「蘭さん達は今頃京都ですね」
忙しいランチタイムが終わり溜まった洗い物をしていると横からそんな言葉が聞こえた。
誰が言ったのかなんて視線を向けずとも分かる。
「いいなぁー京都! 私も行きたい」
その言葉に反応したのは俺じゃなく、客の去ったテーブルを綺麗に拭いていた梓だ。
隣で賄い用のサンドイッチを作っている優男は俺に話しかけたのだろうが、生憎と返事をしてやるほど俺はこの男に優しくはない。
それが分かっているのか洗い物から視線を逸らすことなく続ける俺に対し、苦笑したような雰囲気が伝わってきた。
「梓さんも高校の時は京都でした?」
「私はハワイでしたよ」
店内のテーブルを拭き終わった梓がカウンターの席に座り、差し出されたサンドイッチの乗った皿を受け取る。
「あ、でも中学の時は京都行きました」
「修学旅行で海外とは……すごいですね」
「今時珍しくないですよ」
「え、そうなんですか?」
洗い物が済み手を拭きながら顔を上げればタイミングよく安室の顔がこちらに向けられた。
知らん。俺に聞くな。
安室が高校時代を過ごしたのが10年以上も前なのだからそりゃ時代も変わるだろうに。
「君は修学旅行どこ行きました?」
「鈴蘭がそんな行事やると思ってんの?」
旅行先で問題を起こすなんて分かりきっているのだからあるわけないだろ。
そうでなくても校舎の修理費が悲惨なことになってるっぽいのに旅行だ文化祭だにお金をつぎ込むはずがない。
「それもそうでしたね」
用意された賄いの皿を一つ持ちカウンターを周り梓の隣に腰を下ろし、さっそくサンドイッチを食べる。
相変わらず美味い。でも言ってやらない。
口に含んだサンドイッチを飲み込んだ梓が「あっ」と声を上げたのでなんだと思いながら視線を向けると目が合った。
「じゃあ中学の時の修学旅行は?」
問われた内容よりも梓の口元に付いたサンドイッチのソースが気になってしまい、近くにあった紙ナプキンで拭ってやる。
恥ずかしそうにありがとうと言う梓から視線を外し中学時代を思い出す。
「中学ン時は……風邪引いて参加しなかった」
でも後悔はなかった。
高熱を出して寝込んだ俺にあの人は「お前も運がねぇな」と言って貴重な休みを看病のために使ってくれたのだから。
むしろ俺にとっては学校の行事よりも貴重な思い出だ。
しかしそれを知らない安室と梓が信じられないと言った表情でこちらを見てくる。
「まさか、修学旅行の経験が、ないんですか……」
「うそ……勿体無い……」
「なんだよ、ただの旅行だろ」
そんな大げさに言うほどのことなのか、と食べかけのサンドイッチを口に含む。
「チッチッチッ。それがただの旅行とは違うのだよ」
人差し指を立てて楽しそうに梓は修学旅行の魅力を語り始めたが、女子特有の盛り上がりポイントにはあまり共感はできなかった。
友達同士だけで見知らぬ場所を観光できて楽しい、のはまぁ分かる。
だけどなんだよ寝る前の恋愛トークって。先生にバレないように起きてて話すのがそんなに楽しいのか?寝かせてくれよって奴も絶対いるだろ。俺はすぐに寝る派だ。
梓曰く好きな人と同じグループになったことはいい思い出だそうだ。
そういえば工藤は毛利と一緒なのだろうか。旅行前に見たニヤけた表情から察するにそうなのだろうが、きっと今頃はなにか事件に巻き込まれているに違いない。
事件が工藤を呼んでいるのか、はたまた工藤が事件を呼んでいるのか、どちらにせよ忙しい奴だ。
「──! ねぇ聞いてる?」
「興味ない」
「もーせっかく修学旅行の魅力を教えてあげてるのに!」
まるで子供のようにぷんぷん怒る梓に苦笑してお詫びにサンドイッチと一緒に皿に乗せられたデザート用のイチゴを分けてやる。
「でもバイクで数日かけて遠乗りなんかもしているようだから旅行自体は好きですよね?」
「まぁ……それなりに。おい隣座んな」
さり気なく俺の隣に座った安室を睨んでみるがあまり効果はなかった。
甘い笑顔を貼り付け「僕もおしゃべりの仲間に入れてくださいよ」という言葉を無視するように顔を背ける。
「京都には行ったことあるの?」
「何回かな」
イチゴを口にしながら聞いてくる梓に呆れた視線を送れば首を傾げられた。
「前に土産買ってきてやったろ」
「あれ、そうだっけ?」
バイクであちこち走りによく行く俺はもちろん京都にだって行ったことがある。秋の紅葉が綺麗だから写真をお願いね、と頼んできたのは間違いなく梓だ。
まぁ京都以外の土産もよく買ってくるから覚えていないものしょうがない。が、少しムカつく。
「……梓には今度から土産なしだな」
「あー! うそうそ! 覚えてるからこれからもお土産お願いします!」
「たまには僕の分も──」
「なにか言った?」
「いえなにも」