テレビに映るワイドショーでは先日起こったリニアの事故について特集されていた。事件の内容をよく知りもしないコメンテーターの憶測を聞き流しながらキッチンカウンターのスツールに座る来客に紅茶を出す。ありがとうございます、とティーカップを持ったのは阿笠邸へとやってきた毛利と鈴木である。やってきた、と言うと少し語弊があるかもしれない。今日この二人がここへ来たのは俺が時間のある時に来てくれと頼んだからだ。
キッチンカウンターの内側に用意しておいた紙袋を二つ持ち上げて、片方をカウンターの上に置いた。
「これ、ガキどもの面倒見てくれた礼だ」
目の前に出されたそれにきょとんとする鈴木は少し間をおくと感心したような顔でこちらを見上げてくる。
「苗字さんってこういうところ結構しっかりしてるのよね」
「どういう意味だ」
「あ! これ有名なパティシエのいるお店のケーキじゃない!」
「おい」
「あ、見て園子。これ本店のマーク入ってる。確か本店は名古屋だよね」
隣に座る毛利から紙袋に印刷されている店のロゴを指摘されると、今度はジトッとした目付きを向けられた。忙しいやつだ。
「まさかガキんちょたち私に押し付けて苗字さんも名古屋行ってたわけじゃないでしょうね」
「……バイトでそっち方面に行ったついでだよ」
あの日、本来なら夜勤明けから仮眠をとった後、子供たちをヤイバーショーへと連れて行くはずだった。学会で遅れて合流する博士の代わりとして保護者役は俺と鈴木だったのだが、結果的に彼女の言う通り押し付けた形になってしまった。しかしあれは不可抗力というやつだ。あの時の俺にはどうにもできなかった。寝て起きたら名古屋にいたのだから。そりゃ俺だって事件に関わることなく、退屈と解っていても子供たちに付き合うほうがいい。
しかし駅前にあったからと適当に入った店がまさか本店だったとは。彼女たちが目敏いのか俺が疎いのか。今度からはそういうところも気にして買い物をしよう。そう思いながらもう一つの紙袋を今度は毛利へと差し出す。
「あと毛利にもやる」
「え、私にもですか」
「哀が世話になったからな」
「ありがとうございます。あの時はお土産を買う余裕もなかったから、せっかくチケットを用意してくれた園子になにも買ってこれなくてごめんね」
「ううん、いいのよ。蘭たちが無事だったんだから私はそれで充分よ」
そのまま話題が二転三転し話に花を咲かせる女子高生二人から離れ、ソファで一人テレビを見ている江戸川に歩み寄る。頬や額にはまだあの時負った傷が残っている。事件後、ネットのニュースで取り上げられたリニアの映像を見て驚いたものだ。あれで死人がでなかったのは不幸中の幸いというべきか、奇跡のような運の良さか。ともかく無事でよかった。
それはさておき、俺はこいつに一つ聞きたいことがある。ソファに座る江戸川の隣に腰を下ろすと不思議そうな顔をされた。見た目は小学生といっても中身は高校生の男子。それを相手に普段なら隣なんか座らず対面のソファに座るだろう俺を知っているからこその顔だ。
「蘭たちへの用事ってのは終わったんだ?」
「あぁ。ところで江戸川。お前、赤井に俺を売っただろ」
「え゛……な、なんのことぉ?」
「とぼけんなよ。名古屋で会ったとき全然驚いてなかっただろ」
「き、気のせいじゃないかなー……あ! 光彦たちと遊ぶ約束してたんだった! 蘭姉ちゃん、ボク先に帰るね!」
全然ごまかしきれていない上に雑な逃げ方しやがって。だいたい博士に用があって来たはずなのに博士が帰ってくる前に出て行ってどうするんだあいつは、と予備のスケボーを手にリビングから去る子供を半眼で見送る。だが先ほどの反応でやはり赤井が俺を名古屋に連れていくことを承諾したのは江戸川だったことが解った。おそらくあいつのことだから「名前さんがいいって言ったらね」というニュアンスで伝えた可能性はあるが、赤井の独自解釈により俺は無事誘拐紛いよろしく連れていかれたわけだ。次からは直接本人に許可を取れと二人に文句を言っておこう。
テレビの電源をオフにし、江戸川がいなくなったソファへ横になって花の女子高生の話し声をBGMに一眠りしようと瞼を閉じた。起きたら夕飯の準備をして、壊れたスケボーの修理をする博士の手伝いをして、それから──と考えながらうとうとし始める。しかし俺に安眠の時は訪れなかった。鈴木の思いつきで急遽買い物に行くことになり、暇そうに見えた俺は流されるままショッピングに付き合わされることとなったのだった。
おまけ@
リニアの事件以来、初めて安室とバイトのシフトが被った。昼の繁忙時間を過ぎた店内は常連が何人かいるだけで静かなものだ。溜まった食器を洗っていると隣で新メニューの試作品を作っている男が徐に口を開いた。
「リニア、ひどい事故でしたね」
「らしいな」
きた──と思った。下手に反応しては感づかれるのでいつも通りの返事をする。
「知ってます? あの事件は過去にアメリカで起こった事件とよく似ているんですよ」
「ふーん」
「神奈川でカーチェイスをする二台の外車が目撃されたと聞いています」
「そう」
「僕の推理ではFBIが関わってると思うんですよね」
「へぇー」
予想していた通り、この人はあの事件について調べたようだ。そして俺に探りを入れてきた。だけど無駄なことだ。俺は何も答えない。まず前提として俺がこの人に何かしらの情報を提供することはない。
「苗字くんはどう思います?」
「どうも思わん。皿洗い終わったから休憩してくる」
安室という男のしつこさはすでに知っている。その後バイト中に何度も探りを入れられたが、俺はその全てに適当な返事をするだけだった。そう、いつも通りに。
おまけA
昼のファミレスは賑やかだ。街中でばったりと会った年上の恋人が昼食はまだだと言うことで近場の店を選んで今に至る。美味しそうにハンバーグを頬張るその姿はまるで少年のようだ。今度作ってあげてもいいかもしれない。中にチーズを入れたら喜びそうだな。そう思いながらストローを咥えてアイスカフェオレを飲む。
空になった皿を店員に下げてもらい、食後のコーヒーに口を付けた裕也さんが懐からスマホを取り出した。
「先日の事件を調べていたら神奈川県警からこの映像が届いた」
先日の事件、とはWSG東京に関するあの事件のことだろう。ああいった事件も公安の管轄になるのだろうか。それともあの人からの個人的な指示か。
見せられたスマホの画面には街の監視カメラの映像らしきものが映し出されていた。映像の中を走るのは黒の外車。そして数秒後に小型の原付が走り抜ける。身に覚えがありすぎる映像に動揺することもなく、俺はテーブルに肘を乗せて頬杖にした。
「モトコンポじゃん。珍しい」
「……これは君だろう?」
「俺が持ってるバイクはオフロードと大型二輪。知ってるだろ」
「んんっ……だがこれはどうみても……」
鮮明とは言えないこの映像だけで俺だと見抜いたことにちょっと驚いたが、本当のことを話すわけにもいかない。うっかり喋ってしまっては瞬く間にあの人へと知られるだろう。
「じゃあ俺バイトあるから」
「ん〜……」
俺の返答に納得のいっていない裕也さんを置いて席を立つ。仕事を頑張る恋人へのご褒美と誤魔化してしまったことへの詫びを込めて、気付かれぬよう持ってきた伝票で会計を済ませてさっさと店を出た。さて、慌てて電話をかけてくるのは何分後かな。