クレープを食べよう


 本日は天候も良くツーリング日和だ、とバイクで遠出をしようとしていた矢先に晴れて恋人同士となった風見さんから連絡がきて急遽予定をドライブに変更したのが数時間前のこと。高速道路を走り途中のSAに立ち寄って缶コーヒーを片手に一休み。運転していないとはいえずっと座りっぱなしというのはやはり疲れる。ちらりと同じく自動販売機で買った缶コーヒーを飲んでいる恋人に視線を向けて、ふとこの人はあまりブラックコーヒーを飲まないなと加糖ミルク入りの文字が入った缶を見て思う。
 そういえば少し前にポアロで安室さんから聞いたことがあった。聞いた、というよりも一方的に聞かされたが正しいけれど。たしか────

「あんた甘いもの好きなんだっけ?」
「嫌いではないが。誰から聞いたんだ、そんなこと」
「安室さんから。なんだっけ……あぁ、あんたが飯も食わずにチョコレートばっか食ってるって嘆いてた」

 そう伝えると風見さんはしかめっ面になって額を抑えた。飯はちゃんと食ったほうがいいぞ、なんてこの状況で言ったら追い打ちだろうか。というか分かってはいたけどやっぱ警察って忙しいんだな。俺は絶対にならないようにしよう。そんな気は一ミリたりともないけど。

「まぁ安室さんの話はどうでもいいんだよ」

 残っていたコーヒーを全て飲み干してから空き缶をゴミ箱に捨てる。それからポケットの中からスマホを取り出して検索アプリをタップした。

「ちょうどこの近くに美味いクレープ屋があるって店の客から聞いたんだけど」

 検索して表示された店のホームページには多くの種類のクレープが載っており、それを見せると風見さんの頬がちょっとだけ緩んだ。

「どうする? 行く?」
「え、あ、いや……そうだな……」

 この顔は行きたいんだろうなと思いつつ聞いてみるが、悩む素振りをしたままなかなか行くの一言が返ってこない。大人の男がクレープを食べに行きたいだなんて言うのは恥ずかしい、なんてくだらないことでも考えているのだろうか。今時甘党な男なんてそこら中にいる。テレビでも特集を組まれるくらいだ。別に気にすることでもないだろうに。
 うーん、と眉間にシワを寄せて頭を悩ませる風見さんにしょうがないなと肩を竦める。

「じゃ、俺が食いたいから連れてってよ」

 これではいつまで経っても答えは出なさそうだと助け船を出せば、眼鏡の奥で目を瞬かせた後ようやく「分かった」と返された。その返事に満足し、スマホをポケットに戻しながら車へと戻り助手席に乗り込んだ。そして後を追うようにして風見さんも運転席に戻って来た。

「すまん。気を遣わせた」

 シートベルトを締めながら申し訳なさそうにする姿がなんだか子供みたいで面白い。思わず吹き出すように声を出して笑ったら頬を軽く抓られてしまった。

「なんだよ」
「……なんとなくだ」

 風見さんは苦笑とも微笑ともとれる表情を浮かべてそう言うと指から力を抜き頬をひと撫でしてからハンドルを握った。この人に、頬を撫でられるのは嫌いじゃない。だから特別に抓られたことへの文句は言わないでおいてやる。

「それで、場所はどこなんだ?」

 エンジンをかけてナビをセットしようとする風見さんの口調はいつもよりも軽やかで少しだけ早口だ。そのわくわくっぷりをきっと自分では気づいていないのだろう。その様子に口角が緩く上がるのを自覚し、この人隠すの下手だなぁと思いながらもう一度スマホで住所を確認した。



 到着したクレープ屋は人気店だったらしく店先には長蛇の列ができていた。これに並ぶのはとてもめんどくさい。そこまでしてクレープが食べたいかと聞かれたら即座に否定するだろう。目の前の待ち列に今すぐ帰りたい気持ちになってしまったが、隣には嬉しさを抑えきれていないのか緩む表情を必死に取り繕うとしている風見さんがいて小さく息を吐く。誘ったのは俺だ。覚悟を決めて並ぶしかない。
 そうして列に並びながらどのクレープにするか決めるためにスマホでメニューを確認する。王道なものからアイスやケーキなどが包まれたもの、さらには野菜やチキンなどのスナック系まで取り揃えてありクレープ=デザートではないのかと少しだけ驚いた。さてどれにしたものかとメニューの写真をスワイプしていき、フルーツパフェクレープの画像で指が止まる。普通のものを食べても面白味がないしこれでいいか。

「風見さんはどれにすんの?」

 自分が頼むものを決めてから隣でそわそわしている年上の恋人にメニューの載っているページを表示させたままのスマホを渡すと驚いた顔をされた。

「今はこんなに種類があるのか……!」

 顎に手を当てて真剣に悩みだした風見さんに相当甘いものが好きなんだなと笑いだしそうになってしまい視線を外す。確かに俺が小学生くらいの頃と比べてもクレープの種類は倍以上に増えている気がする。それでもバイトでいろいろと見てきた経験があるからかこの人ほど驚くことはない。とはいえ一回りも歳が離れていれば感性も違うか。

「これ美味そうだな……いやこっちも捨て難い……」

 そんな楽しそうに悩む声を聞きながら待っていれば並んでいた列は半分ほどまで進んでいた。ここへ来てから何分くらい経ったのだろうかと気になったが自分のスマホはもう暫く戻ってきそうにない。腕時計もうっかり阿笠邸に忘れてきてしまった。仕方なく風見さんの左手を掴んで手首に巻いている腕時計を確認するとかれこれ三十分は経過しているようだ。列はまだ折り返し地点。つまりはもう三十分も待たなければいけないことになる。クレープひとつに一時間も待たなければならないなんて、これなら自分で作った方が余程効率的に思えてしまう。
 作るといえば、とスマホと睨めっこをしている風見さんに視線を向ける。いつもコーヒーばかり差し入れしていたけど甘いものが好きなら今度はミルクティーでも淹れてみるかな。寒くなったらホットココアもいいかもしれない。

「なぁ、そろそろ決まった?」
「ちょっと待ってくれ。今五つまで絞れたんだ」
「多いな」

 想像以上の食いつきに提案してよかったと思いつつも、放っておかれているこっちとしては退屈だ。掴んだままの左手に指を絡めるように右手で握ってみたが反応もしないくらい集中している。それほどクレープに夢中になっているんだ、間違いなくこの人は甘党確定だろう。
 暇つぶしに周囲を見渡してみれば休日の昼間というのもあってこの店に並んでいる客は若い女性が多い。というよりも半分は学生だな。その中には男もちらほらいるがかなり少ない上に彼女同伴だからか目立つこともない。つまり高身長の男二人が並んでいるのは結構目に付くわけで、こんな状況下で手を繋いでいると風見さんが知ったらきっと大慌てするに違いない。それを見るのも面白そうだと緩くなる口元に我ながら趣味が悪いなと軽く肩を竦めた。いや、もしかしたらこのまま握っていても気付かなかったりするのか。

「んー、どっちにすべきか……」

 そんなことを考えているとスマホの画面をスワイプしながら風見さんが呟いた。どうやら二択までは絞れたらしい。

「何と何で悩んでんの?」
「バナナチョコかイチゴクリーム。どっちがいいと思う?」
「うわ王道じゃん」

 あれだけの種類があって最後に残ったのがザ・クレープな王道メニューなところがなんともこの人らしいというかなんというか。まぁ結局シンプルなものが一番美味いのは間違いないだろうけど。おまけにどちらも手堅いラインナップなあたりこれまた相当悩みそうではある。しかし列も随分と進みそろそろ決めておかないと注文がスムーズにできなくて面倒だ。
 難しい顔をして唸る姿は傍から見ればクレープで悩んでいるようには見えないなと思わず笑みを浮かべる。どっちかに決められないのなら、どっちも頼めばいいだけの簡単な話だろ。

「俺がイチゴクリーム頼むから。それでシェアすればどっちも食えるよ」
「いいのか?」
「俺は食えればなんでもいいし」
「そうか……なら、私はバナナチョコにしよう」

 まるで子供のように顔を綻ばせる年上の恋人からスマホを受け取ってポケットに仕舞う。

「結構進んだな。今なん────なっ、いつの間にっ」

 そう言って時間を確認しようと左腕を上げた風見さんがそこでようやく手を繋がれていることに気付いた。想像通りの反応に口角が上がってしまう。

「あんた全然気づかないのな」
「こ、公共の場だぞ」
「だから? 俺たち恋人だろ」
「そう、だが……」
「これからクレープ食べようっていう男が、なに恥ずかしがってるんだよ」

 今更になって周囲に視線を泳がす反応が面白くて絡めた指に力を込める。確かに周りには人が多い。でもよく見てみれば話しに夢中になっていたりスマホを弄っていたりととくに視線を集めているわけじゃないと解る。誰も俺たちなんて眼中にないんだ。だから恥ずかしさなんて感じるだけ無駄なこと。別にそこまで言うつもりはないが気にするなという目を向けて繋いだ手を軽く引いた。

「ほら次、俺たちの番」
「あ、あぁ。なぁ……さすがに頼む時は離していいか?」
「あんたの奢りなら離してもいいけど」
「? 最初からそのつもりだが」

 当然だろ、という顔をされてちょっと驚いた。別に冗談で言ったつもりだったのだが、こういった軽い買い物をする時はいつもお互いに自腹だったせいで調子が狂う。だからと言って金欠の苦学生には有難いことだから撤回するなんて勿体ないことはしない。
 繋いだ手を離して先ほど決めたメニューを注文する。毎日多くの客を相手にしている店員の手際は流れるように無駄がなく、トッピングの少ないシンプルなものを選んだというのもあってか注文からそう待たないうちに出来立てのクレープを二つ受け取れた。

「どうぞ召し上がれ」
「お金を払ったのは私だぞ」
「めっちゃ楽しみにしてたのも風見さんだし」
「っ、それは言わないでくれ」

 近くにある駐車場まで戻りながらバナナチョコクレープのほうを風見さんに渡した俺はさっそく手にしているイチゴクリームクレープを一口食べる。クリームの甘さとイチゴの酸味のバランスが絶妙で口内が空になると間を開けずにさらに一口。確かにこれは行列ができるのも頷ける美味さだ。ちらりと隣を歩く恋人に視線を向ければそれはもう幸せそうな表情でクレープを頬張っている。こんな顔をされちゃ、待ち時間が長いのも悪くないなって思えてくるから厄介だ。俺は結構この人に対して甘いのかもしれない。