えた。
 しかしどれほど考えても”犬を飼う”という状況になりそうな出来事は知らない。
 降谷が名前という少年に出会ったのは組織に潜入するよりも以前に関わっていた事件がきっかけだ。
 その事件で名前の持つ不思議な力に助けられた降谷は彼の身の安全を理由に保護をした。
 不思議な力と言っても漫画やアニメのヒーローみたいにスーパーパワーがあるわけではない。
 名前は、夢で未来を視るのだという。
 予知夢というやつだ。
 最初こそ降谷は信じていなかった。当たり前だ。そんな非科学的なものが信用できるか。
 大人に構ってもらいたいがためにデタラメを言っているだけだろうと、そう思っていた。
 だがその事件で降谷は名前の言葉が嘘じゃないと身を持って知ったのだ。

「犬、かぁ……」

 今のところ飼う予定も飼わなければいけない理由もない。
 しかし名前が言ったのならきっとそういう未来が来るのだろうと、降谷は頭を振って安室透に意識を切り替えてポアロへと向かうのだった。


 犬の話など忘れてしまうほど月日の経った休日のある日。

「零くんおはよう……」

 普段なら声をかけるまで起きてこない名前がキッチンに立つ降谷に眠そうな声音で声をかけた。
 これには降谷も驚いて目をぱちくりと瞬かせる。

「おはよう。今日は自分で起きれたんだね」
「……うん」
「偉い偉い」

 持っていたフライパンを一度置き、近寄ってきた名前の頭をよしよしと撫でれば眠そうな目が細められてこのまま続けたら立ったまま寝そうだ。
 離れていく降谷の手を名残惜しそうに見つめてから鼻をヒクつかせた名前がフライパンを覗き込む。

「……いい匂い」
「魚を日本のお酒でフランベしてみたんだ」
「ふらんべ? ……よく、分からない……食べてもいい?」
「その前に顔洗っておいで」

 頷いた名前がゆったりとした足取りで洗面所へ向かうのを見送りできた料理を皿へ盛り付ける。
 その後も試したい料理を片っ端から作ってはテーブルに並べると戻ってきた名前が思わずと言ったように顔を顰めた。

「これ、一人で……?」
「一人でこれ全部は食べきれないかな」

 さすがに作りすぎたという自覚はあるのか苦笑する降谷が椅子に座ったのを見て名前もいつも座っている椅子に腰掛けた。
 二人は両手を合わせながら「いただきます」と口を揃えて言い、さっそく朝食で食べるには少々豪勢な料理に箸を伸ばす。

「ところでちゃんと朝から起きるなんて珍しいね」

 食事を進めながらふと思い出したように降谷がそう声をかけると、名前は口に含んでいた料理をしっかりとよく噛んでから飲み込んで口を開いた。

「宿題……たくさん、出たから」
「なるほど。分からないところがあったら僕に聞いてくれて構わないよ」

 通知表にいつも「よく寝ています」と書かれているからちゃんと授業についていけてるのか不安だ。
 そんな降谷の心配を知ってか知らずか、名前は首を傾げる。

「……零くん、今日はお仕事、行かない?」
「今日はずっと名前くんと一緒にいれるよ」
「……そっか」

 僅かに口元を緩めた名前に気付いた降谷がつられるように目を細めた。
 公安、黒の組織、探偵。
 3つの顔で日々生活する降谷の日常は忙しい。
 名前と何日もまともに顔を合わせないことだってある。
 そんな降谷と珍しく1日一緒にいれるという事実に名前は嬉しさを隠しきれていないのか椅子に座ったことで宙に浮いた足をプラプラと揺らした。

「食べきれないから残りはタッパーに入れてお昼に食べよう」
「うん」
「それでも残りそうだな」

 どうしたものかと考えるように視線を上げ思い浮かんだのは部下の顔だった。

「風見にやるか……」
「……零くん、あまり怒りすぎたら、ダメだよ」
「それは……僕が風見を怒るようなことが起きるのかな?」

 味噌汁を飲み干した名前がお椀を置いて伏せ目がちになりながら視線を左右に泳がせる。
 言い淀んでいるところを見ると差して大きな問題ではないのだろうが、気になってしまう。

「えっと……ハッキリ視えた、わけじゃないんだけど……」
「うん」
「零くん、怖い顔してて……」
「うん」
「……風見さんって人……しょんぼりしてたから……」
「それで?」
「……可哀想かなって」

 ──なるほど、仕事中に風見へ叱責する僕の夢を視たのか。
 小学生にまで心配されるなんて、一体どれだけ情けない顔をしていたんだ風見のやつ。
 上目遣いでこちらの様子を伺ってくる名前に苦笑し、少しだけ身を乗り出して向かいに座る子供の頭を撫でた。

「分かったよ。あまり叱らないでおく」

 朝食が済んで綺麗になったテーブルには名前の宿題である計算ドリルと理科のプリントが広げられていた。
 食器を洗い終わった降谷が向かいに座り宿題に取り組む名前を微笑ましく眺めている。
 時折分からない箇所が出てきたら助けを求めるように視線を上げる姿に笑みを零して降谷は丁寧に教えるのだった。
 暫くして仕事の資料を持ち帰ってきていたことを思い出し寝室としている和室へと向かう。
 いくつかの資料を読みついでに部下からの報告書をPC上で確認を済ませた頃、名前が和室を覗き込んできた。

「零くん」
「分からないところでもあった?」
「……ううん」

 緩く首を振った名前に「どうした?」と優しく声をかければ少しの沈黙の後、口を開いた。

「……休憩」

 珍しく休日に朝から起きていたせいかその表情は眠そうだ。
 PCを閉じた降谷は布団の上に座り直し両手を広げる。

「おいで」

 誘われるがまま歩み寄ってきた名前が降谷の腕にすっぽりと収まり、二人はそのまま布団に寝転んだ。
 背中を一定のリズムで優しく叩けば名前の瞳はゆっくりと閉じられすぐに寝息が聞こえてきた。
 子供特有の暖かい体温を感じながら降谷は目を閉じる。
 名前は、自分に関係のない人の未来をも視えてしまうのだと言う。
 今この時でさえ、もしかしたら降谷の未来を、安室の未来を、バーボンの未来を、視ているのかもしれない。
 できることなら明るい幸せな未来を視せてあげたい。
 そのためにも、この日本を守るためにも、一刻も早く組織を潰さなくては。

「おやすみ名前くん。良い夢を」

 この幸せな日常を、僕は死んでも守らなければいけない。