嫉妬される話


 人気のない埠頭で遠ざかる赤いフォードマスタングを見送ってさっさと帰ろうと踵を返すと思わぬ人物がそこにいて驚きに目を瞬かせる。そういえば公安も事件を嗅ぎまわっていると先ほど去っていった男が言っていたことを思い出す。強引に巻き込まれた形とはいえこうして事件に関わっていたことが露見されてしまうのは想定外だった。
 なんと言い訳をしようかと考えていれば、足早に近付いてきた人物──風見に腕を掴まれて名前はそのまま彼の車へと引き連れられていく。

「FBIの男と何をしていたんだ」
「あー……えーっと」

 その問いにはすぐに返事はできなかった。赤井の狙撃のサポートをするためにスポッターの真似事をさせられていたなどと公安刑事相手に言えるわけがない。伝えてしまえば日本で活動するFBIの行動をより縛ってしまうことになる。それは護ると誓った少女のために避けなければならない。なにより馬鹿正直に真実を話して問い詰められるのは大変面倒だ。
 だから答えは決まっている。

「言えない」

 仕方なくそう告げると風見の表情が歪んだ。怒りとも戸惑いとも違うそれに逆に困惑すると強く腕を引かれ車の後部座席に放り込まれた。文句を言う暇も与えられぬまま圧し掛かるように上に乗られ身動きが取れなくなる。

「随分と親しい間柄のようだな。今日が初めてではないんだろう」
「まぁ、数える程度には?」
「……否定しないんだな」

 苛立ちの含まれた声音の割には物悲しそうな表情を浮かべる風見にこれは事件への関与を咎められているわけではないのだと気付いた。真面目で堅物な男だ、普段であればもう少し冷静さを取り繕っている。だから今の彼は公安刑事としてではなくただ一人の男として名前に問い詰めているのだと。つまり赤井に対して嫉妬しているというわけだ。そうと解れば途端に愛おしさが込み上げてくる。手段は少々強引ではあるが不器用な男だと思えば可愛さすら感じてしまう。
 ひとまず誤解を解こうと上体を起こすために風見の肩に手をかければ問答無用にその手を掴まれ座席のシートに押し付けられた。

「あのさ裕也さん」
「確かに私はっ……僕は降谷さんのように容姿が整っているわけでもなければあの人ほど優秀でもない」

 どうしてそこで降谷の名前が出てくるのだろうか。もしかして彼は赤井だけではなく自身の上司にも嫉妬していたということか。だとすればそれは無駄な懸念だ。名前は自他ともに認めるほど降谷零という男を嫌っているのだから。もちろん風見も知っていることなのだが、それでも羨む心があるというのか。

「降谷さんが一目置く相手だ。赤井もきっと僕とは比べ物にならないくらい出来た男なのだろうな……」

 事件を捜査中の時はキリッとしているのに、今は見る影も形もないくらい自信なさげにこちらを見下ろしてくる年上の恋人に小さく笑みを浮かべた。手を掴まれていなければ慰めるように抱きしめていたところなのに勿体ない。

「別に顔が良い奴だからとか、なんでも完璧にやり遂げるからとか、そんな理由で誰かに惹かれるわけじゃねぇよ」

 むしろ降谷や赤井みたいな人間は苦手な部類だ。この先、彼らに恋愛的な好意を向けることは決してないと宣言してもいい。どうして言い切れるかなんて聞かれたら答えは至極簡単でシンプルだ。

「俺は裕也さんだから好きになったし、これからもそうありたい」

 眼鏡の奥の瞳を覗き込むようにしてじっと見つめれば、握られた手に僅かに力が込められた。

「だが……僕には言えないようなことをあの男としていたんだろう?」
「いや、あんたが想像してるようなことは何もしてないって」
「なら教えてくれ。でないと、君を傷つけてしまいそうで怖いんだ。僕ではない誰かの元へ行ってしまうのはどうしても許せない」

 弱々しく言葉を吐いて押し付けるように肩に寄せられた額の体温に名前は目を細めた。束縛するのもされるのも好きじゃない。失うことを恐れているからそこまで深くは進みたくなかった。だから踏み込むことも踏み込まれることも避けてきたけれど、風見相手には許容してしまうのは惚れた弱みというやつだろうか。それとも自分でも気付かないうちに触れてほしくない内側まで連れてきてしまったのか。

「なぁ、手、放して」
「……ダメだ」
「裕也さん」

 まるで子供に言い聞かせるように名前を呼べば一度強く握られた手は躊躇うように解放された。名前はすぐに覆いかぶさる身体に腕を回して抱き寄せると片手で風見の後頭部を落ち着かせるように、愛でるように、優しく撫でる。そしてすぐ近くにある耳元に唇を寄せて囁いた。

「俺はあんたしかいらないよ。あんた以外は興味ないし、欲しくない。心配しなくても俺の全部はあんたのだ」

 本当に安心させたいのなら隠さず全てを晒してしまえばいい。けれどそれができない以上は言葉と態度で信じてもらうしかなかった。望むならいくらでも身体を差し出したっていいとさえ思う。そんなことを考えていると座席のシートと身体の間に風見の腕が差し込まれきつく抱きしめられる。その少しの苦しみが心地好くて名前は目を閉じた。独占欲を示されるのは煩わしいと思っていたけれど案外悪くないのかもしれない。