泡沫の瞬き

 はあ、と小さく息を吐く。ゆっくりと手を上げれば、ちゃぷ、という音とともに水面が揺れた。マッサージするように瞼を押して、ぐーっと伸びをする。昼間っからお風呂に入っているからか少し後ろめたさがあったけれど、早朝からの水仕事で冷えた体にお風呂は本当に気持ち良かった。
 もちろんいつも真っ昼間からお風呂なんて入れるわけはない。いつものように洗濯物を干し終わったところで雪に埋もれていた枝に躓いて雪の中にダイブしてしまったのだ。もちろんずぶ濡れになってしまって、丁度近くにいたアユ姉に有無を言わさずお風呂に押し込まれたという顛末だった。今日は偶然にも隊士のほとんどが泊まり掛けで訓練に行っているため誰も入っていないのが幸いした。


「あったかい〜……」

 冬のお風呂は本当に気持ち良い。このまま寝ちゃいそう、なんて思った瞬間だった。


「はー……さみぃ……」
「……え」

 突然、お風呂の戸が開いて、聞き慣れた声がして、見慣れた顔が現れた。視線が交わって、そのままお互いに固まる。何秒そうしていたかはわからなかったけれど、目を見開いたまま、状況を考える。お風呂、開いた扉、藤堂さんと私、ここはお風呂、もちろんお互いに裸――。状況を理解した瞬間、思わず叫び声を上げ――かけた私の口が塞がれる。


「んんー………!」
「や、ごめん!ほんっとごめん!でも叫ばないで!お願い!わざとじゃないから!」

 私の口を手で塞いだ藤堂さんの必死の声に、上げかけた悲鳴をなんとか抑えた。それを感じたのか藤堂さんがそっと手を離す。成り行きで数秒見つめ合って、状況を思い出して慌てて視線を反らした。そのまま胸を隠して体ごと後ろを向く。なんて言えば良いのかわからなくて、あ、とか、う、とか意味のない声を漏らせば、藤堂さんがハッと息を飲む声が聞こえた。


「ごめん、ほんとわざとじゃないから……っ、後で出直すね」
「や、私がつっかえ棒をし忘れてたのが悪いので……あの、上がったら呼びに行きます」
「うん、ごめん」

 背を向けたままでなんとかそれだけ会話したときだった。戸を開けた藤堂さんが小さくくしゃみをしたのが聞こえて、思わず呼び止めてしまった。彼がこちらを振り向いたのを気配で感じて、勝手に言葉が溢れ落ちる。


「……私もう上がるので入ってください」
「や……、確認しなかった俺が悪いし、なまえちゃんはゆっくり入って。ね?」
「……藤堂さんが風邪ひいちゃいます」
「大丈夫だよ……っ、くしっ」
「……あ、の……じゃあこのままま入って来てくださっても良いのでとにかく暖まってください」

 押し問答している場合じゃない、と羞恥心を堪えて言えば、藤堂さんが絶句した気配を感じた。


「一緒に入るのは恥ずかしいですけど……、でも、藤堂さんが風邪ひくほうが嫌です……から。お互いに後ろを向いていれば見えないですし……。あの、だから……大丈夫です」
「……わかった」

 少しの沈黙のあとで戸惑い混じりの声で了承してくれた藤堂さんにほっと息を吐く。私のせいで彼が風邪をひくのだけは嫌だった。
 そっと近づいてきた藤堂さんが、ごめん、と呟いてから手桶で湯を汲んだのを音と気配で感じて、大丈夫です、と答える。何度か湯を掛けた藤堂さんが浴槽に入ろうとしたのを感じて、そっと奥に移動する。


「……っ」

 ざぷん、という音とともに、背中に藤堂さんの肌を感じて小さく息を飲む。


「ごめん、もう詰めれなくて……」
「や、大丈夫です……」

 一人では広い湯船も、二人ではギリギリ入るくらいの広さしかないことに思い至らなかったから動揺してしまう。ぴったりくっついているわけではなくて、とん、と触れているだけだけれど、途方もなくどきどきした。
 私は、藤堂さんのことが好きだった。だから、堪らなく恥ずかしくて、同時に、堪らなく嬉しかった。素っ裸を見られてしまったことや、現在進行形でお互いに裸であることを忘れてしまえば、好きな人と二人っきりの時間だったから。
 そのまま無言で浸かっていると、藤堂さんが、あのさ、と不意に言葉を落とした。はい、と返事をすれば、どこか言い淀むような間の後で、言葉が繋げられる。


「……間違えて入ったのが俺じゃなくて他の奴でも、こうして一緒に入ったの?」

 予想外の質問に思わず息を飲めば、慌てたように、答えなくても良いけど、と付け加えられた。そのまま会話が途切れて、少し気まずい沈黙が落ちる。
 どうしよう、とぐるぐる考えるけれど、どう答えて良いのかわからなかった。ただ、この機会を逃せば一生気持ちを伝えられないような気がして、好きだと言ってしまいたいような気持ちになった。
 お風呂のお湯の中、ぎゅうっと目を強く閉じる。心臓が壊れてしまいそうなくらいにどきどきした。沈黙も手伝って、緊張で息がし辛くなる。何度も迷ったものの、ゆっくりと後ろに手を伸ばした。藤堂さんの手を見つけてそっと触れる。息を飲んで、戸惑ったように私を呼ぶ藤堂さんに、恥ずかしさがどんどん増していく。けれど、そのまま彼の手を握った。


「……藤堂さんだから、です。他の人だったら、どう言われたって先に出てました」
「……え、」
「と、藤堂さんは、私の、好きな人だから……今も、恥ずかしいけど嫌じゃなくて……。だから、あの、えっと、つまり……」
「……っ」
「……好きです」

 顔が熱い。恥ずかしさで目が潤んだ。藤堂さんが息を飲む音が聞こえて、ぎゅう、と目を閉じる。自分の心臓の音がとても大きく聞こえた。


「……なまえちゃん」
「はい」
「顔、見ていい?」
「……今は、ちょっと、恥ずかしいので、だめです」
「……わかった」

 藤堂さんの声が聞こえたのと同時に、ざぷ、とお湯が大きく動いた。


「えっ」

 同時に、背中いっぱいに体温と肌を感じて、目を見開く。ゆっくり下を向けば、お腹に回された腕が見えた。髪の毛が首に触れたくすぐったさで我に返って、声にならない声を上げる。


「……俺も、ずっと好きだった」

 耳元に落ちた掠れた声と、その内容に目を見開いて息を飲む。脳がゆっくりとその言葉を理解していって、そうして胸の中にすとんと落ちたとき、思わず涙が溢れた。気づかれないように唇を噛んで涙を止めようとするけれど、全然止まらなかった。


「……、なまえちゃん、泣いてる?」
「泣いてないです……」
「嘘つき。泣いてんじゃんか……」
「……ずっと好きだったから、嬉しくて止まらな……んっ」

 なんとか涙を止めようとしていたら、藤堂さんの片手が私の顔を包む。ちゃぷ、とお湯が跳ねた音がどこか遠くのことのように聞こえた。唇が触れている、と理解した瞬間、体中の血液が顔に集まったような心地がした。一度離れて、もう一度くっつけられる。そのまま甘く食まれて息が上がる。まだ信じられなくて、夢の中にいるようだった。角度を変えて何度もキスをしている間に、いつの間にか向かい合わせになっていた。ぎゅう、と抱き締められて、堪らなく幸せな気持ちになった。初めてのキスだから勝手がわからなくて、呼吸が苦しくなる。うっすら唇を開けると、そのままそこに吸い付かれた。する、と入ってきた舌が私の舌を探し当ててそのまま絡んでいく。気持ち良さに頭がぼうっとなった。声が漏れるのはなんとか我慢するけれど、吐息までは我慢できなくて、浴室に反響していく。藤堂さんの舌の動きに翻弄されるがまま口付けを続けていると、体から力が抜けて完全に藤堂さんに凭れかかる形になった。藤堂さんが、はっ、と息を飲む音がして、がばりと体が引き離される。


「ごめん……」

 しゅん、としたように謝る藤堂さんの体にもう一度ぎゅうっと抱き付く。自分でも信じられないくらいに藤堂さんに触れたくて仕方なかった。お湯に逆上せてしまったのかもしれない。


「……なまえちゃん?」
「もっと……、したいです」

 どきどきして、藤堂さんにもっと触りたいし、触られたい。驚いたように肩を震わせた藤堂さんは、そのまま私をぎゅうっと抱き締めてくれた。


「……一旦出るよ」

 どきどきと高鳴る心臓のせいで、藤堂さんの言葉を認識するのが遅れた。抱き締められたまま、ゆっくり体を持ち上げられる。急な浮遊感にはっとすれば、そのときには、浴室の床に下ろされていた。真正面から藤堂さんに見つめられて、私も見つめ返して、ゆっくり瞼を下ろす。それが合図だったかのようにもう一度唇が重なって、そのまま藤堂さんの手が私の胸に触れた。一瞬体が強ばるけれど、口付けの甘さですぐに体から力が抜ける。乳房を優しく揉まれると思わずくぐもった声が漏れた。羞恥心と快感が交互に襲ってきて、鼓動が耳元で聞こえているように感じた。


「……あっ、やっ……」

 藤堂さんの指が先端を掠めていって、触れ合う唇の隙間から堪えきれずに声が漏れてしまう。そのまま優しく転がすように愛撫されれば、くすぐったさと気持ち良さで体がびくびくと跳ねた。


「……んんぅっ」

 ちゅ、と唇が離れていくのをぼうっと見ていると、そのまま耳を甘噛みされて、強い快感に思わず大きく身を捩る。拍子に、とろ、と奥まった場所から体液が漏れるのを感じて足をきつく閉じた。


「……耳、気持ち良い?」
「……っ」

 低く囁かれるだけで背筋がぞくぞくとした。恥ずかしくて答えに窮していると、小さく笑った藤堂さんは、そのまま耳朶から耳の中にかけて舐め上げた。あまりの快感で体が大きく跳ねるけれど、それを予期していたかのように強く抱き締められた。


「もっと、触っても良い?」

 甘く囁かれた言葉にぼうっとしながらもゆっくり頷く。私の頬に口付けをした藤堂さんはそのまま首筋を舌で辿っていった。ぞわぞわとした感覚に我慢できなかった声が微かに漏れる。そのあまりの熱っぽさに自分が自分じゃないような気がした。彼の唇が鎖骨まで来たとき、そこをきつく吸い上げられる。思わず腰が浮いた私を見て、藤堂さんが喉の奥で笑った。かわいい、と呟いた言葉が聞こえて、恥ずかしさと嬉しさがない混ぜになる。ゆるゆると片手で胸を揉んでいた手はそのままに、もう一方の乳房の先端に吸い付かれて、思わず背中が仰け反った。悲鳴のような声が漏れそうになって慌てて口を覆う。


「んんっ……ふ、ぁ、あぁ……っ」

 乳首を甘噛みされれば痺れのような快感が我慢できなくて大きく首を振る。股の間からとろりと体液が溢れるのを再度感じて恥ずかしくて堪らなくなった。そこから顔を上げた藤堂さんの表情が物凄く色っぽくて心臓が強く跳ねる。


「……私も、触りたいです」

 気がつけばそう口走っていて、言ってしまってから大きな羞恥心に見舞われた。けれどそれは確かな本心だったから訂正はせずに藤堂さんを見つめる。驚いたように目を丸くしていた藤堂さんは、ゆっくりと微笑んでくれた。うん、と頷いた藤堂さんに、預けていた体を少し起こす。膝立ちになって藤堂さんの顔に自分の顔を近づける。どくどく、と早鐘を打つ鼓動の音をなんとか遣り過ごして、そのまま口付けた。さっき藤堂さんがしてくれたみたいに舌を入れてゆっくりと彼のそれに絡ませれば、甘く痺れるような気持ち良さが胸に広がっていった。
 キスをしたまま片手で藤堂さんの首筋から胸にかけてを撫でると、藤堂さんの体が一瞬ぴくっとなったのを感じた。ちゅ、と唇を離してそのまま首筋に顔を埋める。舌で舐め上げて、跡は付けずにそのまま下に下がっていく。上から熱く息を吐く音が聞こえて嬉しくなった。そのまま顔を下げて、恥ずかしくて視線を向けられなかったそれを真正面から捉える。


「……そんなまじまじ見られるとすげー恥ずかしいんだけど」
「……っ、あ、ごめんなさい。初めてで……あ、えっと、や、ちが、違わないですけど、や……ごめんなさい」

 照れたような声に慌てて視線を反らす。焦って何を口走ったのか後から理解が追い付いて意味のわからないことを言ってしまう。男の人のそんなところを実際に見たのは初めてで、なんというか想像よりもずっと淫靡な感覚を覚えた。


「そっか……どう?」
「えっ」
「どう思った?」
「……っ」
「言ってみて?」

 視線を反らしてあれこれ考えていると、藤堂さんに顔をそっと掬われて持ち上げられた。見上げるかたちになった藤堂さんはなんだかとても楽しそうだった。顔が熱くなる。言い淀んでいると、藤堂さんの指が私の唇を這った。


「……言わないならここで止めるよ?」
「……っ」
「言って?」
「……っ、おっきくて、すごく硬そうだなって……」
「……そっか。なまえちゃんはそのおっきくて硬いやつをどうしたいの?」
「……っ、舐めたい、です」

 良く言えたね、と私の頭を撫でてくれた藤堂さんはいつもの天真爛漫な明るさが嘘みたいに色気に満ちた顔だった。何かに操られているかように本音が駄々漏れてしまったことに堪らない羞恥心を感じながらも胸がどきどきして仕方がなかった。
 じっ、と藤堂さんのそれを見つめてからゆっくり顔を近づける。鼻を抜ける香りはどこか生臭いものだったけれど、不思議と良い匂いに感じて、堪らなく惹かれた。ちゅ、と先端に口付けてそのまま頬張る。


「……っ、は、ぁ」

 気持ち良さそうな吐息が聞こえて、嬉しく思った。どう動いて良いかはわからなかったけれど、舐めたい、という欲のまま上下に顔を動かす。喉近くまで頬張ってもまだ全然根元まではいかなくて、片手でそこを擦ってみる。夢中で色々な角度から舐めていると、優しく髪を撫でられた。それが嬉しくて顔を上げる。


「おいしい?」
「……おいしい」

 繰り返して頷けば藤堂さんは嬉しそうに微笑んだ。そのまま顔を下げて、ぺろぺろと舌で舐め上げる。筋ばったところも同じようにすると藤堂さんが熱く息を吐く音が聞こえた。それがあまりにも色気に溢れていて、とろり、と体液が足に伝っていくのを感じた。死にそうなくらいに恥ずかしいのに、そこに触れて欲しくてしょうがなくて、太腿を擦り合わせる。
 小さく笑った藤堂さんは私の気持ちなんてお見通しだろうに何も言わなかった。言わせたい、んだと思って、腹立たしさともどかしさと恥ずかしさで泣きそうになる。


「……っ」
「どうしたの?」

 優しく問いかけてくれる藤堂さんだけれど、触れて欲しいところに触れてくれる気配はなくて、唇をぐっと噛み締める。深呼吸してから藤堂さんの手を取って体を起こす。そのまま彼の手を私の中心に持っていけば、息を飲む音が聞こえた。ゆっくり視線を上げる。


「……平助さん、ここ触って?」

 死にそうに恥ずかしかったけれど、じっと藤堂さんを見つめる。思わず名前で呼んでしまったけれど後戻りはできないからそのままじっとしていると、まじまじと私を見つめた藤堂さんは、すっと表情を消したかと思うと、私を床に押し倒して、そのまま私の中心を撫でるように擦った。


「あぁ、ん、ぁあぁ……っ」

 指の腹で襞を上下に擦られると、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響いていく。やっと得られた強い快感に体が大きく跳ねた。


「触れてないのにこんなに濡らしてたの?」
「……んぁ、ぅ、……だって」
「音すごいよ?聞こえる?」
「……やっ、言わないで、ください……っ」
「すっげぇやらしい顔してるよ?」
「見ない、で……くださ、」
「見て欲しいくせに何言ってんの」
「ちが……んんっ」

 気持ち良すぎてじわりと視界が滲む。言葉では羞恥心を煽るようなことばかり言う藤堂さんなのに、とても優しい目で私を見つめるから胸が甘い痛みを訴えてくる。私を覆う藤堂さんの体から、ぽた、と水滴が落ちる。お風呂の湯気のおかげで寒くはないけれど、なんだか非現実的で夢の中にいるように感じた。


「……指、入れるよ」
「っ……んぅ」

 つきん、と微かな痛みを感じて太腿に力が入った。ゆっくりと動いていく指の動きが最初は痛かったけれど、そのうちに熱く感じるようになった。なんだか今まで感じたことのない感覚になっていって、息が荒くなる。指が動くたび、自分の中が解されていくのを感じた。足から力が抜けていって、替わりに体がどんどん熱くなっていく。
 私をじっと見下ろす藤堂さんの視線を感じて、堪らなく恥ずかしくなる。視線を合わせることなんてできなくて、ただ横を向いていた。ゆっくり動く指が二本、三本と増やされて、それぞれがバラバラに動かされる。指の動きも速くなっていくと、凄まじい水音がそこから聞こえた。じゅぷ、じゅる、という卑猥な音が壁に反響する。耳を塞いでしまいたかったけれどそれもできず、両手で口から溢れる甘い矯声を押さえることしかできなかった。


「は、ぁ……もっ、平助さ……っ、なんか、へん……っ」
「ん、良いよ、気持ち良くなって?」
「やっ、………ぁああ――っ」

 殊更に優しい藤堂さんの声が聞こえたのと同時に、指の動きが速くなっていって、そのうちの一本で敏感な突起を擦られる。その瞬間、あまりにも強い快感が体を襲って、抗えない快感の波に飲み込まれてしまった。体が大きく跳ねて、股の間からとろとろと液体が溢れていく感覚がする。視界が明滅して一瞬息の仕方がわからなくなった。酸素を取り込むように口を動かせば、漸く体の力が抜けていく。どくどくとすごい音を立てる心臓に負けないくらいに呼吸も乱れきっていた。ゆっくり指が引き抜かれる感覚がして、そっと藤堂さんを伺う。ぱち、と音がするように視線が交差した。


「なまえちゃん、すごくかわいい」
「……っ、」
「このまましたいけど、なまえちゃん初めてでしょ?だから……」

 愛しそうに私を見て微笑んだ藤堂さんの言葉に羞恥心を感じながらも、ぶんぶんと横に首を振る。「やだ」と呟けば、藤堂さんの目が見開かれた。私の頬を包む彼の手にそっと自分の手を重ねる。


「……このまま平助さんが、欲しい、です」
「……っ」
「だめ、ですか……?」

 ゆっくり瞬きした藤堂さんの顔が複雑そうな表情に変わっていって、そのままじっと見つめられる。


「……意味、わかってる?」
「わ、わかってます……っ」
「流されてるだけなら――」

 ゆっくりと微笑んだ藤堂さんの言葉を遮るように、頭を上げて彼の唇を奪う。ゆっくり唇を離して、藤堂さんの体を引き寄せて、そのまま耳を舐め上げる。


「平助さん、お願い、挿れて……」
「……っ」

 我慢なんてできなかった。色っぽく濡れた肌や髪の毛先、私を好きだと言ってくれた愛しい人。求められて嬉しくないはずがない。欲しくならないはずがない。藤堂さんの全部が欲しくてどうしようもなかった。
 ここがお風呂で、つっかえ棒をしているとはいえ、いつ誰が入って来るかわからないっていうことはちゃんとわかってる。でも、我慢できない。奪って欲しくて、彼を受け入れたくてしょうがなかった。
 藤堂さんの耳元からそっと顔を離した瞬間、首の後ろをぐっと引き寄せられて、そのまま口付けられる。太くて熱いものが膣口に触れているのを感じた瞬間、それが、めりっ、と押し入ってくるのを感じた。ズキズキ、というよりも、もっと刺すような強い痛みが走る。想像していたよりもずっと痛くて、体が一気に強ばった。
 そのとき、重ね合わせただけだった唇の隙間から藤堂さんの舌が割って入ってきた。柔らかく絡む舌の気持ち良さで、体から少し力が抜ける。ゆるゆると優しく動く彼の舌に意識が向いたことを確認したのか、小さく息を吐いた藤堂さんが腰をぐっと進めた。痛みに意識が持って行かれそうになるたび、唇に集中して、とでも言うように舌や頬の内側を噛んだり擦ったりされる。そのおかげか、藤堂さんの動きが止まるまでの間、痛みは最初よりも随分とマシになっていた。


「……全部、入ったよ。大丈夫?」
「ん……っ、ちょっと痛いですけど、大丈夫です。……幸せ」

 痛みはあるけれどそれ以上に嬉しくて幸せだった。頬が自然に緩んで、口の端が弧を描く。そのまま藤堂さんを見上げれば、ぎゅう、と抱き締められた。


「……好きだよ、なまえちゃん」

 甘い声で囁かれると、胸がきゅうっと締め付けられる。


「私も、好きです」

 ぴく、と中で藤堂さんの性器が動いて、それを感じた私の性器もぎゅうっと締め付けてしまう。恥ずかしくて身動ぎすると、藤堂さんが小さく笑った。


「俺も、すごく幸せ」

 あまりにも優しい声でそんなふうに言うから、幸せで、幸せすぎて夢なんじゃないかと不安になってしまった。そう呟けば、藤堂さんは一瞬の間の後で、私の髪をゆっくり撫でた。


「じゃあ、確認する?」

 その言葉が意図することがわかって、彼の背中に回した腕に力を込めて、頷く。藤堂さんは私の髪の毛に口付けると、そのまま腰をゆっくり動かした。ひきつるような痛みが膣全体を何度も襲って、痛みで吐息が乱れる。それでも、やめてほしくはなくて、心配そうに何度か動きを止める藤堂さんに、「やめないで」と伝える。


「……大丈夫?」
「はい……、ぁ」

 ゆっくりと抜いてからまた挿し込まれたとき、不意に背筋がぞく、とするようなところがあって思わず声が漏れた。藤堂さんが一瞬動きを止めて、私を見つめる。


「……ここ?」
「ぁ、やっ……なに、これ……っ」

 そこを擦られるたび、甘く痺れるような感覚がして、声がとろけていく。ぎゅう、と藤堂さんにしがみつけば、綻ぶような声がした。


「かわいい。痛いのなくなった?」
「は、い…ぁ、でも……、これ、や……っ」
「聞こえる?じゅぷじゅぷいってる。なまえちゃんの中の音だよ」
「や、だ……言わないで……っ」

 抜き差しされるたび、背中がぞくぞくして、膣の中がとろとろになっているのがわかった。いつの間にか痛みは全然無くなっていて、ただただ気持ち良かった。


「……なまえ」
「……っ、んんぅっ」

 唐突に呼ばれた名前に驚いて顔を上げればそのまま口付けられる。柔らかく啄まれれば、藤堂さんのことしか考えられなくなった。ゆっくり動いていた腰が、そのまま押すような動きになって、がつがつと強いものになっていく。悲鳴のような矯声が口付けの中に消えていって、自分の境界さえわからなくなっていくようだった。一番奥に何度も押し付けられると、訳がわからなくなりそうなくらい気持ち良かった。何度も降ってくる口付けが嬉しくて、でも息が苦しくて、自分がどんな顔をしているのかさえわからなくなる。ぎゅう、としがみついて、荒い息で喘ぐことしかできない。気持ち良い。好き。頭の中がぼうっとして、ただただ快感の中で溺れる。


「んん……ぅ、それ、きもちい……っ、」
「……っ、締め付けすぎ」
「だって……っ、も、やっ、へーすけさ……っ」
「……っ」
「すき……っ、大好き……っ、幸せ、」
「……っ、なんでそんな可愛いこと、」
「ぁ、や……また、おっきく……っ」

 藤堂さんが何か言ったのと同時に、中で彼のものがぐっと質量を増して、思わず悲鳴のような声が漏れてしまう。激しく動くそれに何も考えられなくなっていって、何かが迫ってくる感じがどんどん強くなる。じんじんと甘い痺れが広がっていって、堪らなく気持ち良かった。ぎゅう、と藤堂さんの背中に回した両手に力が入る。藤堂さんの乱れた息の音が耳を掠めて、胸の中からとろりと甘いものが溢れる心地がした。いつもの明るい藤堂さんじゃなくて、ひとりの男の人なんだと強く意識したら、もう駄目だった。


「平助さん……っ、好き、もっと、へーすけさんの全部、欲し……っ」

 ぐずぐずに溶けてしまいそうで、自分が何を言っているのか半分も理解できなかった。耳元で息を飲む声が聞こえたのと同時に、そのままさっきよりも速く強く打ち付けられる。


「あぁあ、んんっ……や、も、」
「……っ、はぁ、なまえ」
「っ、んっ……はい」
「あいしてる」
「……っ、……ふ、ぁあっ、んんっ」

 藤堂さんに名前を呼ばれて、彼を見上げれば、とても優しい顔をして私を見つめていた。その口が形作った言葉が胸に落ちた瞬間、幸福感と同時に強い快感が弾けて、頭の中が真っ白になった。





 ゆるゆるとした夢の淵を漂っていると、ゆっくり意識が浮上していく。ぼんやりとした目を擦って体を起こそうとした瞬間、腰のあたりにずくっとした鈍痛を感じて思わず息を詰めた。


「起きたん?」

 不意に聞こえた声にびくっとなってしまった。顔を上げると、心配そうに私の方を見つめるアユ姉と視線が合う。ぼんやりしすぎていたのか、声を掛けられるまで彼女の存在に気がつかなかった。息を飲んだ私をどう思ったのか、アユ姉は小さく微笑んだ。


「あんた雪ん中で転んでしもうたから、お風呂入ったんは覚えてる?」
「はい……」
「なまえちゃん、お風呂場でのぼせて倒れてたんやって。意識のないあんたを着物にくるんで藤堂さんが連れて来はったときはほんま驚いたで」
「……っ」


 藤堂さん、と聞いた瞬間に鮮やかに思い出したお風呂でのあれこれに思わず息を飲んでしまう。顔どころか全身の穴という穴から汗が吹き出した。そんな私を見たアユ姉が小さく息を吐いて、私の頭を撫でた。


「……もちろん合意なんよね?」
「え――」
「風呂場でただのぼせたんちゃうやろ?胸に付いとるそれ、藤堂さんやろ?」
「……っ」
「合意ならええんよ。ま、藤堂さんは締めといたけど」
「え、」
「なまえちゃんも。藤堂さんのこと好きなんはええけど、仕事中にすることやないやろ?」
「……っ、本当に、すみませんでした」
「まぁ、あんたら見ててもどかしかったし、ほんまはくっついてくれて嬉しいんや。だから今後は仕事終わってから存分にいちゃつきなさい。な?」
「あ、アユ姉……気づいて」
「あんたの気持ち?藤堂さんの?両方駄々漏れだったから、みぃんな知ってはるよ」
「……っ」

 諭すようなアユ姉の言葉にはっとして落ち込んでいると、小さく笑ったアユ姉が言葉を続けた。私の気持ちに気づいていたような彼女の言葉に息を飲めば、衝撃的なことを言われて、呆然としてしまった。そんな私の頭をぽんぽんと撫でたアユ姉は、傍らにあった湯飲みを差し出してくれた。


「水分取っとき。のぼせたんはすぐ良くなるわ。腰の痛みも、まぁそのうち良くなるから、大丈夫や。今日のお勤めはお休みでえぇから。明日からまた頼むな」

 そう言って立ち上がったアユ姉に赤くなったり青くなったりしてしまう。


「お休みなんて……っ、体、大丈夫なので今から仕事の続きします」
「ほんまにええんよ。仕事自体少ないし、あんたが気に病むことないんよ。それに、藤堂さんえらい心配してはったから、今から呼んでくるし、な?」
「……ごめんなさい」
「そんな落ち込まんと。あんたが真面目なのも、藤堂さんのことが大好きなんもよう知ってるから、今回のことはうちも気にしてないよ。ほんまに。明日からまたよろしくね。この話はこれでお仕舞いや。大丈夫、あんたの仕事ぶりはちゃんとわかってるから」
「ありがとう、ございます……っ」
「ほな、藤堂さん呼んでくるわ。あ、他の皆にはあんたの部屋行かんように言うとくから、思う存分いちゃつき」

 悪戯っぽく笑ったアユ姉の言葉に目を見開けば、私が何か言う前に彼女は手をひらひらと振って部屋から出て行った。
 一人になった途端、お風呂でのあれこれを思い出してのたうち回りたいような気分になった。今更ながら、この後ここに藤堂さんが来るんだと思ったら恥ずかしくてとても顔を合わせることなんてできない気がした。好きだと言って、好きだと言われた。そのあとのことは冷静に考えると、あまりにも女としてはしたないことをしたような気がした。熱に浮かされていた。アユ姉に言われるまで、仕事中だということも忘れてしまっていた。色々な意味で自分を情けなく感じてしまった。
 そんなことをぼんやり考えていたら、不意に襖の向こうから声を掛けられた。それが藤堂さんのものだと気づいた瞬間、心臓がばくばくと音を立てた。どうしよう、どうしようと思った挙げ句に、どこかに逃げようと視線を室内に巡らせるけれど逃げられるはずもなく。震える声で返事をするしかなかった。
 襖の開く音がして、藤堂さんが入ってくる気配がしたけれど、どんな顔をして良いかわからなくて顔を伏せたまま上げられなかった。


「なまえちゃん、体は大丈夫?」
「……はい」

 すっ、と布団のすぐそばに藤堂さんが座ったのを視界の端で確認したけれど、やっぱり顔を上げれなくて、藤堂さんの言葉に返事を返すので精一杯だった。


「良かった。気を失う前のこと、覚えてる?」
「……はい」
「そっか」
「……はい」
「無理させてごめん。俺、全然なまえちゃんのこと考えてあげれなくて、本当にごめん。……俺のこと嫌いに、なった……?」

 躊躇うように繋げられた言葉にはっとして顔を上げる。不安そうに瞬く藤堂さんの表情が見えて、私は自分を殴り付けたくなった。慌てて否定しようとするけれど咄嗟に言葉が出てこなくて、思わず藤堂さんにタックルするような勢いで抱き付く。わっ、と驚いたような声を上げた藤堂さんは、それでも私をきちんと抱き止めてくれた。ぎゅう、と抱き着いて、そのまま大きく首を振る。


「す、きです……っ、でも恥ずかしくて、どんな顔して良いかわからなくて……っ、ごめんなさい。嫌いになんて絶対なりません。好きです。大好き……っ」

 緊張で声が震えたけれど、話し始めれば藤堂さんへの気持ちが溢れて止まらなかった。顔が熱くて胸がどきどきして目が潤んでしまっていたけれど意を決して顔を上げれば、至近距離で視線が合った。驚いたような顔をしていた藤堂さんは、私と目が合うと、ゆっくりと表情を変えた。嬉しそうな、照れ臭そうな、甘くて柔らかな微笑みは、あまりにも優しくて、目に焼き付いた。


「俺も、なまえちゃんのこと、すっごく好き。大好き。今話してて、もっと好きになった。たぶんこれからもずっと、どんどん好きになるんだと思う」
「……っ」
「俺の言葉でそうやって真っ赤になるなまえちゃんのことが堪らなく愛しい。嬉しいし、幸せ」
「平助さん……」
「なまえちゃん。俺と夫婦になって?」
「え……っ」
「もちろんすぐにってわけじゃないけど、そういうつもりで一緒にいたい」
「……はい、よろしくお願いします」

 少し照れたように言われた言葉があまりにも嬉しくて一瞬言葉に詰まってしまった。ゆっくり瞬けば、頬を涙が滑り落ちていくのがわかった。私を見つめて微笑んだ藤堂さんの指が私の涙を拭うように頬を撫でる。暖かい指先に、胸がきゅうっとなった。


「泣き虫だなぁ、なまえちゃん」
「平助さんが嬉しいことばかり言うから……」
「……なまえちゃん、ここ、触れて良い?」

 頬から唇に指を滑らせた藤堂さんが私をじっと見つめる。その甘くてじりじりとした視線に胸がどきどきして、頬に熱が集まるのを感じた。視線をうろうろとさ迷わせてから小さく頷いて目を瞑る。


「……あいしてる」

 唇が触れるその瞬間、甘く囁かれた言葉は私の胸をじんわり満たして、そうして永久に記憶に残った。

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