犬飼とは別に親しい仲ではないから無視してもよかったが、 どうしてもと頼み込まれて仕方なく二宮隊との任務に就くことになった。二宮隊といえばB級トップクラスのチームだ。一方俺はC級に降格しない程度のB級隊員である。通常なら同レベル、又は実力に文句のない人選をするのが一般的だと思う。何を考えて俺みたいな不逞隊員に声をかけたのか、いつもへらへらと必要以上に馴れ馴れしい犬飼の頭の中なんて覗きたくもないがあいつもバカじゃない。はずだ。
防衛任務は初めてではないのでわざわざ二宮隊の作戦室に寄る必要もないだろうと外で待つこと数分、ボーダーの中では珍しいスーツの隊服を身に纏った二宮隊がやってきた。やっぱ何度見てもスーツはないな……。
「犬飼から報告は受けている。足を引っ張るなよ」
「はぁ……」
二宮さんと言葉を交わした数は片手で足りる程度だがこの人が俺を嫌っているのはなんとなく分かった。まぁ俺を嫌う人間はボーダー内でも数多くいるわけだからその内の一人、ということにすぎない。真面目な人間は不良を良しとしないものだ。
「二宮さんが焼肉奢ってくれるって聞きました」
自分を嫌う人間とわざわざ仕事をするのは何かと面倒だ。じゃあなぜ今回犬飼の代わりに任務を請け負ったかといえば焼肉を奢ってもらうためだ。他に理由はない。
「誰からだ?」
「犬飼」
感情の読みづらかった表情が顰められた。ほらみろ犬飼、プライドの高い二宮さんは奢ってくれそうもないぞ。
「……俺は言ってないぞ」
「なら帰る。おつかれでーす」
「待て帰るな」
個人的な意見だがたかだか防衛任務で犬飼が抜けたところで二宮隊が苦戦するとも思えない。つまり俺は必要ではないということだ。焼肉が食えないのなら元々予定していたツーリングにでも行くほうが断然いい。
任務を放り投げようとする俺を止めた二宮さんは険しい顔をしながら暫し考えるような素振りを見せてから「仕方ない、奢ってやる」と言い放った。てっきりふざけた態度を叱られるのだとばかり思っていたからこれには驚いた。辻に至ってはなぜか微笑ましそうにこちらを見ている。なんだってんだ。
奢ってやると言われてしまった以上任務を避けることはできない。一応二宮隊の、とくに犬飼と辻のコンビネーションについてはランク戦のログをいくつか観ていて把握はしているし念のためにと普段はあまり使わないアステロイドをセットしてきた。
「指示あれば遠慮なくどうぞ」
そうは言ったものの正直チームでの行動は苦手だ。とくに誰かの指示で動くのは好きじゃないし性に合わない。俺の戦闘スタイルはとくに決まった型があるわけじゃない。普段の喧嘩でのベースは護身術で、それを戦闘にも応用しているだけだ。相手の動きを利用することに長けたもので基本は受け身であるからこちらから積極的に攻めていくことはあまりない。要は相手によって戦闘スタイルの形が移りゆく変容型なのだ。だから一通りのトリガーは扱えるが一番扱いやすいのはスコーピオンなので通常時はそれをセットしている。
防衛任務中聞こえていた二宮さんからの指示が途中からなくなった。この人なら次こんな指示出すだろうなって予測しながら身勝手に動いているから呆れられたのだろうか。それともあまりの戦闘力の低さに見放されたか。そりゃありがたいね。焼肉奢ってくれるならなんだっていい。
だが予想は大きく外れていた。
「よくやった」
任務後、さっさと帰ろうとしていた俺にそう声をかけた二宮さんは相変わらず表情筋が仕事をしていなかったが任務前よりも声音がマイルドになっていた。労っているつもりならもう少し表情も柔らかくすればいいのに、なんて無愛想な俺が言えたことじゃないな。
「驚いた、あんたは俺のこと嫌いなのかと思ってた」
しかし「よくやった」とはこれまたプライドの高さを物語るセリフだな、と思わず笑ってしまった俺に二宮さんはなんだ? と言わんばかりに顔を顰めた。
「好ましいと思っていないのは確かだな」
「でしょうね。ま、どうでもいいけど」
真面目でプライドが高く、だが時としてそのプライドを捨てることさえ厭わないと聞いた。そんな出来た人間と真逆なのが俺だ。この人とは性格からなにまで正反対なのだろう。その二宮さんに叱られるどころか労いの言葉をかけられたということは、今回の任務での俺の働きは上々ということらしい。犬飼の代役は無事に果たせたようだ。
「ところで二宮さん」
「なんだ?」
「いつ焼肉奢ってくれるんすか?」
一方で俺はこの人のプライドなんてどうでもよくて、今月懐が厳しいから少しでも食費を浮かしたいだけだった。
あれから数日後。
「その話はなかったことにしよう」
防衛任務のご褒美として約束されたはずの焼肉がなぜか撤回されてしまった。なんのために俺は頑張ったのか。こんなことになるなら任務後すぐに食べさせてもらうんだったな、と後悔する。一食分の食費は貧乏学生にはなんだかんだででかいのだ。しかし原因が分からない。
思い当たることと言えばつい先日交わした犬飼との会話のみで、他に二宮さんと繋がりそうな出来事はないはず。
「二宮隊入る?」
代役のお礼でもしてくれるのかと思ったが犬飼が発した言葉は想定外のものだった。「二宮さん喜ぶよ」なんてニヤけた顔で言われても説得力の欠片もない。そもそもあの人が喜ぶ姿が想像できない。この時は確か「スーツはない。着たくない」とすぐにお断りした。もしかしてこれが原因なのか? スーツの隊服をかっこいいと思ってる二宮さんのプライドを傷つけてしまったから撤回された?
とりあえず二宮さんがどう思ったかなんてこの際どうでもいい。問題なのは俺の胃袋はすでに焼肉の準備が整っているということだ。
「二宮さんゴチになります」
「人の話を聞いていなかったのか?」
「聞いてたけど?」
今月のバイト代が入るまであと1週間。バイクの維持費へ優先して金を回している俺の財布事情は寂しいので絶好のチャンスは逃したくない。この際奢ってくれるなら別に二宮さんじゃなくてもいいか、なんて冬島さんでもいないかと周りを見渡していれば溜め息を吐かれた。
「……準備しろ。連れて行ってやる」
最初から素直にそう言えばいいのになかなかに面倒な性格をしている二宮さんに連れられ焼肉を奢ってもらった。やたらと「東さんが好きなギアラだ」と勧めてくるそれを「へー美味いですねー」と適当に相槌を打ちながら食べていたらムッとされて、ちょっと困った。なんで自分のおすすめじゃなくて東さんの好物を勧めるのか謎だ。
それからというもの焼肉を餌にして個人戦の誘いを受けたり、防衛任務のチームに引き入れたりとやたら構われるようになってしまった。犬飼のように馴れ馴れしい人柄ではないから付き合いやすいとは思うが、確かこの人は俺のこと好きじゃないんだよね。よく分からない人だ。だが、本当に嫌いな相手なら二宮さんは視界にも入れないのだろうと分かるくらいには距離は縮まった気がする。
当真にも最近仲がいいなと言われたが正直”仲が良い"というわけではないと思う。構われるようになっただけで俺はとくに二宮さんに用がなければ近寄りもしないのだから。あと奢ってくれるのはいつも焼肉なのはここまでくると嫌がらせのように感じる。
「ニノさん、俺はそろそろ寿司とかラーメンが食いたい」
呼び方が変わったことに気付いたのは犬飼にニヤニヤと突っ込まれた時だった