捜査がひと段落した束の間の空いた時間で遅くなってしまった昼食を部下とともに近場の定食屋でとっていた。
テーブルの向かいに座る部下が茶碗を持ったまま店内を見渡すと何かに気付いたのかそれをじっと見ている。
「もうすぐクリスマスですね」
その言葉に同じく視線を向ければ店内の一角に小さなツリーが飾られており、仕事の忙しさですっかりそういったイベント事を忘れていたと気付く。
だからと言ってとくに支障はない。犯罪を取り締まるのにクリスマスは関係ないのだから。
「風見さんはどうするんです? やっぱり彼女さんと会ったりするんですか?」
そう部下から言われて初めてここ1ヶ月ほど連絡を取っていないことを思い出す。
仕事柄休みを貰うことも不定期で事件の案件を抱えてしまえば全て終わるまでは働き詰めだ。普段の連絡も風見からするほうが圧倒的に多いのはそういったことが理由の一つでもある。
名前もそれを理解しているからか連絡がない期間が長くなることはよくあることだ。
彼の性格からしてクリスマスだから会いたいと言ってくることはまずないだろう。
「その日は当直の予定だ」
「うわぁ……悲しいクリスマスですね」
同情するような目を向けられて内心少しだけムッとなってしまったのは内緒だ。
風見としても本心では会えることなら会いたいし、名前からもっと欲を引き出したいと思ってはいる。だが現実的に見てそれは難しい話だ。
「そういうお前はどうなんだ」
人のことを哀れんでいるのだからもちろん部下は充実した予定が入っているのだろうな。
いや待てよ? 確かこいつ数日前に彼女にフラれたと言って大事な報告書を涙で汚していなかったか?
下がってきていた視線を恐る恐る上げると目の前にはニコニコと笑う部下の姿がそこにはあった。
「あ、気になります?」
「……聞かないほうが良さそうだな」
「えー聞いてくださいよ」
「さっさと食べないと時間ないぞ」
どうせ愚痴るだけだろうと踏んで会話を断ち切るように中断していた食事を再開させると、渋々と部下も箸を進める。
この後も仕事の予定がぎっしり詰まっているし部下の愚痴はまた今度飲みにでも連れて行ってやろうと考えていたところ、黙々と食事を続けていた部下が突然「あっ」と声を漏らした。
「どうした?」
「じゃあプレゼントとかも用意してないんですか?」
「またその話か」
風見の中ではもうクリスマスの話は終わっているものだとばかり思っていたのだが部下は違ったらしい。
呆れた目線を向けても部下は気にしていない様子だ。
「風見さんって律儀っぽく見えて実はイベント事に興味なさそうですから心配してるんですよ」
余計なお世話だ、と言いたいのをグッと堪える。
「こういう仕事をしてたらいちいち考えてられないだろ」
「まぁそうなんですけど。でもクリスマスって言ったら恋人達の一大イベントじゃないですか」
「そうらしいな」
世間一般の恋人達にとってはそうなのだろうが風見にとってはそうではないため返す言葉も適当さを増していく。
だいたいクリスマスは恋人達のイベントではないだろうに。
「他人事みたいに言わないでください。彼女さん可哀想ですよ」
今度は部下から呆れた視線を向けられて思わず溜息を吐いた。
「お前が想像しているよりもあの子はそういうのに興味を持っていないから大丈夫だと思うが」
むしろ稼ぎ時だからとでも言ってバイトを入れているに違いないし、そうでなくてもきっと子供達の相手をするだけだろう。
クリスマスだからと言ってそこに特別ななにかを感じるような性格ではないような気がする。
「それちゃんと本人が『クリスマスには興味ない』って言いました?」
「……いや」
そう言われると少しだけ不安になってくる。
確かに本人の口から聞いたわけじゃない。もし興味があったら?それはそれで意外な一面を見れるかもしれない。
「会えないならせめてプレゼントくらい用意したほうがいいんじゃないですか?」
「……そうしたほうがいいかもしれないな」
「かもしれない、じゃなくてそうするべきです」
たとえ彼女と別れてしまったとしても最近まで恋人がいた男の言葉には説得力があるな。
まぁ相手が異性か同性かの違いはあるがアドバイスは素直に受け取っておくとしよう。しかしプレゼントってなにを贈ればいいんだ?
仕事帰りにまだやっていた百貨店へと向かい様々な店舗を巡ったがどれもあまりピンとこなかった。
そもそも普段から名前はなにかを欲しいとは言わないからいざ贈り物を選べと言われてもなかなか思いつかない。
もし欲しいものがあるかどうか聞いたとしても「あんたが欲しい」と挑発的な笑みを浮かべて揶揄ってくるはずだ。絶対に。
揶揄われた後の展開が容易に想像できてしまい頬に熱が集まるのを誤魔化すように頭を振った。
「あれ? 風見刑事?」
「っ!? 君は……あの時の」
公共の場で破廉恥な想像をしてしまった自分に疚しさを感じていると突然声をかけられ思わず声が上擦ってしまう。
聞き覚えのある子供の声に振り返って下を見れば以前ある事件で関わることになった恐ろしく頭の切れる少年がいた。
少年──コナンは驚いた様子の風見を見て顔つきが険しくなる。
「もしかして事件!?」
「あ、いや、ただの買い物だ」
今は勤務外だと伝えればコナンはホッとしたように顔を綻ばせた。
「君はこんなところで何してるんだ?」
風見は周りを見渡してみたがコナンの保護者と思われる人物は近くにいないようだ。
たとえ尊敬する上司が事件に巻き込んでまで頼りにする少年だとしてもだ、小学生が一人で出歩いていい時間ではない。
「えーっと……」
「親御さんはどうした?まさか君一人でこんなところにいるんじゃないだろうな」
「アハハ……あ! やべ!!」
無意識に眉を寄せた風見から困ったように視線を逸らし乾いた笑いをするコナンだったが急に焦ったように声を上げた。
その様子に驚いた風見の腕を掴んですぐそばの店舗に入り身を隠すように商品の棚の側へと立つコナンに首を傾げる。
「どうした?」
「ちょっと風見刑事も隠れて!」
「一体なんなんだ」
急かされるように腕を引かれて困惑したままコナンの隣に立つと、彼はじっと向かいの店舗に目を向けているようで風見もその視線の先を見た。
「あれは……」
そこには制服姿の女子高生二人と一緒にいる名前がいて、商品を手に取りながら楽しそうに話していた。
女子高生側の子にも見覚えはある。毛利小五郎の娘とその友人でこの少年とも関わりがあることも知っている。
「蘭姉ちゃん達、今デート中なんだって」
「そうか」
なるほど、デートか。
ポアロでバイトしている名前がその上にある探偵事務所の娘と知り合いなのはなんら不思議ではないし、同年代なら一緒に買い物くらいするだろう。
……ちょっと待て。今この少年はなんと言った?
「デート!?」
「ちょ、声が大きいよ」
「す、すまない」
思わず声を荒げてしまい慌てて声を抑えて向かいの店舗に視線を戻すがどうやらバレてはいないようだ。
「しかし、男女比が合わないがあれはデートと言えるのか?」
「……うーん」
至極まっとうな意見にコナンは数時間前の出来事を思い出した。
博士の家から探偵事務所へと帰って来るとポアロの前で蘭と園子が話していて、そこに中から出てきた名前が加わり三人で何処かへ出掛ける雰囲気であった。
走り寄ったコナンの足音に気付いた蘭が振り返る。
『あ、おかえりコナンくん』
『蘭姉ちゃん達どこか行くの?』
『うん。ちょっとお買い物に行ってくるね』
いつもなら「気をつけてね」と一言声をかけて見送るが今日はなぜか名前も一緒にいてコナンは不思議に思わずにはいられなかった。
今までの経験上こういう場合、名前は真っ先に断るタイプだとコナンは分析していたからだ。
『……名前さんも一緒に?』
『仕方なく、な』
その証拠に名前は疲れたような困ったような表情を浮かべている。
どうして彼が断りきれなかったのか、なぜ蘭や園子と出掛けることになったのか、知りたくて知りたくて仕方がない。
『ボクも一緒に行きたい!』
気になるのならついて行ってしまおう、と思ったのだが。
『私達これからデートだからガキンチョは来ちゃダメよ』
『え!? で、デート!?』
『ごめんね、コナンくん。お夕飯までには戻るから』
園子が言っていることだけなら冗談で済まされるが蘭にまで待っているよう言われてしまい驚きに動きが止まるコナンを呆れた目で見る名前が溜息を吐いた。
『おい江戸川、いつもみたいにもっと粘れよ』
『はいはい苗字さん行きますよー』
あまり乗り気ではない名前の腕を逃さないように掴んだ園子に引っ張られて歩いていく後ろ姿を、コナンはただただ見ているしかできなかった。
しかし気になるものはとことん追求する性分なためすぐに気をとり直し、こうしてこっそりと後をつけているというわけである。
「名前さんは無理矢理連れてこられたって言ったほうが正しいかも」
「……そうか」
風見はホッと息を吐いて向かいの店舗にいる名前達を覗き見るのをやめ本来の目的を思い出す。
結局何をプレゼントするのかまだ決めていない。明日からもまだ仕事は忙しくなりそうだし買うのなら今のうちに決めておきたいのが本音だ。
ちょうど目の前にある商品の棚を見れば暖かそうなマフラーや手袋が置かれている。
寒いのがあまり好きではないと前に聞いたことがあるし無難にこういったもののほうがいいのだろうか。
しかしマフラーも手袋もきっと彼は持っているだろうし今更必要ないかもしれない。
「あ、移動するみたい。行こう風見刑事」
「え、私もか?」
「早く行かないと見失っちゃう!」
「こら、待ちなさい」
商品を片手に悩んでいる風見の服を軽く引っ張るコナンに急かされ持っていた商品を戻し、店内だというのに駆け出す子供を見失わないように慌ててその後を追いかける。
そうして暫くの間二人は店員に怪しく思われながらも三人の様子を盗み見ていた。
「なんかほんとにただ買い物してるだけみたい」
「そのようだな」
どこからどう見ても普通にショッピングを楽しむ若者達にしか見えない光景にさすがのコナンも諦めたのかそろそろ帰ろうかな、と呟く。
流れで付き合わされてしまった風見はその様子に困ったように笑ってふと思い出す。
「そうだ。君は苗字と仲が良かったんだったな」
「うん、仲は良いほうだと思うよ」
「その……彼が今欲しがっている物とか、分かるか?」
「名前さんが欲しがってるもの?うーん……」
子供に頼ってしまうのは情けないが常日頃から名前と関わりのある少年がなにか知っていればぜひとも聞いておきたい。
風見には言えなくても小さな子供相手にはうっかり言っている可能性だってあるのだから。
「分からないや」
「……そうか」
しかし返ってきた答えに落胆するしかない。結局は振り出しに戻ってしまった。
「でもどうして風見刑事が名前さんの欲しい物なんか知りたがるの?」
名前と風見の関係を知らないコナンにとっては当然の疑問だろう。だからと言って関係性を暴露するほど風見は愚かではない。
「え……あー、その……彼には以前助けてもらったことがあったからお礼に何か贈ろうと思って」
「ふーん」
事実を交えたとはいえ自分でも苦し紛れの言い訳だなと思い苦笑した風見はもう一度名前のいる方へと視線を向けた。
蘭と話している名前が自分の耳元に触れた時キラリと光を反射したそれに風見は脳裏で一つの妙案を浮かべた。