面影を見る安室


 パニックになる人々の間をぶつかりながら進んでいき広いホールへと出た。三階まで吹き抜けになっているそのホールでは季節のイベントが開催されていたために風船やイベントグッズなどの賑やかしが飾られている。どこか焦った様子のコナンは慎重に、かつ迅速に飾られたそれらを注意深く観察していく。そしてあるものに気付くと急いで近寄った。

「あった! 名前さんあったよ!!」

 段ボール箱の中に入っていたぬいぐるみのグッズを取り除いていけばそれは見つかった。デジタルの数字が赤く表示された銀色の箱。それは時限爆弾であった。なぜそんなものが休日の人が賑わうショッピングモールにあるのか、という事の始まりは数時間前に遡る────


 数時間前、毛利探偵事務所にはコナン一人しかいなかった。少しの間だけ留守番をしていろと小五郎に言われたからである。事務所のテレビでニュースを暇そうに眺めていると突然ノックもなしにドアが開いた。名前だ。彼は阿笠博士から頼まれた物をコナンへ渡すためにやってきたという。ちなみにいつもは「ノックくらいしろ不良高校生!」と小五郎に怒られているが本人はあまり気にしていない。一人暇を持て余していたコナンは用事が済んですぐに帰ろうとする名前を捕まえて話し相手になってくれと頼んだ。

「おっちゃんが戻ってくるまででいいからさ」
「おっさんいつ出掛けたんだよ」
「二十分くらい前かな」
「……どのくらいで戻って来るって?」
「二時間って言ってた」

 明らかに面倒そうな表情をする名前が断ろうとした時、今度は丁寧にノックされてからドアが開いた。こんにちは、と現れたのはニコニコと愛想のいい笑みを浮かべた安室だった。その手にはサンドイッチが乗せられた皿を持っている。

「丁度いい。おまえの話し相手が来てくれたぞ」
「おや。珍しく歓迎ムードですか」
「…………」
「ちょっと名前さん帰ろうとしないで」

 嬉しそうに笑顔を向けてくる安室に対し呆れた視線を送った名前はそそくさと事務所を出て行こうとした。もちろんそれを見過ごさないのがコナンだ。小さな手が反射的に上着を掴んだことで名前はその場に留まるしかなくなった。暫し二人は目線を合わせ、そして未だにドアの前に立っている安室へと視線を向ける。不思議そうな顔をする彼はポアロのエプロンを身につけていた。おそらく差し入れのサンドイッチを毛利小五郎に持ってきたらしい。しかし事務所の主人は留守にしている。ならば彼はすぐに店へと戻るだろう。コナンと名前は口に出せずとも各々共通の結論に至った。

「仕方ねぇ。ちょっとだけだぞ」
「わーい」
「よく分かりませんが、面白そうなので僕も混ぜて──」

 安室の言葉を遮るようにしてタイミングよく事務所の電話が鳴り響いた。いつもなら小五郎が不在の際は娘の蘭が電話を受けるが彼女も出掛けていて今日はいない。もちろん探偵事務所とは関係のない名前が出るわけにもいかないため消去法的に残されたコナンが電話の置かれたデスクへと近づいていく。だが受話器を取ったのはコナンではなく安室であった。
 名探偵の毛利小五郎は留守にしていると相手に伝える安室だったが、その言葉を最後まで言い切る前にそれまで柔らかかった表情を引き締めた。そしてスピーカーのボタンを押すと相手の声をコナンたちにも聞こえるようにした。ノイズの混ざる加工された声。その声が事務的に、そして淡々と、述べていく。
 
『──に爆弾を仕掛けた。午後三時までに私を捕まえることができなければ爆発する。私は──』

 それは犯行予告だった。コナンがちらりと時計を確認すると犯行までに残された時間はわずか二時間ほど。電話の主は警察に連絡をしたら時間を待たずに爆発させる旨を一方的にこちらへ伝えると通話を切ってしまった。受話器を戻した安室はすぐにエプロンを外しながら「車をまわしてきます」と事務所を出て行く。それを見送った名前は傍に立つ小さな探偵を見下ろした。

「イタズラじゃねーのか」
「分からない。もし本当なら大変なことになる。だから、確かめないと」

 そう言って真剣な面持ちで見上げてくるコナンの瞳に、自分も行かなければいけないのかと察した名前は軽い溜め息を一つ。二人は事務所を飛び出し、ポアロ前の路肩に停まった白いFDに乗り込んだ。


 ────段ボール箱から慎重に取り出した時限爆弾を見下ろした名前はポケットに入っているライターを無意識に握る。
 犯人が電話で告げていた場所へ辿り着いた三人は騒ぎにならないよう別れて爆弾を探していた。だが犯行時刻まで一時間を切った時、大勢いる客の中の一人が大声で「爆弾だ!」と叫んだのだ。動揺は波のように広がり、それを助長するかのようにショッピングモールの出入り口のシャッターが閉まっていく。おそらく犯人が警察に介入されないように取った策か、もしくはたちまちパニックに陥った人々を見て楽しんでいるのか。どちらにしても胸糞悪いやつだと名前たちは顔を顰めた。
 爆弾の見つかったこのホールにも不安で動けない人が多くいる。ひとまず二人は警備員にこの場から皆を遠ざけるように頼んでから爆弾の解除に取り掛かった。必要な道具を持ち合わせていなかったコナンだったが、名前がいつの間にかモール内にあるアウトドア用品店からマルチツールを拝借していた。

「泥棒はいけないんだよ」
「今は非常事態だろ。あとで返すよ」

 マルチツールのドライバーを使いネジを一つずつ外していき慎重に蓋を外す。バッテリーやタイマー、そして爆弾に繋がった配線が収められた中身にプラスチック爆弾だ、とコナンが呟いた。そこに着信音が鳴り響いた。コナンのスマホだ。相手は別れて爆弾を探していた安室からだった。

「爆弾は見つけたよ。うん、大丈夫────安室さん、犯人の手がかりを見つけたって」
「そうか。なら、お前は早くあの人と合流して犯人を追いかけろ」
「でも……」

 ドライバーからハサミに入れ替えて配線の一つをカットした名前は、言葉を濁して僅かな迷いを滲ませるコナンと目を合わせた。どこか力強い瞳を向けられ、たったそれだけでこれまでの事件を思い出したコナンは口元に笑みを浮かべる。だから名前を連れてきたのだと。

「行け、江戸川」
「わかった。頼んだよ名前さん!」

 一方の名前も、だから自分を連れてきたのだろう、と口には出さないがそう思っていた。爆弾解除に関しては一般人よりも扱いに自信がある。本職に比べたら劣るだろうが今まで関わってきた事件の中でコナンに感謝はされど責められたことはない程度だ。走っていく足音が遠ざかり、名前はポケットからシルバーのジッポライターを取り出して爆弾の隣に置いた。

「教えて貰ったこと、ちゃんと全部覚えてるよ」

 そう言って小さく笑い一呼吸すると、脳裏に解体図を思い描いてマルチツールを握り直した。

 ホールから離れたコナンは出入り口がなく客の少ない三階へと続くエスカレーターを駆け上る。先ほど電話で聞いた場所へと向かっている途中、吹き抜けを挟んだ反対側の通路を走る安室を発見した。吹き抜けの途切れる場所まで行き合流すると安室は僅かに目を見張った。

「コナンくん、爆弾は?」
「名前さんが対応してくれてる」
「なんだって!? 彼に任せて大丈夫なのかい」
「大丈夫。爆弾解除に関しての腕と知識は確かだよ」

 まるで自分のことのように自信あり気に言う小学生を相手に一瞬目が眩みそうになる。だがそんな安室を気にする暇もないコナンはすぐに犯人について問う。安室は見つけた手がかりや、探偵事務所に掛かってきた犯人からの電話の内容、そしてショッピングモールでの出来事を整理していき導き出した自身の推理をコナンに伝えた。

「……彼はただの高校生だろう?」

 時間にして短く、一寸の間を置いてから、頭の中でこれまでの情報を整理していたコナンにふと言葉が投げかけられる。顔を上げて安室を見るとその瞳は疑いの色に染まっている。コナンは一度視線を外し考える素振りを見せてからもう一度視線を合わせた。

「昔、お世話になった人から教えてもらったらしいよ。その人は警察官で爆発物処理班にいたんだって」
「過去形なんだね」
「うん。名前さんからはっきり聞いたわけじゃないけど、ボクはその人が三年前の爆弾事件で亡くなった刑事さんだと思ってる」
「……どうして、そう思うんだい」

 反射的にぴくりと目元が反応する。安室はその事件を知っていた。警察学校で共に学び、共に過ごした友人が最期に関わった事件だからだ。公安に所属して以来連絡を絶っていたためか、事の顛末を把握したのは全てが終わった後。知るには遅すぎて、別れを告げるには早すぎた。

「名前さん、観覧車が好きじゃないんだ。大切な人を思い出すからって」

 事件のファイルは何度も読んだ。友人──松田が亡くなったのは観覧車。仕掛けられた爆弾を解除するために単身で乗り込み、次の爆弾の場所を突き止めるためにそのまま殉職した。安室が知っている松田という男の印象は警察学校時代で止まっている。だから亡き親友の敵討ちのために転属を希望していたという記載を読んだ時には松田らしいと思ったものだ。そんな松田が当時中学生であろう名前に爆発物処理の手解きをしていたのか。そんなにも親しい関係にあったのか。安室は予想にもしていなかった。
 しかし傍らに立つ小さな探偵が言うのならきっと本当なのだろう。そうすんなり受け入れられたのは心の中にあった霧が少し晴れた気がしたからだ。


 黄昏時のショッピングモールの駐車場には建物から出てきた多くの人と数台のパトカーや救急車が停まっていた。コナンと共に犯人を捕まえて警察に引き渡した安室は事情聴取を終え、人混みから離れた場所にいる名前へと近づいていく。建物の損壊はなく、巻き込まれた一般客も全員無事。つまり爆弾は爆発しなかった。コナンが信頼を寄せた青年は見事に爆弾を解除させたのだ。実際に現場を見たわけでもないのに解除している姿を想像できてしまうのは松田の話を聞いたせいだろう。
 煙草に火をつける名前の後ろ姿を見ながら、この子に誰かを重ねてしまう瞬間が何度かあったことを思い出す。その度に誰を重ねていたのか疑問だった。それが今日、ようやく解った。

「君にその技術を教えたのは──」

 そこで言葉を止めたのは思い出に浸るようにシルバーのジッポライターを見つめる名前に、こんなことを聞くのは無粋なのかもしれないと感じたからだ。夕日の光を受けてキラリと輝くライター。それに刻まれた文字を安室は知らない。でも今なら何が刻まれているのかが解る。





リクエスト内容:安室がDC夢主が松田と関わりが有ることに気づく話
リクエストありがとうございました。