──雪だ。
慌ただしかったクリスマスのバイトから数日が経ち、気づけばもう年末。もちろん稼ぎ時である年末年始にもバイトは入れている。と言いたいところだが、今年はそうもいかなかった。運が悪いことにバイト先を確保できなかったのだ。これまで世話になっていた店にも声をかけてみたが、人手は十分だと断られてしまい、冬期休暇中の学生にとっては時間ばかりが余る少し困った状況になっている。とはいえ無理に働かせてくれとも言えない。
暇を持て余した時間の行き先といえば、結局のところ趣味くらいしかなかった。
寒いのが苦手であっても、冬のツーリングはやめられない。歳末の夜のおかげか、いつもより交通量の少ない首都高は走りやすくて快適だ。そうして寒空の下でバイクを走らせること数時間。ヘルメットのバイザー越しに見えた『それ』に首都高を降りた。
そのままレインボーブリッジのよく見える公園に行き、バイクを停めてフルフェイスのヘルメットを脱ぐ。
「そういや、哀にバイクで出かけるのはやめたほうがいいって言われたな」
目の前に降ってきた白を視線で追い、それから空を見上げた。雲に覆われた暗い空から次々と降り続く雪は、外灯に照らされているせいかよく見える。これは暫く降り続きそうだなと思いながらバイクに寄りかかった。
何度も目にしてきたライトアップされたレインボーブリッジだが、そこに雪が加わるとより綺麗なものに見える。記念に写真でも撮っておこうか。
こういうところがロマンチストだなんだと揶揄われるのだろうなと自覚しながらも、ライダースジャケットの内ポケットからスマホを取り出してシャッターを切った。ついでに今も仕事中であろう恋人にその写真を送りつける。きっとどこかで同じように空を見上げているかもしれない。それとも、忙しすぎて雪が降っていることにも気付いていないか。
反応を待たずにすぐにポケットに戻したのは、返事を期待していたわけではないからだ。けれど、意外なことにスマホが振動して着信を知らせた。
『綺麗だな』
冷えたスマホが耳に触れて少し肩が強張ったが、鼓膜を震わせた声にゆっくりと力を抜いた。吐いた息は白く、静かに空気に溶けていく。
「仕事中?」
『今しがた終えたところだ』
「そ。お疲れ様」
『外は寒いだろう』
「雪降ってるからね」
途切れることなく降り続く雪に、足元が少しずつ白に覆われていく。冬用のタイヤに変えているとはいえ雪道を走るのはやはり心配だ。これ以上ひどくなる前に帰るのがいいだろう。
でも、と躊躇いが生まれる。
声を聞くつもりはなかった。期待もしていなかったし、後々返事があればいいくらいの気持ちでいた。寒さのせいだろうか。寒いのが好きではないからだろうか。今すぐに裕也さんの温もりを、体温を、感じたいと思わずにはいられなかった。一度そう望んでしまえば、もう声だけでは物足りない。
『外は、寒いだろう』
少しの沈黙を挟んでから、また同じ言葉を繰り返される。だが、そこに含まれたニュアンスは先程とは違っていた。ブーツに軽く積もった雪を払い、バイクに寄りかかるのをやめる。
もう一度、雪が舞う空を見上げて白い吐息を漏らす。
「うん。寒い」
頬に触れた雪がじんわりと、ゆっくりと溶けていった。
『なら……気をつけておいで。部屋を暖かくしておく。ココアも用意しておこうか』
「それ、あんたが飲みたいだけだろ」
耳元で聞こえる笑い声に口元が緩んだ。通話を切り、髪の毛をしっとりと濡らした雪を払い除けてからヘルメットを被る。早く冷え切った身体を暖めてもらおう。身体の芯からしっかりと、満足するまで求めてしまおう。その温もりを思い浮かべながら、急く気持ちを抑えてバイクを走らせた。
寒いのは苦手だけれど悪くはないのかもしれない。そう思えたのは、翌朝、目が覚めると隣に安心できる寝顔があったからだろう。