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 年上の恋人の部屋はきっちり片付いているか、使った食器や洗濯物が放置されているかのどちらかだ。部屋の状況を見れば、その時の仕事の忙しさがだいたいは把握できる。
 今夜は掃除も行き届いているし、急な訪問にも関わらず快く迎え入れてくれたからそこまで多忙ではないのだろう。何か特別な用事があったわけではない。たまたま近くを通りかかり、部屋の電気が点いているのに気が付いて、少しだけ顔を見ておこうと思っただけ。だからもてなしのコーヒーを飲んだらすぐに帰るつもりでいた。
 けれど、言葉もなく熱い視線を向けられてしまえば無条件に受け入れたくなってしまう。
 俺は惚れた男に弱いな、と小さく笑みを零してゆっくりと近づいてくる顔に瞼を閉じた。吐息が唇をくすぐり、柔らかく重なり合う。触れるだけの口付けは次第に熱を確かめるように深さを増し、コーヒーのほろ苦い味が口内に広がった。舌を絡めとられながら、首筋を撫で、うなじに添えられた手の温もりに意識が向く。
 ──本当に、慣れたもんだ。
 最初に交わしたキスは裕也さんから。あの時はお互いにどうかしていて、雰囲気に、湿った空気に、煽られ流されての情もない行為だった。お世辞にも上手とは言えない口付けだったけれど、嫌いではなかった。キスだけでなくセックスだって、この堅物なお巡りさんは不慣れでぎこちなかったのを今でも覚えている。真面目すぎるからこそ懸命に、真剣に、行為と向き合う姿を愛おしいと思った。
 うなじに触れる指先の愛撫に一瞬だけ思考が飛んだ。唇が離れ、熱を帯びた吐息を置いてまた重なる。顔の傾きが変わる度に当たる固い感触がもどかしく、薄く目を開いて裕也さんの眼鏡を額に押し上げた。すると、より深く呼吸を奪われる。その勢いに押し負けるようにフローリングの床に背を預けた。
 少し前までは触れるだけで羞恥に頬を赤らめていたのに。そう懐かしむほどにこの人は変わった。今では口付けを交わしながらも、その先へ進みたいという意思表示までしてくれる。不器用で、真面目で、恋愛なんて興味なさそうだった男のその成長が嬉しくてたまらない。同時になんとも言えない優越感に似た感情が胸の奥にじわりと広がった。
 だって、裕也さんを変えたのは俺だ。キスもセックスも全部、俺が教えた。舌の動かし方も、息を詰める間も、どう触れて欲しいかも、全部。
 俺は他の男を知っているけれど、この人は俺しか知らない。これからも知らないままでいてほしいと願うのは自分勝手だろうか。何も持たない、失ってばかりいる子供とも大人とも呼べない男。そんな中途半端な俺を相手に、こんなにも求めてくれる裕也さんが可愛くて愛しくて仕方がない。
 じわりと滲んだ涙を隠すように目を閉じて、愛しい人の背中に腕を回した。確かな幸せが、頭の隅に不安を生んでこびりつく。