2018クリスマス01


 暖かい紅茶の入ったカップをトレイに乗せて賑やかなテーブルへと足を進めれば、こちらに気付いた園子と目が合った。

「苗字さんはもう決めました?」
「なんの話だ?」

 テーブルに二人分のカップを置いてから突然の質問に眉を寄せると蘭が苦笑いを浮かべて「クリスマスプレゼントですよ」と教えてくれた。
 納得したように声を漏らした名前は女ってのは本当にイベントが好きだなと心の中で呟く。声に出してしまえば絡まれるのは分かりきっている。

「苗字さんが彼女にどんなプレゼント渡すのか気になるわぁ」
「いやだから彼女はいねぇって」
「またまたー隠さなくったっていいのよ!」

 残念だが園子が期待しているような“彼女”はいない。
 正義感の強い超がつくほどの真面目でお堅い職業に就いてる”彼氏”ならいるが言ってしまったが最期、根掘り葉掘りまるで尋問のように問い詰められるに決まっている。
 とくにこのお嬢様は恋愛系の話への食い付きは凄まじい。

「はぁ……お前等は決めたのか?」
「うっ……」

 とにかく自分のことから話を逸らそうとターゲットを変えれば園子の言葉を詰まらせたその様子に呆れた視線を向ける。
 店内にあるカレンダーをちらりと見て差し迫る彼女たちにとっての一大イベントまではあと僅かだ。

「なんだまだか。あと1週間くらいだろ」
「分かってますー! でも真さんが喜ぶものが思い浮かばなくて…」
「園子がプレゼントするものなら京極さんはなんでも喜びそうだけど」

 相当悩んでいるのかテーブルに突っ伏してしまった園子に、あぁそれで俺に聞いてきたのかと突然された質問の意味を悟った。

「京極……あぁ、あの武闘派の」

 京極真とは以前一度だけ会ったことがある。急に挌闘技仕掛けてくる奴を忘れるわけがない。
 あの時は園子に絡む不良だと勘違いされたがその誤解はちゃんと解いてある。だとしても迷惑な話だ。
 しかしあんなにも硬派な男がまさか園子の彼氏だとは世の中なにが起こるか分からないもんだな、と自分のことは棚に上げる名前を紅茶の入ったカップをソーサーに戻した蘭が見上げる。

「実は京極さんのほうから園子に告白したんですよ」

 てっきり園子から猛アプローチしたのだとばかり思っていた名前は少し驚いた。

「へぇー物好きな男もいたもんだな」
「ちょっとそれどういう意味よ!?」
「毛利はどうすんだ」
「え、私ですか?」
「私の話は!?」

 名前の発言に勢いよく顔を上げた園子が噛み付いてくるが反応すると面倒だなと蘭へ話を振るが、依然として「もっと私の話聞いてよ!」と声を上げる様子にこれ以上騒がれたら他の客の迷惑になるなと溜息を吐いた。

「お前ちょっと落ち着け。ケーキ奢ってやるから」
「うっそラッキー! 苗字さん素敵!」
「もう園子ったら調子いいんだから」

 あまりの変わりように名前と蘭は苦笑するしかなかった。
 まったく困ったお嬢様だ。
 ようやく落ち着いたテーブルに用意した二人分のケーキを届けると「え、私もいいんですか!?」と少し焦った様子の蘭に遠慮しなくていいと言えばすっかり元気になった園子が当然とばかりに頷いた。

「苗字さんもこう言ってるし遠慮しないで頂いちゃいなよ」
「お前はもうちょい遠慮しろ」
「わー美味しそう! いただきまーす!」

 あからさまなはぐらかし方に肩を竦め、そういえば話の途中だったことを思い出し蘭を見る。

「それで?」

 何について聞かれているのか分からなかった蘭だがすぐにクリスマスプレゼントのことだと思い至ったが切り出しは歯切れが悪かった。
 こっちはこっちで悩んでいるのか。大変だな。

「あー……私はコナンくんに何かプレゼントしようかなーって」
「はぁ?いいのよガキンチョは置いといて」
「でも新一ってばクリスマスに帰ってくるか分からないし」
「連絡してないの?」

 携帯を取り出してメールをチェックする蘭が落胆の息の吐いた。

「一応メールはしたんだけどまだ返事がなくて…忙しいみたい」
「まったく工藤くんったら、恋人たちの特別な日に彼女を放っておくなんて許せないわね」

 まぁ返事をしたくてもできないのだろうと名前が察したのには理由があり、ここ数日のうちにコナンが哀に何度も元の体に戻るための薬をくれと強請っている場面を目撃している。
 哀が理由を聞こうにもなかなか答えないコナンに「薬はあげられないわ」と冷たく突き返すのが当たり前の光景になっていた。
 確かにクリスマスに想い人に会いたいからという理由だけでは哀としても危険な賭けには出られないだろう。

「ま、用意しておくだけでもいいんじゃねーのか」

 それが工藤宛てだろうがコナン宛てだろうが貰う側の人間は一人なわけだし。

「そうよ蘭! クリスマスに渡せなくっても『私はプレゼント用意して待ってたんだからね!新一のバカ!』くらい言ってやりなさい!」
「うーん……それもそうね」
「そうと決まれば今からショッピングよ!」
「えっ! 今から!?」

 いつの間にかケーキを平らげていた園子が勢いのまま立ち上がり驚く蘭に詰め寄った。
 日が短くなってきた季節からか外はもう日が暮れているが時間的にはほとんどの店はまだやっているだろう。

「善は急げよ!」
「まぁあと1週間くらいだからな。悩む時間も含めて早めに行ったほうがいいんじゃねーか?」

 買う物が決まっていないショッピングほど長引くものはないだろうし直前で慌てるよりはいい。
 そう思って気軽に言ったがなぜか今度は名前に詰め寄ってくる園子に足を一歩引いた。

「他人事みたいに言ってるけど苗字さんも行くのよ!」
「は? なんで?」
「やっぱり男性側の意見も必要だと思うのよね」
「いやいらねぇだろ」

 学校帰りにポアロに寄ったというまだ制服姿の二人と一緒に買い物なんてできれば避けたい。
 唯一の救いはここに世良がいなかったことだろうか。さすがに女子高生三人を連れて一緒に歩くのはいろいろとキツい。
 自分も学生服であったのならまだいいが完全に私服だ。しかも今日は自分で言うのもあれだがちょっと不良っぽい感じのファッションなので尚更だ。

「苗字さんが彼女へのプレゼントを選ぶの手伝えるし一石二鳥ね!」
「だから彼女はいねぇって……」

 このままの勢いだと確実に連れて行かれる。どうにかして断らなければ。
 皮肉にも今日のバイトはあと10分程で終わりだ。

「そもそも俺まだバイトあるし」

 しかし彼女達はそれを知らない。
 聞き分けのない子供じゃあるまいしこれで引き下がってくれるはず、だった。

「あ、もう上がっても大丈夫ですよ」
「チッ……」

 後ろから割り込むようにして会話に入ってきたのはシフトが重なっていた安室で、名前は悪びれもせずに舌打ちをする。
 ここに梓がいたのなら窘められていたことだろう。
 なにが楽しいのかにこやかな表情を浮かべる安室に眉を寄せ親指で差しながら園子へ視線を戻す。

「男側の意見が欲しいんならこの人連れてけば」
「僕は閉店までのシフトなので」
「代わってやる」
「いやいや悪いですよ。それに恋人へのプレゼントはちゃんと用意してあげたほうがいいですよ」

 これだよ。こういうところが嫌なんだ。
 声に出さずとも言わんとしていることが分かる。「きっとあいつも喜びますよ」とでも言いたいんだろ?
 そもそもだ。安室が口を滑らさなければ園子達に恋人がいることを知られるなんてことはなかった。
 名前自身別に隠していたわけではないが言う必要もないと思っていたし知られると面倒なことになりかねないと判断して言わなかったのに、安室という男にあっさりと暴露されてしまった。

「ほら安室さんもこう言ってることだし行くわよ!」

 ガシッと腕を掴まれてしまい溜息を吐く。

「そもそもクリスマスはバイト入れてるから会わないし、プレゼントを貰って喜ぶような歳でもねぇから」

 いや、多分あの人なら喜んでくれそうだがわざわざクリスマスを託けなくてもいいだろう。

「名前さんクリスマスもバイトなんですね」
「あぁ、時期的に稼ぎ時だからな。来週からクリスマスまで駅前のケーキ屋で臨時バイトすんだよ」
「げ……それってケーキ売り切らないと終わらないやつじゃない……」

 前のバイト先であるそのケーキ屋の店長から人手が足りないと連絡を受け、どうせあの人は仕事だろうし暇になるくらいなら稼ぐかと思い引き受けたのだ。
 こうして前もって予定を入れておけば当日探偵団に絡まれて面倒事に巻き込まれることもないだろう。

「恋人と逢う約束とかしてないんですか?」
「別にしてねぇな。仕事だと思うし、逢う時間もねぇだろうな」
「もう蘭も苗字さんも欲がないんだから! いいわ、買い物行きましょう!」

 最初から買い物行く気だったろうが。これはもう断れない流れなのか掴まれた腕は未だ離されないままだ。

「結局行くことには変わりないのね」
「自分へのクリスマスプレゼントを買うのよ!」
「余計寂しいやつじゃねーか」
「お黙り! いいから行くのよ!」

 これ以上言っても聞き入れてはくれないだろうと諦めて用意してくるから待ってろと言い残しバックヤードに入る。
 エプロンを脱いで荷物の中にあった携帯を見るがとくに通知はない。
 やっぱり、わざわざ用意する程でもないよな。




「ねぇこれなんかどうかな?」

 人が混み合う百貨店内にある店舗で蘭は後ろを振り返った。
 彼女が手にしているのは子供用のセーターで誰用なのかは一目瞭然だ。

「いいんじゃない」
「いいんじゃねーの」

 だからなのか振り返った先にいた二人の反応は薄い。

「もう二人とも適当に返事しないでよ!」

 これにはさすがの蘭もちょっと怒ったのかムッとした顔になりセーターを綺麗に畳んで元の場所に戻してしまった。
 名前と園子は少しだけ視線を合わせて困ったように笑うしかない。

「江戸川のことだから毛利から貰えたらなんでも喜ぶだろ」
「そうよ。ガキンチョのなんて適当に選んでも平気よ」
「でもコナンくんにはちゃんとしたものプレゼントしたいし」

 コナンが これを聞いたらさぞかし喜ぶだろうなと他人事のように思っていた名前だったが、あまりにも蘭が悩んでいるのでちゃんと考えてやることにした。
 と言っても小さな友人が欲しがりそうなものなんて付き合いがそんなに長くない名前には在り来たりなものばかりしか思い浮かばない。

「推理小説とかは? あいつ好きだろ」
「うーん……やっぱりそういうほうが喜ぶのかなぁ」

 そりゃ喜ぶだろうな。好きなものを好きな子から貰えるのだから当然だろう。
 クリスマス後に惚気られる予感がしてならない。暫くは会うのを控えるか。

「それより旦那には何プレゼントするのよ」

 名前まで真面目にコナンへのプレゼント選びに参加してしまったのを見かねた園子が本題を切り出した。
 百貨店を歩きながらいろんな店舗へ目を向け気になったものがあれば立ち止まる、それを繰り返していたがなかなか決まらない蘭は同行してくれた名前に意見を貰おうと隣を見上げる。

「名前さんなら何をプレゼントされたら嬉しいですか?」
「俺は別に……貰えるんなら基本なんでもいいけど」
「全く参考にならないわね」
「悪かったな」

 基本的に物欲意識の低い名前はやっぱり一緒に来ても意味なかったんじゃないかと思い始めていた。
 何をあげたら相手が喜ぶのか。
 用意する予定はないが店に来ていろんな商品を見るとあの人は何を貰ったら喜ぶのかを無意識に考えてしまう。
 ネクタイは一番最初に上げたものだ。でもあれはお詫びの品でもある。
 煙草は吸わないから松田さんみたいにライターも必要じゃない。
 甘い物と言っても別にクリスマスじゃなくたっていいだろうし、料理だって普段作っているから特別な要素はないだろう。

「無難にセーターとかマフラーになっちまうよなぁ」
「まぁ奇をてらうよりはマシよね」
「あ、じゃあもし自分に買うとしたら何買います?」
「そうだな……」

 自分へのプレゼント、と言われ最初に思い浮かべたそれを確かめるように指先で耳元を撫でた。
 結局その日は誰もプレゼントを決めることができず帰路に着くことになったのだった。