優しい子


「根付さんに見つかったらまた怒られますよ」

 そう言いながら困ったように笑う時枝に手を引かれ来た道を引き返す。なるほど、この先に根付さんがいるのか。
 時枝は優しい子だ。握られた手は傷一つなく綺麗で穢れていない。

「お前は俺みたいな奴と関わっちゃダメだよ」

 俺は自分が不真面目な人間だと自覚しているし、己の行いが周りによくない影響を与えることも重々承知している。だから根付さんはよく俺を叱るんだ。ボーダーの評判を下げる要素を多く持った俺を快く思っていない。ボーダーの顔役である嵐山隊にはあまり関わらないようにと口すっぱく言われているがこればっかりは俺の意志だけでは成り立つものじゃないだろう。もちろん俺だって出来ることなら他人のままでいたいさ。

「関わるかどうかはあなたではなくおれが決めるので」

 時枝は優しい子だ。誰にでも、分け隔てなくありのままで接する。俺みたいなどうしようもない奴にも、なんでもないかのように話しかけてくる。冷たくあしらってもいいが時枝には入隊試験の時にいろいろと世話になったから無下にはできない。それと根付さんの言いつけを律儀に守るのも癪だ。

「そろそろ手、放してもいいと思うけど」
「このままでも問題ないでしょう」
「どこに向かってるんだ?」
「秘密です」

 俺はあまりラウンジには顔を出さない。あそこは賑やかすぎて落ち着かないし、いい噂も悪い噂も一人歩きして視線がうるさいからだ。いや、いい噂なんてなかったな。いつもなら喫煙ルームへ行けばいいが時枝をそこに連れていくわけには行かない。というか今の俺に選択肢はない。きっと時枝のことだから人気の少ない場所へ行くのだろう。そこで既にカサブタに塞がれ手当ての必要がない傷口を丁寧に処置するはずだ。
 本当に、こいつは──

「優しい子だな、おまえは」

 手当ての必要なんかないと何度言っても聞く耳を持たない頑固なところは正直勘弁してほしいが、善意を跳ね除けるほど俺は落ちぶれちゃいない。それに俺は、年下には少々甘いのだ。

「優しくなんて、ないですよ。おれはただ……」

 冷静で何事にも動じない時枝が照れ隠しからなのか歩みを早めたことに思わず声を漏らして笑うと、やや不満そうな目を向けられた。

「なぁ時枝。お前は俺とどうなりたい?」

 どうしてこんなことを聞いたのか自分でも分からない。関わらない方がお互いのためだと理解しているつもりだったが、もしかして俺は時枝の優しさに絆されてしまったのだろうか。

「……仲良くなりたいです」

 仲良く、ね。昔から年下には妙に懐かれていたが、今の俺のどこにそんな懐く要素があるというのだ。喧嘩に明け暮れて、煙草を吸って、不真面目で、愛想もよくない。そういうものがかっこよく見えてしまう年頃なのか? 時枝が? まさか、ありえない。じゃあここで「仲良しごっこはお断りだ」と言ったらこの手は離れていくのか? もちろんそれが正しいはずだ。正しい選択だ。
 俺より小さくて柔らかい手だ。この手が、ボーダーの顔である嵐山隊をいつも支えている。なら時枝は、誰に支えられているんだろうな。
 足を大きく踏み込めば、たった一歩で時枝の横に並んだ。

「じゃ、仲良くなろうか」

 俺には時枝を受け止めるだけの器なんかありはしないがこうして隣を歩くことならいつだって簡単にできるはず。あぁ、また根付さんにネチネチ説教されるんだろうな。