深夜ともなればホテルのロビーは話し声の一つもせず静まり返っていた。客の姿はなくサービスカウンターに従業員が数名いる程度の空間では足音が嫌でも響く。辺りを観察するように見渡した名前は部屋へは戻らずそのままエントランスを抜けて外へと出た。ホテル正面の出入り口は照明が消えることなく明るいままで自動ドアは正常に来客を察知する。候補の一つにも上げてはいなかったがこの場所を警戒するのは野暮なことだろうとすぐにその場を離れた。
人目を避けながら行動を起こすのなら出来るだけ目立たない進入路を選ぶはずだと考えながら行きついた先は駐車場だ。ホテルの非常口が駐車場側に面していて階段を登っていけばすぐに客室フロアまで辿り着く。裏口は従業員が主に使用していて警備の目もある以上、ここ以外のルートを選ぶメリットは見当たらなかった。
名前は駐車場に停めていた自分のバイクからフルフェイスのヘルメットを持ち出して非常用の階段まで戻るとそこに腰を下ろした。最近は多少控えていたはずの煙草を胸ポケットから取り出し、一本口に咥えると肌身離さず持ち歩いている傷のついたライターで火を点ける。吸った煙が口内に溜まり、静かに息と共に吐き出す。舌に残った苦みが少しだけ気分を落ち着かせた。
そうしてこのまま何も起こらず朝を迎えられたらと期待するも、外国製の四輪駆動車が駐車場へと入ってきたのを目にして咥えていた煙草を指先で摘まみ口元から離す。携帯灰皿の中に煙草を落としながら車を目で追えば、運転席と助手席からそれぞれ人が降りてきた。外灯の明かりでちらりと見えた人影は真夜中だというのにサングラスをかけており、うち片方は見覚えのある男だ。名前は傍らのヘルメットを持つと立ち上がりながらそれを被る。
「あ? 誰だお前」
予想していた通り非常口からホテルへ入ろうとしていた男たちから遮るように階段の前に立ち塞がれば髪をコーンロウに編み上げた男が難色を示した。その隣にいる大柄の男──ウォッカはこいつはどういうことだと仲間のスナイパーからの報告不足にちらりと後方に視線を向ける。
ヘルメットのシールド越しにそんな二人の様子を伺いながら名前は一歩足を踏み出した。
「子供相手に図体のでけぇ大人が二人がかりなんてフェアじゃねーよな」
「!? テメェ、なんで知って────ッ」
一体どこから情報が漏れたのかと再び意識を名前へ戻したウォッカはサングラスの奥の目を見開いた。一気に距離を詰められ拳がすぐ目の前まで迫っていたからだ。身に染み込んだ経験から頭で考えるよりも先に体が動き、自身の腕で拳を受け止めると即座に空いているもう片方の手で反撃をする。ヘルメットを被り視界が狭められている相手だがこちらの動きを予測していたのか避けられてしまった。銃を使えばすぐに終わるがターゲットが銃声に気付いて逃げてしまってはここに来た意味がない。数の上ではこちらが有利。隙を突けばホテルから離れた廃墟でライフルを構えているキャンティが処理するだろう。
ニヤリと口元に笑みを浮かべたウォッカに薄気味悪さを感じて眉を寄せた名前は横から迫る蹴りをバックステップをしながら躱す。大柄なウォッカと違いコーンロウの男は身軽で動きも機敏だった。無駄のない動きで繰り出される拳を受け流すようにして避けながら、顔の横で空を切る腕を掴むと相手の力を利用して足を払いそのまま回し蹴りを入れる。少しよろけたがすぐに体勢を整えたコーンロウの男を視界に入れつつ、背後から迫る気配にしゃがみ込むと頭上を太い腕が通っていく。すると立ち上がるよりも先にコーンロウの男の黒い革靴にヘルメットを被った顔面を蹴り上げられ、その勢いで後方に飛ばされるようにして地面に転がった。立て続けに振り下ろされる踵を両腕で受け止め、下半身を上げて男の顎を目掛けて足を振り上げるも身を翻して避けられる。次の追撃がされる前にと両手を地面につき飛び起きて体勢を整えた。
起き上がりは無防備になりやすく相手の隙を突きやすい。二人同時に攻めてくれば名前も受け身に専念せざるを得なくなるのだが男たちは詰め寄ろうとはしてこなかった。目的を遂行するためには邪魔な存在は制圧しなければならないのに、だ。そう、どんな手段を使っても。
────狙撃か!?
最悪の予感に体は自然と動いた。グッと足に力を込めて地を蹴り後退したその瞬間、肉を断ち切るような鋭く激しい痛みが左足の太ももを襲った。地面を抉るように着弾したそれには目もくれず転がるようにして近くの車の影に身を隠す。
「勘のいい野郎だ」
「くそっ、手間かけさせやがって」
「放っておけ。鉛玉喰らってんだ、動けやしねぇよ。それより今はガキの確保が優先だ」
「チッ」
痛みに奥歯を噛みしめているとそんな会話が聞こえ、視線を上げれば非常用の階段へ向かう二人の後ろ姿に思わず腰が浮く。
「待て────ッ!」
車体から僅かに体の一部が出たところで思い止まりすぐに身を引いた。このままウォッカたちを追ってしまえばどこかに潜んでいるスナイパーに対して無防備に背中を晒すことになる。おまけに片足を負傷した状態じゃまともに邪魔をすることだってできないだろう。名前は額に脂汗を滲ませながらポケットからスマホを取り出して通話をかけた。スマホと同期されたヘルメットに内蔵されているインカムからは呼び出し音が聞こえる。
「頼む、早く出てくれ」
まだ二回目のコールだというのに気持ちばかりが急いてしまう。早く、早く、と穴の空いたカーゴパンツを抑えるように握りながら唱えていればぷつりと呼び出し音が途絶えた。
『……もしもし』
警戒を含んだ固い声音に、組織の人間の気配に敏感な彼女がすでに何かを察しているのだと伝わってきた。逃げろ、とただそれだけを言うつもりであった名前は一呼吸置いて落ち着いた声で話しかける。
「すぐ工藤の部屋に行け」
『ッ……貴方は大丈夫なの』
「俺のことはいい。今は自分のことだけを考えろ」
『分かったわ……ぁ……』
「哀?」
強張った、いや、それは小さな悲鳴にも似ていた。
『放し────』
「哀! おい!」
怯えるような声を最後に鈍い音が耳に届いた。おそらくスマホを床に落とした音だろう。名前は大きく舌打ちを漏らすと上着を脱いでだらだらと血液の溢れる太ももに巻き付けて全身に走る痛みに顔を歪めながらもきつく縛る。詰まった息を吐き出して階段の方へ視線を向ければウォッカたちが駐車場へ戻って来たところだった。コーンロウの男の腕には一人の子供が抱えられていて、一目でそれが間違いなく哀だと解る。こちらのことは一切気にも留めないまま二人の男は四輪駆動車へ向かって行った。
このままでは連れていかれてしまう、と撃たれる覚悟で車の影から飛び出そうとしたその時だ。月明りが陰を落とし名前の体に重なり通り過ぎていく。釣られるように見上げれば空中で体勢を一回転させた蘭が四輪駆動車のボンネットに落下の勢いを乗せて着地した。突然頭上から現れた彼女にコーンロウの男は困惑と苛立ちの声を上げる。
「なんだお前は!?」
「哀ちゃんを返しなさい!」
「っ! なっんなんだよ次から次へと!!」
空手で鍛えられた蘭の踵落としをギリギリで交わしたコーンロウの男が蹴りを返し、彼女がそれを避けて今度は拳を振るうがこれも躱されてしまう。一進一退の攻防を見つめながら名前の背中には冷や汗が伝った。彼女はスナイパーの存在を知らない。もしその道のプロであったなら哀を奪還することを優先して動いていただろうか。FBIのいけ好かない男なら、胡散臭い笑顔を貼り付けた公安の男なら、目的達成のためには多少の犠牲はやむを得ないと判断しただろうか。じゃあ、自分の憧れたあの人ならこういう時どうする。きっと今自分が考えていることと近い行動をとるんじゃないか。
名前はなんとかして自分が囮となって的にならなければいけないと立ち上がった。先ほど撃たれた場所と銃弾が抜けていった方向を思い出しスナイパーが潜伏しているであろう場所を割り出す。そして射線に移動しようと足を踏み出したところで目の前に客室のバルコニーからサスペンダーを使ってコナンが飛び降りてきた。視線が重なり、驚いたのはお互い一瞬だけ。
「狙撃だ!」
「あぁ! 見えてる!」
ヘルメットのシールドを上げてそう告げると同時にコナンはすでに走り出していた。そしてウォッカの運転する四輪駆動車に向かうコーンロウの男を追いかける蘭に横から飛びついて駐車場に停まっている車の間に倒れ込む。視認することはできなかったが四輪駆動車のサイドミラーが壊れるように落ちたのを見るにギリギリで銃弾を避けることができたようだ。
再び体勢を低くして二人の様子を伺い無事なことを確認すると、名前はヘルメットのシールドを下げ自身のバイクの元へと若干靴底を引きずりながらも足早に歩き出す。コナンが現れたことにより蘭を心配する必要はもうない。すでに先ほどまで頭の中にあった葛藤はすでに霧散し、哀を連れ去った組織の連中を追いかけることのみに意識が支配されていた。
GPSアプリを立ち上げたスマホをハンドルバーのホルダーにセットしてバイクを発進させる。駐車場を出るとそのすぐ後にはコナンを乗せたビートルも飛び出してきた。バックミラーに反射するライトでそれを把握した名前はスマホに視線を落とし画面に映し出された地図と点滅するアイコンの位置を確認するとすぐに前を向く。探偵バッジに内蔵された発信機を受信するこのアプリは、何かと事件に巻き込まれたり目を離すと自由奔放になる少年探偵団の引率役をする時に役立ててほしいと阿笠が作成したものだ。ビートルも迷いなく後ろをついて来ていることからコナンも追跡眼鏡を使っているのだろう。
外灯もなく舗装もされていない起伏のある林道を走っていると道の先で何かがバイクのライトを反射する。数秒後にはその正体を視界でも捉えることができ無意識にアクセルグリップを強く握り顎を引いた。シフトチェンジを行い更にバイクを加速させると、こちらの存在に気付いたのか四輪駆動車が急発進しそのまま道路を外れて林の中へと突っ込んでいく。
「逃がすかよ!」
躊躇うことなく名前もその後に続いた。伸びた木の枝や葉が腕を掠めて細かな傷を作っていくが今はもう痛みを感じている心の余裕はない。幸いにもオフロードバイクは山道に強く、腰を上げて膝で地面の起伏の衝撃を受け流しながら走らせれば四輪駆動車を見失うことなく追うことができた。
そうして付かず離れずの距離で後をついていけば四輪駆動車は方向を変え国道へと出て、暫く走ると今度は南原千畳岩海岸の駐車場へとハンドルを切った。しかしそこで止まることなく車は柵を押し潰すように乗り越えるとスピードを緩めることなく突き進んでいく。その先にあるのは果てしなく広がる海の見える断崖だ。
「ッ、頭イカれてんのか」
思わず漏れた焦りを含んだ苦言を余所に四輪駆動車は断崖から海へ飛び込んでいった。防衛本能からブレーキをかけながらバイクの車体を斜めに傾けタイヤを地面に擦らせるようにして停まる。
「嘘だろ!?」
「哀くん!!」
続くようにしてスケボーに乗ったコナンと阿笠の運転するビートルも崖のギリギリで停止する。哀を乗せた四輪駆動車が海へと落ちていく光景に奥歯を噛み締めた名前は、車が漆黒の海に飲み込まれるよりも前に体を動かした。バイクの前輪を上げ、迷うことなくほとんど垂直な崖の側面に後輪を滑らせていく。
「名前さん!? くそっ!」
あまりにも無謀な行動に驚愕をしつつも他に選択肢のない状況ではコナンも迷うことなくスケボーで崖から飛び出した。
半ば落ちるようにしてバイクで斜面を走っている名前はある程度の高さまで来たところで出っ張っている岩を視界に捉える。タイミングよくアクセルグリップを思いっきり捻り、その岩を利用し飛ぶようにして崖から離れ放物線を描いて海へと落ちていく。落下の衝撃をバイクに肩代わりさせながら水中に潜るとやはりというべきか夜の海は暗闇が広がり何も見えなかった。
そこにライトの点いた腕時計を口に咥えたコナンが海中に飛び込んでくる。二人は眼鏡のレーダーを頼りに潜っていき海底に沈んでいる四輪駆動車を見つけた。だが車内に人の姿はない。やけに心臓の音が大きく聞こえるのはきっと呼吸を止めているせいではないだろう。一体哀はどこへ行ったのか周囲を見渡せどあるのは静かな闇だけだ。ふと、ライトに照らされて何かがキラリと光っていることに気付いた名前は息継ぎのために浮上するコナンとは反対に車へと近づいていく。そして次第に暗くなっていく視界の中でしっかりとそれを掴んだ。
海面に浮上しヘルメットを脱いで大きく息を吸うと手に掴んだものを月明りに照らした。金色の光沢のあるイチョウの装飾が施されたそれは間違いなく哀へと贈ったブレスレット。彼女が確かにここにいた証拠だ。けれどその姿はどこにもない。怒りや悔しさを煮詰めたような表情を浮かべてブレスレットを握り締めると、もう一度黒く塗りつぶされた海へと潜った。
また失ってしまうのか。また手放してしまうのか。結局自分には何もできないのか。たった一人の女の子を護ることさえ許されないのか。決して掴むことのできない水を掻き分ける名前の焦りに支配された耳には、体には、海中を轟く黒い鋼鉄の塊の唸る低音は届かなかった。
放っておけばいつまでも海の中を探し回りそうな状態だった名前だが現在いるのは八丈島にある病院であった。あの後コナンに説得されホテルに戻ったところ、蘭から通報を受けてやってきていた佐藤に左足の怪我を指摘されすぐさま病院へと連れていかれたのだ。貫通した弾が骨にも当たっていなかったため大掛かりな手術を必要としなかったのは救いだろう。処置が終わると安静を言い渡され病室に案内されそうになったがそれを頑なに断り、痛み止めを含めた治療薬を受け取ると緊急外来用の出入り口から外に出ていった。
付き添いとしてまだ病院に残っていた佐藤は医師といくつか言葉を交わしてからドアを抜けて駐車場に停めてあった車の運転席に乗り込んだ。エンジンをかけ助手席のシートベルトが締められるのを横目で確認すると車を発進させてホテルへと続く海沿いの道路を走る。
「医者の言うことは素直に聞くものよ。ただでさえ爆破事件の怪我が治ったばかりなんだから」
車内に広がる沈黙を破り気遣うように名前に声をかけるが返事はなく、ただ口を閉ざしたまま窓に頭を預けて外に目を向けている。苛立ちを表に出すわけでもなく、悲しみを募らせているわけでもない。けれど確かに大きく重いものを抱えているのだと佐藤には理解できた。そして同時に懐かしさも感じていた。似ているのだ。大切な、家族同然の人を亡くした後の高校に入学した頃の雰囲気と。
「貴方にとって哀ちゃんは特別な存在なのね。松田くんと同じように」
だから自暴自棄になってしまうんじゃないかという心配があった。
そんな佐藤の言葉にどこまでも変わらない海の景色を見ていた名前の瞳の焦点が窓に反射した彼女の横顔に移る。
「お願いだからあまり自分を責めないで。相手は銃を持っていたし、手際の良さから見てもプロの犯行よ」
「……だから俺じゃ敵わないって? そんなことは解ってる」
ようやく開いた口から漏れたのは皮肉に似た自嘲だった。名前の頭の中ではずっと哀を護れなかった後悔が渦巻いている。何度も繰り返し自分の行動を思い返しては罵声を浴びせたいほど情けなさが押し寄せて、埋もれそうになる。自分では敵わない相手なことは最初から知っていて、それでも己の中の正しさを通そうとした。だがその結果が、現実がこれだ。
「俺はあいつに言ったんだよ、必ず護るって。期待させたんだ。なのに……俺にはできなかった」
どうしてそこまであの子に、志保にこだわるのか。その理由の確かさをこれまでは持ててはいなかったが、曖昧だった境界線が綺麗になったような気分だった。出会った頃は心のどこかで生き別れてしまった妹を重ねていたのかもしれない。けれど組織に狙われる彼女の手を引いて、正体を知って、共に過ごしていくうちに純粋に守ってやりたいと思うようになった。それは佐藤の言う通り松田と同じく彼女が特別な存在になっていたから。自分の命を賭けられるのはただそれだけが理由で、それが答えだ。
でも、と名前は前屈みになりながら両手で顔を覆う。懸命に伸ばしたこの手は届くことなく、掴めたのは哀ではなく持ち主と離れ離れになってしまった思い出だけ。
「……ヒーロー気取って馬鹿みてぇだ」
結局、憧れの人のように誰かを助けることはできなかったのだ。
そんなまるで独り言のように小さく呟かれた声を佐藤は聞き逃さなかった。気持ちは痛いほど解っている。目の前で誰かを救うことができなかった経験は何度もしているからだ。けれど刑事としてそこで諦めることはしなかった。必ず事件を解決してみせるという信念で今までやってきた。それを警官でもない、ましてやまだ高校生の名前に求めるのは酷なことだろう。それでももう、松田を失った時のようなあの頃の彼ではないと信じている。
「それで、貴方は諦めるの?」
佐藤は視線を真っ直ぐ前に向けたままそう語り掛けた。厳しい声音だが突き放すような冷たさはなく、どこか励ましにも似た温かさを感じて名前は顔を上げる。
「起きてしまった事を後悔するのは簡単よ。けど、それじゃあ前には進めない。これからどうすべきなのかを考えなさい」
「……佐藤さん、俺を止めるつもりじゃなかったの」
「もちろんそのつもりだったわよ。貴方に危ないことはしてほしくない。でも止めたって無駄でしょ?」
確かに哀のことを護れなかったと己を責めて情けなさに自棄になってはいるが足を止めはしなかった。病院に留まらなかったのもそうだ。ホテルに戻ればコナンがいて、阿笠がいて、何か事が進展しているかもしれないと無意識に考えていた。そうしてまた闇雲に走り出そうと、もがこうとしていたのだ。それを見抜かれたのかもしれない。
「俺が始めたことだから、立ち止まったらそれはただの裏切りだ」
誰に対しての裏切りなのかは言葉にしなかった。気付けば俯くことをやめた名前をちらりと見てから佐藤は少しばかり肩の力を抜く。
「こうと決めたら曲げないところまであいつそっくりなんだから。困っちゃうわよ、まったく」
そうこうしているうちに宿泊しているホテルの姿が見えてきた。朝日が昇るまでにはまだ時間があり、誘拐事件が起きていたなんてことを知らない客室はどこも真っ暗だ。
ホテルに到着して自分の客室に戻って来た名前は、ロビーで話し込んでいるコナンたちの元へは行かずそのまま朝まで部屋で大人しくしていることにした。いつのまにか焦燥感に襲われていた思考や感情が落ち着いている。きっと佐藤のおかげかもしれない、と一人で使用するには少し広いベッドに倒れ込みながら駐車場で車を降りた時に向けられた言葉を思い出す。
「いいこと? 無茶だけはしないでちょうだい。助けることと守ることは違うわ。貴方は自分が決めた通り哀ちゃんを守ることだけに専念すること。これから先どう守っていくかをね。だから、助けるのは我々警察を信じてほしい」
助けることと守ることは違う。その両方ができるほどの能力が自分にないことは解っていたはずで、けれどそこから目を反らし続けていたのだと突き付けられた気がした。ポケットの中に入れていたブレスレットを取り出して顔の上に掲げるようにして見つめる。哀のために自分に何ができるのか、自分が何をしたいのか。答えは見えているのにそれが本当に正しいことなのか。考えて、迷って、また考えながらブレスレットを握り締めて名前は静かに瞼を閉じた。