バイトを終えて阿笠邸へと帰宅するとなにやら賑やかな声が聞こえた。少年探偵団の溜まり場になっている阿笠邸ではさして珍しいことではないが、今日はいつにも増して一段とご機嫌な様子だ。リビングに入ると大量のヤイバーグッズを前に子供たちが目を輝かせている。季節外れのサンタクロースでも来たのだろうか。という冗談も大方ハズレではないようだ。ヤイバーグッズを手に大喜びする子供たちを満足そうに見ている鈴木がおそらくサンタクロースに違いない。むしろ関係者でもない限り、彼女以外にこんなたくさんのグッズを用意するのは難しい。
ただいま、とキッチンカウンターのスツールに座っている哀に声をかけると「おかえりなさい」と二人分の声が重なって返ってきた。哀の隣に座っている江戸川だ。そこでふと思い出したのは数日前に起こった拉致事件のこと。
「なるほど。あれは活躍した少年探偵団へ鈴木からのお礼の品ってやつか」
「正解。にしても、あいつらあれ全部持ち帰れんのか?」
「もしもの時は博士が車で送るしかないわね」
ヤイバーに興味を示さない見た目だけが小学生の二人から、探偵団が活躍したという事件についてはすでに聞いていた。
数日前、芝浜ビューホテルでは東京で開催されるWSGの協賛企業が集まったパーティーが催されていた。江戸川たちは毎度の如く、鈴木財閥のご令嬢である園子の招待でパーティーに参加していた。俺も声をかけられたのだが残念ながらその日はバイトで予定が合わず断った。そのパーティーでは、今TVで最も話題を集めている真空超電導リニアの紹介もされたと子供たちが興奮したように教えてくれたのを覚えている。真空超電導リニアが開通するのはWSG東京の開会式当日で、スポンサーやWSG協会の関係者、そして抽選で選ばれた一般人が乗車できるらしい。
さて概要は置いといて、その会場で事件が起こったようだ。鈴木財閥の会長──園子の父親が拉致されたという事件だ。幸いにもその日のうちに同ホテル内で無事発見され、とくに怪我もなかったようだ。その際、鈴木会長を見つけたのが少年探偵団だった。だから鈴木が子供たちのためにヤイバーグッズを贈ったのはその時のお礼というわけだ。
「実はあともう一つありましてー……」
しかしどうやら鈴木が用意したのはそれだけではなかったらしい。溜めに溜めて「ジャジャーン!」と取り出したのは六枚の封筒。何それと子供たちは首を捻っているが、いつもの流れから察するにあれは真空超電導リニアの乗車チケットだろう。
「これはねー……今、全国で募集してる真空超電導リニアに乗れるプラチナチケットでございまーす!」
という俺の予想は見事的中していた。
「えー! すごーい!」
「やるな園子様!」
「ありがとうございます!」
鈴木財閥の持つ会社がWSG東京のスポンサーだとしてもチケットを六枚も用意するのは大変だったろうに。元太の真似ではないが、さすが鈴木園子様だな。だが、今この場にいるのは俺を含めて九人。そしてチケットは六枚。つまり乗れない人が三人出てくるってことになる。まぁ俺は興味ないから残りは二人だけど。
「俺はパス。前日に夜勤のバイト入れてるから多分その日は寝てる」
「じゃあワシが名前くんの代わりとして──」
「博士は大人だから辞退が決まってるわ」
「え!? そんなぁ〜〜〜!!」
鈴木にすっぱり切られてショックを受けた博士がキッチンカウンターに突っ伏した。そもそも博士はリニア開通の日に学会の発表会があるのだからどのみち乗れないだろうに。と言うと可哀相なので追い打ちはかけないでおく。
その後、博士のクイズに答えられた者が真空超電導リニアのチケットを獲得できるということになった。最初に哀と江戸川が答え、次にヒントを経て毛利が正解に辿り着く。残るは探偵団の三人と鈴木だ。すでに答えが解っている様子の鈴木は何度もヒントを繰り返し、悩んでいるふりをして子供たちに答えさせようとしている。声に出しているのはもうヒントではなくほぼほぼ答えなので、光彦を筆頭にようやく三人は正解を言い当てた。世の中そんなに甘くない、なんて厳しいことも言うが彼女も十分子供たちに甘い。なにしろ最初からあのチケットは子供たちのために用意していたに違いないのだから。
無事チケットを獲得した子供たちは大喜びで、その様子に鈴木も満足そうであった。
「お前ら気をつけて帰れよ」
「はーい!」
「毛利たちもあんま遅くまでフラフラすんなよ」
「それ、苗字さんに言われても説得力ないわよね」
「たしかに……って違うんですよ今のは! も、もう行くよ園子!」
嬉しいこと続きで興奮の冷めない子供たちが帰路に着くのを見送り毛利たちとも別れた後、工藤邸の前に停まった車に駆け寄る江戸川に目を向けた。一度こちらを振り向いた小さな探偵が何か声を発する前に俺は軽く手であしらうような動作をし、そのまま阿笠邸へと戻った。停まっていた車は赤のスバル。工藤邸に居候している沖矢昴が乗っている車だ。
WSG東京のスポンサーである鈴木会長が拉致された事件の犯人はまだ特定されていない。哀の話によれば鈴木会長以外にもスポンサーをしている企業のお偉いさんが同じように拉致されたことがあったようだ。同様の手口ということはおそらく同一犯の仕業だろうと。そしてWSGは国際的なスポーツ大会だ。もし過去のWSGでも同様の事件が起こっていたとしたら。もしそれが米国だったとしたら。
阿笠邸の二階の窓から外を見ると、沖矢の車が走り去った後を一台のベンツが追うように通り過ぎていった。反射で車の窓から中は見えなかったが乗っていたのはFBIの捜査官だろう。事件が起こったタイミングや状況を考慮するに、江戸川に接触したのは沖矢昴としてではなくFBI捜査官である赤井秀一として、が正しい。あのまま江戸川につられて行っていたら俺まで厄介な事件に巻き込まれる羽目になっていたのか。そう想像するだけで眉間にしわが寄っていくのが自分でもよく分かった。
七月二十四日。WSG東京の開会式当日であり真空超電導リニアが開通する日。俺は不本意にも名古屋にいた。そう、リニアの出発点である名古屋にだ。正確に言えば名古屋国際空港の駐車場のようだ。助手席の窓から見える案内看板から運転席へ視線を向けるがそこには誰もいない。目が覚めた時にはここにいて、俺を連れてきた張本人の姿はすでになかった。全く状況が飲み込めない、ということがないのが唯一の救いだろうか。結局巻き込まれたのだ。FBIの関わる事件に。
誰もいないのをいいことに我慢することなく欠伸をする。この車の持ち主である運転手がきちんと安全運転をしたのなら、睡眠時間はざっと四、五時間ほどだろう。ポケットに入れたままだったスマホを取り出すと何通かメッセージを受信していた。全て哀からだ。帰らないのならその旨連絡しろ。子供たちはヤイバーショーへ向かった。私は名古屋に行く等々。
「あー鈴木に詫びの連絡入れとかないと……あ? 名古屋?」
確認のためもう一度最後のメッセージを表示させる。そこには間違いなくリニアに乗るから名古屋へ行くという文面があった。確かに哀はヤイバーに興味はないが、だからと言って絶対何かが起こるのは確実のイベントに参加するなんてどうしたというんだ。事前に知っていたらそっちに同行したというのに江戸川と二人して黙っていたのか。バイトから帰ったら寝るという言葉を覚えていて変な気を遣ったのかもしれない。俺をここに無理矢理連れてきた奴のように図々しくしても構わないのに。
ひとまず俺が名古屋にいることは伏せながら各々にメッセージを送っているとようやく運転手が姿を見せた。スマホで誰かと話しているらしいが車に乗り込んできてすぐに通話は切られた。相手が誰かなんてだいたい想像がつく。
「江戸川か?」
「ん? ようやく起きたか。ブラックでいいな」
「夜勤明けの人間を無理矢理引っ張ってきたくせに、文句は言わせねぇからな。どうも」
まるで道中寝ていた俺が悪いみたいな言い方をしながら缶コーヒーを差し出したのは、見た目と声を大学院に通う学生と偽ったFBI捜査官の赤井秀一。今朝早く、夜勤のバイトを終え帰宅した俺を一緒にドライブでもどうですかと誘い出した男だ。もちろんその誘いは断ったのだが結果はこのとおり失敗に終わった。
赤井から受け取った缶コーヒーを半分ほど胃に流し込んだところで、どうして俺をここへ連れてきたのかという疑問が再浮上した。運転席に座り缶コーヒーを口にする男はいつまでたっても何も話さない。迷惑極まりない奴だ。きっと俺が事件のあらましをすでに知っていると思っているのだろう。腹立つことに、残念ながら、情報はすでに記憶の中にあるのは事実。お互いに相手の出方を待っていても埒が明かないと、中身の半分入った缶をボトルホルダーに置きながら沖矢の仮面を被った赤井に視線を向けた。
「今回の事件が十五年前にアメリカで起きた事件の模倣犯なんじゃないかってことは江戸川から聞いてる。だからあんたら──」
「あぁ。FBIが犯人を捕まえなければならない」
ちらりとこちらに視線を向けてそう言い放った赤井の声音は、すでにそれが決定事項であるかのような確信的なものだった。そこで気付いたのは後部座席にある大きめのバッグの存在だ。何度か見たことのあるそれはおそらくライフルバッグだろう。
「……捕まえる、ね」
凶悪犯を相手にした警察が犯人を撃つことは、銃社会の国では普通だ。犯行を止めることと捕まえることは必ずしも同義ではないが、彼らの行いに口を挟むほど俺も馬鹿じゃない。それに、江戸川に事件の協力を申し出た時点であいつがFBIの決断を黙って見過ごすはずはないのだ。どんな状況になろうがきっと赤井の思い描く結末にはならないはずだ。
「ところでなんで俺を」
ここへ連れてきた。そう続けるはずだった言葉は赤井のスマホに着信が入ったことで遮られた。
暫く会話を続けた後通話を切った赤井は、今度は別の誰かへと電話をかけた。おそらくFBI捜査官の誰かだろう。先ほどの着信は江戸川からで、俺には赤井の声しか聞こえてないわけだから状況の半分ほどしか理解できていない。なかでも引っかかった単語は『証人保護プログラム』『名前』『FBI』『USMS』だ。今回の犯人が十五年前の事件と関わりがあると仮定し、FBIまたはUSMSのどちらかと司法取引をし名前を変えた可能性がある。という流れだろうか。その確認を他の捜査官に頼んでいるようだ。
「どうした?」
「どうした、じゃねーよ。さっさと俺にも情報の共有をしろ。断るのはなしだからな」
通話を終えてもなかなか何も話そうとはしない赤井をじっと睨むように見ていれば、何食わぬ顔で首を傾げられた。話したくないのか、話せないのか。どちらにせよ俺の反応を楽しんでいるのは間違いないだろう。しかし勝手に巻き込んでいるのだから話せないなんて言わせるものか。不満を一ミリたりとも隠さずにいれば赤井は苦笑を漏らし、俺の知っている情報を補足するように現在の状況を話し出した。
だいたいの話を聞き終えて改めて思ったのは俺がここにいる意味はなんだ、ということだった。江戸川の手助けをしろと言うのなら解るがそうではないらしい。そもそも参加者の受付はすでに終わっているから合流するのも困難だ。犯人が無差別に被害を広げるような奴なら無理にでも乗り込むが、過去の事件の模倣犯ならターゲット以外は狙われないはず。自ら危険に飛び込むことさえしなければ哀は大丈夫だろう。少し心配ではあるが。
ならば赤井の手助けか。この男にそんなものが必要だとは思えない。確かにいくつかの事件でサポートのような手伝いをさせられたが、今回の口振りでは必要というわけでもなさそうだ。他の可能性を上げるとすれば犯人が逃走した場合に別れて追跡するため。だがそれだと今の俺には足がない。半ば強制的に連れてこられたせいでバイクがないのだ。まぁバイクさえあればすぐに帰っているだろうから赤井としては正しい判断なのだろう。
「君を連れてきたのは退屈凌ぎに話し相手が欲しかったからさ。君は寝ていたがね」
「ハッ、嘘が下手すぎる」
「手厳しいな」
そのあまりにも赤井らしくない言い訳に鼻で笑う。悩んでいる自分がアホみたいに思えてきた。
「だいたい、暇つぶしのために会話を楽しむような仲でもないだろ。俺に何をやらせる気だ?」
「そう答えを焦るな」
不貞腐れたようにシートへ深く座り込み、ボトルホルダーから取った飲みかけの缶コーヒーに口をつける。まるで拗ねた子供みたいな態度だと言われそうだが相手がこの男なのだから仕方がない。あまりにも完璧で余裕を持った大人。赤井はハンドルに肘を乗せて寄りかかりながら、変装で細めていた目を開き全てを見透かしたような瞳を向けてくる。正直、こういうところが苦手だ。
「今すぐ動いてもらいたいわけではない。そうだな……君は保険のようなものだ」
「……なるほど。じゃあその保険が使われないことを祈るよ」
「さて、事がそう上手く運ぶかな」
「不吉な事言うんじゃねーよ」
再び目元が細められたその胡散臭い顔を剥がしてやろうかと思った。不意を狙っても避けられそうだからやらないけど。
そこでまた赤井のスマホに着信が入った。相手は江戸川のようだが、どうも様子がおかしい。
「どうしたボウヤ!」
少し焦ったような赤井の呼びかけにも返事はない。身を乗り出してスマホに顔を近づけ、耳を澄ませて相手側の様子を探ろうにも妙に静かで物音一つ聞こえない。何かが起こった。シートに座りなおした俺はポケットからスマホを取り出し電話帳を開いて哀へ電話をかけようとした。その時、車のドアが勢いよく閉まる音と急発進するタイヤの擦れる音がコンクリートを反射して響いた。後ろだ、と赤井と同時に振り返ると黒い車が駐車場だというのに猛スピードで走っていくのが見える。反射的にシートベルトを掴んで勢い良く引いた。
「ベルトをしめろ」
「もうやってる」
言葉と共に赤井はマスタングのエンジンをかけ発進させた。時間的にもまだ参加者たちはこの名古屋国際空港にいる。そして江戸川からの無言の着信と尋常じゃない様子の車。すぐにこの二つが関連しているものだと確信できた。事件の犯人と思われる黒い車を追うため駐車場の出口へと向かったが、一台のバイクが目の前に飛び出してきたことで赤井が急ハンドルを切った。バイクも同じようにマスタングを躱したおかげで事故は免れたがかなりギリギリだ。
「誰だ!?」
焦りと苛立ちを滲ませたその赤井の声はおそらく相手には聞こえていないだろう。バイクに乗っている二人はどちらもフルフェイスのヘルメットを被っている。顔は確認できない。バイクのライダーはこちら──多分運転席にいる赤井──を一見するとそのまま走り出してしまった。出鼻を挫かれた赤井は軽く舌打ちをして、すぐにシフトチェンジをするとアクセルを踏み込んだ。
急ブレーキの衝撃で足元に滑ってしまったスマホを拾いながら、先ほどのバイクを思い出す。最近よく目にする車種だった。色も、記憶にある人物が乗っているものと同じ。あれはXT400Eアルテシア──世良の乗っているバイクだ。探偵を自称する彼女もこの事件を調べていると考えたほうがいいのか。それともたまたま名古屋に来ていただけか。まぁ、前者の確率のほうが高いな。それにしても後部席に乗っていたもう一人。身長からして中学生くらいの子供のようだったが、あれが江戸川の言っていた"領域外の妹”なのだろうか。
「赤井って妹は一人だけだよな」
「あぁ。それがどうした」
「いや……ちょっと気になって」
言葉の意味をそのまま受け取るのは馬鹿正直すぎるが念のための確認だ。きっと何か意味が含まれていると思われるが俺には全く解らない。こういうのは江戸川の担当だ。今回の件が落ち着いたら聞いてみるのもいいかもしれない。願わくば穏便に事が済みますように。絶対に無理だろうけど。