阿笠邸のガレージには博士の愛車であるビートルの他にバイクが二台置いてある。どちらとも俺の所有物だ。
一台は日常的に使用しているオフロードバイク、ヤマハのトリッカー。免許を取得してすぐに買ったバイクでもう二年以上の付き合いになる。学校やバイト、近場への外出にも使用するから日々のメンテナンスは欠かせない。いろいろと傷が多いのは運転が下手なわけではなく同じ学校に通う芹沢という阿呆が無断で勝手に乗り回すからで、あいつとの喧嘩の発端は主にそれが原因だ。車体が頑丈なおかげで買い換えるまでいかないのは助かるが、金に余裕が出来てきたら新型を購入しようかと検討している。
もう一台は趣味のツーリング用に乗車している大型二輪の隼。スズキのバイクだ。これは俺が大型二輪に乗れる年齢になった時に即購入したバイクでまだまだ新顔の綺麗なやつ。それまでバイトで稼いでいた金をほとんど持ってかれてしまう程の金額だが後悔はしていない。フォルムから乗り心地までかなり最高品質で何より一番惹かれたのは速さだ。加速性能とトップスピードの数値を雑誌で見てこれしかないと思った。とある理由でよく遠乗りをするから速さの性能が高いと日帰りでも結構遠くまで行けるからありがたい。何より速さというのは男のロマンなのである。
その愛車二台をガレージから出してさっそく弄り始める。学校もバイトもなんの予定もない日はこうしてバイクを弄るのが俺の過ごし方だ。車でもバイクでも持ち主がどれだけ愛情を込めてメンテするかによって寿命は変わるもので、バイトだけで生計を立てる俺としてはいい状態をキープさせておきたい。もちろんバイクに触るのが好きだからというのが一番の理由ではあるが。
昔は乗り物が好きだった。まぁ男なら皆通る道だな。俺はその中でも働く車ではなくバイクに興味を惹かれた。バイクへ乗るにはバランス感覚が大事だと聞いてよく自転車に乗っていたのを覚えてる。周りの子供に比べて早く補助輪から卒業した俺に対して母は優しく微笑んで「すごいね、これでバイクにも上手に乗れるね」と言ってくれた。きっと俺のバイク好きは母の言葉にも影響を受けているのだろう。
「まるでオモチャを与えられた子供のようね」
そう声をかけられてようやく日が暮れ始めていることを知る。自動的に点灯するガレージの明かりに手元が照らされ、どうりで細かい部分が見え難くなってきたはずだと気付く。集中していたせいで声をかけられるまで全く気にならなかった。左手首に嵌められた真新しい腕時計で時間を確認して立ち上がり、声をかけてきた哀を振り返る。
「わりぃ、夕飯今から準備する」
「下準備は私がやっておいたから慌てなくていいわ」
汚れた手をタオルで拭いてバイクをガレージに戻しながら先ほど投げかけられた言葉を思い出す。
「俺、子供みたいだった?」
「あら、自覚がないのね。次から鏡を置きながら作業するといいわよ」
それだけ言うとガレージのシャッターを閉める俺を待たずに哀は家の中に戻ってしまった。バイクを弄っている時の自分の顔なんて当たり前だが見たことないが、どうやら俺は楽しんだ表情をしていたらしい。