幸運と引き換えに失った信用度


 生駒はなぜ自分が苗字名前に好かれていないのかを理解していなかった。耳にする噂は良いものばかりではなく、ボーダー内で彼と親しくできる人間は極僅かだと聞いている。ならば我こそはと話しかけてみるが毎度会話らしい会話はできず、最近では二宮によってまた接近禁止命令を出されてしまう始末だ。

「いい加減諦めたらどうです?」
「なに言ってるん。諦めたらそこで試合終了やで」
「安西先生、これバスケちゃいますわ」

 その接近禁止命令を忠実に守らない生駒を見張るのは同じ生駒隊の隠岐である。二宮直々のご指名を断れるわけもなく合同訓練以外の時間は行動をともにしているわけで、さすがの隠岐も疲れていた。

「イコさん、ほんま一日だけでいいんであの人見かけても近づかないでいてもらえませんか?」

 なぜか生駒という男はそれが使命であるかのようにその不良高校生を視界に入れた途端、話しかけずにはいられない。ただ仲良くなりたいというのであれば隠岐も協力を惜しまないが、いかんせん生駒と彼では相性が悪すぎた。そもそも第一印象が悪すぎたのだ。隣で生駒が「頑張ってるんやけどなぁ」と呟くのを聞きながら初めて彼と会った時のことを思い出す。
 あれは生駒隊を結成してから暫くの頃だった。有名な不良高校に通う男がB級隊員になったという噂を耳にし、興味本位で見に行くことになったのだ。人の多いラウンジにはなかなか姿を見せないということを人伝に聞いてボーダー内を歩いていると、反対から見覚えのない男が歩いてきた。噂の彼だ。
 隠岐が彼に抱いた第一印象は人を寄せ付けない警戒心の強い人。目が合ったのはほんの一瞬だけで興味がないとばかりに外されてしまう。そして一言も言葉を交わすことなくそのまま通り過ぎる、はずだった。

「あ、ちょお待って」
「──っ!!」

 生駒が進路を遮るように一歩踏み出した突然の行動に避けることができなかった名前は正面からぶつかってしまった。この時彼は帰るところだったのかすでに生身の状態であったため痛みがダイレクトに襲ったのか顔を抑えてしゃがみ込んでしまう。どうやら生駒のかけてるゴーグルが鼻から口元にかけて強くぶつかったようだ。

「だ、大丈夫ですか?」
「すまん、わざとやないんよ」
「……気にすんな」

 片手で顔を抑えしゃがんだままの彼を起こそうと手を差し出した生駒だったがここでまた事件が起きた。

「イコさん例の人見つけましたー!?」
「ぅおっ」

 背中に飛びつくようにやってきた生駒隊の南沢により生駒の体は南沢を乗せたまま彼のほうへと傾いていきそのまま倒れこんでしまう。もちろんしゃがんだままの名前はすぐにその場を退くことができず生駒の下敷きだ。

「わー! 大丈夫ですか!?」
「心配は後でええから早く退きや。イコさん、だいじょ──っ!?」

 生駒の上に乗ったままの南沢を退かした隠岐は見下ろした光景に絶句した。不良と名高い彼を生駒が押し倒している。いや、ただ押し倒しているだけなら単なる事故だと脳がちゃんと理解できる。だがこれは一体どういうことだろう。隠岐は咄嗟に傍にいた南沢の目を両手で塞いだ。

「え、なんですか!?」
「おまえは見たらあかんやつや」
「すごく気になるんですけど!」
「ダメや」

 改めて倒れている二人を見下ろした隠岐は極めて冷静に状況を飲み込んでいく。倒れた際に後頭部を打ち付けたのか片手で頭を抑えて顔を歪めている彼と、それに覆いかぶさる生駒は衝撃でボタンが外れたシャツの下にある彼の胸元に手を置いていた。とんだラッキースケベな出来事に生駒自身も理解が追いつかずその場を動かない。

「んっ……」
「あ。これあかんわ」

 それどころか徐に胸を揉んでしまった生駒だったが次の瞬間には下腹部に重い蹴りを入れられ廊下に転がった。怒りのオーラを隠すことなく立ち上がった名前に思わず後ずさる隠岐は爽やかな笑顔を引き攣らせる。
 ──あかん、殺される。
 トリオン体であるから首を斬られても平気であるが、確かに死を覚悟した瞬間であった。噂は本当だ。

「てめぇら二度とその面見せんなよ」

 不快度指数最高潮な表情を惜しげもなく出して目を据わらせている彼は、その荒っぽい口調も相まって噂が真実だと確信させられた。一発や二発は殴られるのだろうと思ったが、それだけ吐き捨てると名前は乱れた服を直しながら去ってしまった。
 この時の出来事がきっかけで生駒隊の面々が苗字名前と距離を縮めることはほぼ不可能になったのだった。

「なぁ隠岐」
「なんですか?」
「男の胸って揉めるんやな」
「イコさん反省したほうがええですよ」

 その責任が廊下に寝そべったままの生駒にあるということに、本人だけは気付いていないのだ。




〜その後の生駒隊〜
水上「完全に風評被害やんか」
真織「最低やな」
生駒「せやから俺が苗字と仲良うなればええ話やん? 問題ないで」
隠岐「問題は山積みやと思いますわ」
南沢「頑張ればいけるっす!」

隠岐・水上・真織「「「無理やろな……」」」