まだ昼間だというのに見上げた空が薄暗いのは雲に覆われているせいだ。吐く息は白く、吸った空気は肺を凍らせるんじゃないかと思うほど冷たい。首に巻いたネックウォーマーを口元まで引っ張り、上着のポケットに両手を突っ込んで苦手な寒さに眉を寄せた。
「クソさみぃ」
不機嫌さを隠しもせず白い息と共に愚痴を吐き出す俺の隣に並んだ時枝も同じように空を見上げる。
「夜には雪の予報みたいですよ」
「マジか」
「嫌いですか、雪」
「バイク乗りにとっちゃ嬉しいもんじゃないのは確かだな」
ボーダーの敷地内にある駐車場に停めてあるバイクの一つがエンジンを唸らせている。もちろん俺の愛車だ。エンジンを暖めるというのはただの建前で、こうして二人で並んでいるのは時枝が自分と話したそうにしていたからだった。そう。仲良くなりたい、というやつだ。話すだけならこんな寒空の下でなくてもいいだろうと思うだろうが、生憎と俺はボーダーにいる大半の人間を苦手としている。だから人の多いラウンジには顔を出さないし、やることがなくなればさっさと帰るだけ。
そんな俺を呼び止めておけるのはボーダー内では時枝と二宮さんくらいだろう。例外を挙げるとすれば根付さんも含まれるかもしれない。別にそれらの人を特別視しているというわけではなく、単に他の者に比べて接しやすいというだけだ。と、名前は思っている。
「時枝は好きなのか」
じっと空を見つめている時枝を見下ろすと年下の友人の鼻頭は少しだけ赤くなっていた。やはり外に出るべきではなかっただろうか。ふと、彼を友人と無意識に思っている自分に驚いた。構いすぎたせいか。懐かれたせいか。時枝と過ごす空間を悪くないと感じているのは確かだ。でも、と理由を探すのはきっと負い目があるから。
「そうですね。ちょっとワクワクしてます」
中学生や高校生がバカみたいにはしゃぐようなものじゃない。小さい子供がその時を待ち焦がれているような、そんな表情を見せる時枝に思わず口元が緩んだ。あぁ、やっぱり自分とは違うのだ。綺麗な子なんだと思わずにはいられなかった。
ポケットから出した手が冷たい空気に触れ、そして丸い頭をちょっとだけ雑に撫でる。初めて触れた彼の髪は柔らかく、さらりとしていた。いつもの眠たげな瞳をぱちくりさせて視線を空からこちらへと移した時枝は驚いているようで、なんだか面白かった。
「なん、ですか?」
「別に」
乱れた髪をさっと直して、冷えた手を再度ポケットに突っ込んで雲に覆われた空をまた見上げる。本当に雪が降りそうだな。隣から視線を感じるがそれに気付かないフリをして、はぁっと息を吐く。白い息が雲と重なり、そしてすぐに消えていく。
俺は、多分、この時間を好きになってきているんだ。欲しくなってきているんだ。時枝と一緒にいることで、自分もいい人間なんだと思おうとしている。だから、これ以上はダメだ。俺は汚れているから、今より距離を縮めると時枝まで汚してしまう。それはダメだ。
「ラーメンでも食いに行くか」
なんて感傷的になってしまったのは寒い冬のせいだろう。そう言い訳して十分に暖まったバイクへと跨り、予備のヘルメットを差し出す。
「俺の奢りだ。来るだろ?」
「……はい」
鼻頭と目尻を淡く染めて、時枝は嬉しそうに笑った。願わくば、きっとこれから降る雪のように、真っ白で綺麗なままのおまえでいてほしい。