特別課題@


 彼を試験に参加させるのは気が進まなかった。ボーダーの活動をバイト感覚で行っていること。個人ランク戦に真面目に参加していないこと。そもそもチームを組んでいない隊員であること。それらを理由に難色を示しても決定権を持つ人物が意見を曲げることはなかった。不真面目な態度と実力はイコールではない。確かな戦力としてその実力を見定める必要がある。という城戸司令の言葉の先にある知略を見抜けないほど愚かではない。だからこそ反対を押し通したかった。個人的な感情だと指摘されてしまえば、否定はできない。

『試験って言えば聞こえはいいよな』

 嫌というほど無意識に耳が拾ってしまうその声は、おそらくずっと自分が気にかけているせいだろう。切り替わったモニターに目を向けると特別課題の議題について話し合いをしている一番隊の様子が映し出されていた。チームの隊員が年下しかいないせいだろうか、現状は目立って反抗している様子は見られない。
 試験参加の説得には労を費やした。元々、彼は必要以上に組織に関わろうとしない人間だ。文句は言うが要求はせず、こちらの要望にも応えない。その上今回に限って言えば私個人の譲れなかった情もあった。心の奥底でいっそボーダーを辞めてはくれないだろうかと想いながら彼を説得し、こうして試験に参加させている。

『今んところ空閑の意見が結構しっくりきてる。それに便乗でいい』
『でも、苗字さんなりの意見もありますよね。聞かせてくれませんか』

 手元のPCには随時A級隊員からの評価が表示されていく。彼への評価は増えれば減り、減れば増える、といった具合で安定しない。苗字くんという人間を理解している者はボーダーでも僅かだ。表に出ている表情だけを読んでいては彼の評価は下がる一方だろう。歌川くんはそれを理解しているようだ。しっかりとフォローしている。その旨を評価シートに書き込もうとして指が止まった。いや、フォローさせているのか、彼が。
 もう一度モニターへと目を向ける。考える素振りを見せるように顔を上げた彼の視線がカメラを捉えた、ように見えた。一瞬だったそれは私の考えすぎだろうか。組んだ足に肘を乗せ頬杖をついた彼は冷めた表情を浮かべた。

『上の連中は俺たちをモルモットだと思ってる。本当、気分悪ぃわ』
『モルモット?』
『実験、てことですか』

 空閑くんの疑問にも、歌川くんの確認にも、彼は応えなかった。否定も肯定もしない。だがその表情は確かな答えを述べていた。

『より良き未来のためにってやつだろうな。組織なんてそういうもんだろ』

 今からでも遅くはないんじゃないか。やはり参加させるべきではなかった。いったい、どれだけの人がそれに気づいたのか彼は知らない。PCに表示されていく評価はプラスとマイナス。少しマイナスが多い。真面目に試験に臨むよう指導したのは自分だ。だが、私自身がそれを一番望んではいなかった。

「根付さんはどう思います。彼の意見」

 声をかけられPCから視線を外すと、唐沢さんが操作端末から手を離し煙草を咥えた。モニターには別の部隊の様子が映っている。どうやら歌川一番隊の映像に切り替えたのはこの人だったようだ。なんのために、なんて考える必要はない。私が苗字くんを贔屓目に見ていることは上層部では周知の事実なのだから。この場合の贔屓とはなにもいい意味合いとは限らないが。

「こちらが望むような回答は絶対にしてやらないという気概を感じますねぇ」
「つまり、裏を返せばこちらの思惑を見抜いているってことですか」
「……そこまで考えての発言ではないでしょう」
「まぁそうですね。でも、彼を一番理解しているのはあなただ」

 困ったように笑う唐沢さんから視線を背けて額を手で覆った。粗雑な言葉の陰から覗く彼の考えを見抜けないわけがない。ずっと、互いに素直とは言えない面倒な駆け引きを続けてきたのだ。見ていないようで最奥まで見通してしまう感の鋭さだって身をもって経験している。”不真面目な態度と実力はイコールではない”。全くもってその通りだと思う。
 この映像を後で城戸司令も交えて評価することを考えるとずしりと胃が重くなった。