ボーダーの施設には喫煙ルームが設けられている。以前はどこでも吸えたらしいが隊員の多くが未成年なこともあり設置された。つまりこのブースに入れるのは成人した者のみということになる。しかしとくにセンサーなどがあるわけではない。使用するかどうかはそれぞれのモラルに委ねられている。
彼はいつも口煩い大人の目を避けてはここへ来ていた。そして今日も。壁に背を預けながら煙草を咥える姿は高校生だというのに様になっていた。顔の造形がいいとなんでも似合ってしまうものだ。大人として彼を注意しなければならない立場ではあるが、あの根付さんが注意をしても辞めないあたり他の誰が言っても無駄だろうと諦めている。
「根付さんは最後まで反対していたよ」
「そりゃするだろ。俺の性格一番知ってるんだし」
そういうわけじゃないんだけどな、とはさすがに言葉にしなかった。同じように壁に寄りかかり、煙草の煙を吐き出す。つい三十分ほど前まで彼はメディア対策室にいた。A級部隊の提出した選抜試験臨時部隊の成績順予想を元に行った評議を終えた根付さんを問答無用で連れて行き、試験参加への文句をぶつけていたらしい。彼の気持ちも解らないでもない。だが自分はどちらかというと根付さんへの同情のほうが強かった。
苗字名前を選抜試験に加えると言ったのは城戸司令だった。実力のある者を遊ばせておくほどの状況ではない、というのが理由だ。これに反対したのが根付さんだ。言葉の上では彼の実力を知るためだと言うが、その実使えそうであれば遠征に向かわせるという城戸司令の考えに気付いたのだろう。随分と粘っていたが結局は受け入れた。その時の表情を知っているからこそ彼には根付さんの気持ちを少しでも解ってほしい。だがここで自分が口を出すのはルール違反のような気がした。
「心配する必要なんてないのにな」
咥えていた煙草を指で挟み口から離した後、少し間を置いて彼は呟いた。独り言のようなその呟きに驚く。そして思い出すのは彼の勘がとても鋭いということだ。
「俺は遠征なんて行けねーし、そもそも行く気はない」
「万が一の可能性はあるんじゃないか。そのための選抜試験だ。その万が一を根付さんは気にしているんだよ」
「真面目にやってもやらなくても、俺はあの人の悩みの種なんだな」
小さく息を吐くようにして笑ったその様子は、傍からするときっと自嘲しているように見えるのだろう。でも私には、細められた目元から滲み出る感情がよく見えた。難しい年頃というより難儀な性格をしているな、彼は。根付さんの心情を察していてなお本人には気付かせない。小さな子供が両親の注目を集めたいという純粋な気持ちとよく似ている。そう、今の彼はとても────
「嬉しそうだね」
しまった、と思った時にはもう遅い。彼の瞳がゆっくりと向けられる。探るようなその目はまっすぐで揺るがない。昔から言うだろう。人の恋路を邪魔する奴はって。今は恋の話ではないが似たようなものだ。踏み込んではならないラインを一歩、超えてしまったのかもしれない。綺麗な瞳は怒りもなく静かなものだった。そのせいでこちらからは彼の考えを読むことはできない。
暫しの間沈黙が続いて苗字くんが視線を外した。もう一度煙草を咥え、吸って、吐き出す。
「あの人、俺に甘すぎなんだよ。そこんところ、あんたが突っ込んどいて」
そしてスタンド灰皿に煙草を押し潰すとそのまま喫煙ルームを出て行った。一人残された私はまだ半分も吸っていない煙草を灰皿に押し付けて天井を仰いだ。だからあの二人は、ある意味でうまいこといっているのか。もし彼が他のボーダー隊員のように素直であったならきっと根付さんもここまで贔屓目になることもなかったはずだ。なんて難儀な関係だろうか。