「あれ?総司……、とみょうじさん?」
「お疲れ様です、永倉さん」
「お疲れさまです」
「あ、うん。ありがと。それより二人してどうしたの?」
「今、なまえさんを案内してたんです。せっかくなので道場も案内しようかと思いまして」
「そっか。すっかり二人仲良くなったんだね。良かったヨ」
「そォなんですよー、私たち友達になったんですよ。ね、なまえさん」
「ふふ、はい」
「なまえさんに私の考えとかバレちゃってたんで、せっかくならって思ってホントに友達になっちゃいましたー」
「バレたって……そうなんだ」
「いやぁ、なまえさん結構鋭いんですよー、びっくりしましたもん」
「みょうじさん、総司に絆されなかったんだネ、そりゃあすごい。でも、あのあとホントに大丈夫だった?ごめんね、あんな大人数で囲んで怖かったでしょ?土方さんも容赦無いから……」
「いえ、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしました。それと、一昨日の晩危ないところを助けてくださって本当にありがとうございました。永倉さんのおかげでこうして立っていられます」
「いえいえー、みょうじさんが無事で良かったヨ」
「明日からもよろしくお願いします」
「うん、よろしくね」
沖田さんの言葉に驚いたり笑ったりしつつも、永倉さんは私に対して心配そうな視線を向けてくれた。その視線に微笑みを返して大丈夫だと伝えつつお礼を言えば、彼はにっこり笑ってくれた。その笑顔のなかには私に対する負の感情は無さそうでほっと息を吐く。いちいち気になってしまうのは、やっぱり疑われることへの恐怖があるのかもしれない。
永倉さんはぐーっと伸びをしたあとで「じゃあ、俺は風呂入ってくるわ。またね、総司、みょうじさん」と言って笑った。手を振って去っていく彼に会釈をして、沖田さんに向き直る。「せっかくだから道場の中も案内しますよ」と微笑んでくれた沖田さんにお礼を言って、道場の中に入った。板張りの床はぴかぴかと輝いていて、開け放たれた扉から涼やかな風が舞い込んでくる。
「静かなんですね……」
「誰もいないと静かですよ。ここで一人で素振りをすると落ち着くんです」
「そうなんですか。確かに、落ち着きそうですね」
柔らかく笑った沖田さんにつられて笑う。ふわりと風に揺れる沖田さんの髪をなんとなく見ていると、遠くから賑やかな声が聞こえてきた。どうやら誰かがこっちに向かってきているらしい。庭の木の向こうをじっと見つめていた沖田さんが、ややあってからにこりと笑った。その笑顔に首を傾げるのと同時に大声が聞こえて、思わずびくりとしてしまう。
「あー!総司が女の子と一緒にいる!」
「うぉー!本当だ!」
「えっ、沖田さんが!?」
「ちょっとー、三人とも声が大きいですよ。なまえさんびっくりされているじゃないですか」
声の聞こえた方を見ると、切れ長の目をした男の人と、とても背の高い筋肉質な男の人と、赤みがかった髪の毛をした男の子がこっちを見ていた。にこにこと笑った沖田さんの言葉に、三人が「なまえさん?」と一斉に私のほうを向いた。その揃いように思わず少し後退してしまって、慌てて笑顔を取り繕えば、切れ長の目の男の人がにこにこと笑って走り寄ってきた。
「ね!君、なまえちゃんって言うの?ちっちゃいし、ふわふわしてるし、なんか兎ちゃんみたいだね!」
「えっ、あ、えっと……?」
「藤堂さん、いきなりはびっくりされちゃいますよ?」
「あ、そうだよね!俺、藤堂平助!八番隊の隊長してるんだ!よろしくね!」
「よろしくお願いします、みょうじなまえといいます。明日からここで働かせてもらうことになりました」
「えっ、そうなの!?」
「はい、よろしくお願いします」
「藤堂さんは可愛いものに目が無いんですよ。なまえさん可愛らしいから興奮してしまったみたいですね。驚かせてすみません。なまえさんは近藤さんの遠縁の方なんです。ここ最近隊士も増えてきましたし、人手不足でしょう?手伝いにいらしてくれたんです」
「へー、近藤さんの……」
「ええ。でも、その道中で色々あって、物騒な方に絡まれてしまったんです。そこを、ちょうど見廻りをしていた私と永倉さんが助けたんですよ。それから少しの間療養されていて、やっと体が良くなられたんです。なので、本格的に仕事をされる前に、私が屯所の中を案内していたんです」
切れ長の目をした男の人――藤堂さんの勢いがすごくて驚いてしまう。自然と沖田さんに助けを求める視線を送ってしまっていたのか、藤堂さんの行動の意味を教えてくれたのだけれど、可愛らしい、という言葉に照れてしまった。飼い主がペットを見るような、祖父母が孫を見るような、そんな意味合いなんだろうけれど、面と向かって言われると反応に困る。曖昧に笑って流せば、沖田さんは楽しそうに笑った。そのあと繋げられた言葉は彼らに向けた私の紹介だった。のだけれど、見事に虚実織り交ざった内容で、なんだかとてもそれらしく聞こえた。嘘の中に真実を混ぜればバレにくいって言うけれど、確かにその通りだと思った。
「なんだ!総司のこれじゃなかったんだな!」
豪快に笑いながら小指を立てた筋肉質な人がいつの間にか藤堂さんの隣に来ていた。彼の言葉に慌てて首を横に振れば、沖田さんもにこにこ笑いながら、「違いますよ」と否定してくれた。反対側の横からひょいと顔を覗かせた赤毛の男の子が興味津々という顔で私を見つめるから、へらりと微笑んでみる。そうすれば、彼もにっこり笑ってくれた。
「俺は原田左之助っつーんだ。よろしくな!ええと……なまえ、だったか?」
「はい、みょうじなまえといいます。よろしくお願いします」
「左之は十番隊の隊長なんだよ。んで、こっちのちっちゃい子犬みたいな子が――」
「ちっちゃい言うな!子犬でもない!」
「市村鉄之助くん。土方副長の小姓兼新選組の見習い隊士って感じかな」
「そうなんですね。よろしくお願いします」
「よろしく!」
藤堂さんが二人のことを紹介してくれたおかげで、それぞれの名前と特徴がよくわかった。背の高い筋肉質な人が原田さん、赤毛の男の子が市村くん。小姓という役職はよくわからなかったけれど、たぶん、補佐的な意味合いなんだろう。あの土方さんの、と聞いて少しびっくりする。失礼だとは思うけれども、なんというか天真爛漫な雰囲気のこの男の子が、あの土方さんの補佐的な仕事をしているのはあまり想像できなかった。私の驚きが伝わったのか、沖田さんが楽しそうに笑う。
「鉄くんかわいいから土方さんも毎日楽しそうですよね」
何を思い出したのか、引き攣った笑みを浮かべた市村くん。の横で藤堂さんと原田さんが爆笑している。気にはなったけれどあまり深くも聞けず曖昧に笑っておく。でも、なんだか想像以上に愉快な方たちのようで少しほっとした。彼らの話を聞いていると、不意に市村くんに声をかけられた。返事をすれば、興味津々という顔で質問を投げかけられた。
「なまえさんっていくつなの?」
「十七歳です」
「十七!?」
なぜか質問をした市村くんではなく、藤堂さんと原田さんがびっくりしたような声をあげるからその声に驚いてしまう。へらりと笑った二人は、「もうちょっと年下かと思ってた」とか「見えねーな」とか微妙に失礼なことを言ってくる。もとの時代では、とくに童顔とも大人っぽいとも言われたことは無かったから年相応なのかと思っていたけれど、そうではないのかもしれない。少し落ち込んでいると、沖田さんが微笑みながら、「この中だと鉄くんと一番近いですね」と言った。その言葉に興味を惹かれる。
「市村くんはおいくつなんですか?」
「……十五だけど」
「そうなんですか!同年代ですね!仲良くしてください!」
「……十五に見えないとか言わないの?」
「そんなの個人差ですし、どうこう言ってもしょうがないじゃないですか。それより仲良くしていただけたら嬉しいです」
「ありがと――なまえ姉って呼んでもいい?俺も鉄って呼んでくれていいから」
なんだかひどく嬉しそうに笑った市村くんの表情に、思わず胸がきゅんっとなった。
「……っ(えっ何これ、萌えってやつ……?)」
「……俺、なまえちゃんの考えが手に取るようにわかる。今の子犬くんかわいい。んでも顔赤くなってるなまえちゃんもすげぇかわいい。二人ともかわいい」
「鉄くんかわいいですもんねぇ」
「なんだか似たモン同士だな、お前ら!」
胸きゅんに困惑していたからか、藤堂さん、沖田さん、原田さんが何か言っていたが聞き逃してしまった。でもなんだか楽しそうだから大丈夫だろうと納得して、市村くん――鉄くんに大きく頷けば、また嬉しそうに笑ってくれた。
「あ!そういえば、新八っつぁんに会ったんだよね?」
藤堂さんの言葉に、一瞬誰のことかわからなくて首を傾げれば、沖田さんが「永倉さんのことですよ」と助け船を出してくれた。そうしてつながった名前――永倉新八、に、一瞬胸がどくりとした。聞き覚えがあったからだ。詳しい経歴とかは忘れてしまったけれど、聞き覚えがあった。ということはやっぱり後世でも有名な人なんだと思う。でもあまり思い出せなくてその思考を隅に追いやる。かわりにさっき会ったときの永倉さんの笑顔を思い出した。永倉さんの浮かべる柔らかな笑顔はなんだかすごく安心できた。のは、あの夜助けてもらったときに感じた安心感が大きく影響しているのかもしれない。藤堂さんに頷きを返せば、彼は楽しそうに笑った。
「何歳だと思う?」
「え?」
「新八っつぁん、いくつくらいに見える?」
「あー、それ俺も知りたい!新入りから見て新八のやつ何歳に見えんだ?」
「えー……っと」
思いがけない質問に困って沖田さんをチラ見するも、彼も興味があるのかニコニコしていた。今度は助け船を出してくれる気はないみたいで、見つめても無言のままだった。小さく息を吐いて考える。永倉さん。最初から年齢の想像がつかなかった。見た目はものすごく若いというか、少年と言っても良い感じがしたけれど、雰囲気は明らかに大人のそれだった。落ち着いていて、全体を俯瞰して一歩引いたところで冷静に物事を見ている感じがする。そんなことができるのは人生経験豊富な証拠だ。かといってさすがに三十は越えていない感じがするから、間を取って。
「……二十五歳あたりですか?」
「っ、嘘でしょ!あたり!なんでわかったの!?」
「なまえ姉すげぇ」
「良かった……。なんとなく、ですかね?」
驚いた顔をした藤堂さんと原田さんの横でにっこり笑っている沖田さんはなんとなく私の返答をわかっていたような表情だった。
「そういえば皆さんどうしてこちらに?」
沖田さんがそう聞くと、三人の表情は明らかに焦ったものに変わった。
「やっば……」
「アユ姉からのお使いの途中だった……」
「急がないと」
「怒られる!」
「じゃあ、総司となまえちゃん!またね!」
顔を見合わせて呟いたかと思うと、三人とも急いで道場から出て行ってしまった。まるで嵐のような三人に呆気に取られていると、沖田さんが小さく噴き出して笑い始める。「相変わらず賑やかだなぁ」という言葉を拾って聞き返せば、彼はにっこりと笑った。
「ええ。まァ普段は、藤堂さんと原田さんと永倉さんで三馬鹿なんて呼ばれているんですけどね」
「えっ!そうなんですか!?」
「ふふ、意外ですか?」
「はい。永倉さんって寡黙な感じの方かと……」
「そうですね、思慮深くてすごく頭の良い方ですけど、おんなじくらいとーってもおもしろい方ですよ。ツッコミのキレの良さには定評がありますし」
「それは、見てみたいです」
「すぐ見れますよ。三人集まればいつも漫才みたいですから」
くすくすと笑った沖田さんは、何かを懐かしむような表情で道場を見渡してから私に視線を合わせた。「そろそろ戻りますか?」と話しかけられて、頷く。こっちに来てから出会った人の名前と顔をそれぞれ反芻して、よし、と気合を入れる。現代に帰る方法はわからないし、今でも少しはこれが夢か何かだと思わなくもないけれど、私は確かに私として“ここ”に存在している。それなら前に進むしかない。さっきの沖田さんの言葉を思い返して、心が温かくなる。頼っても良いと言ってくれる人がいるというのはとても心強いことなんだと改めて感じた。
明日からの日々は不安だし怖い。でも、少しだけ楽しみにもなった自分がいた。
